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第18話「リベリアス」

挿絵(By みてみん) 



 団長の契約指輪(エンゲージリング)に操られているのだろうか。

 アイザークは唸りながら立ち上がると、そのままラミウを掴み上げ、胸の高さまで持ち上げる。


 そうして、ラミウの身体を自らの胸の中に抱き込むと、苦しげな表情で呟いた。


「――エンゲージ‥‥!」


 その瞬間、触れ合う互いの胸から蒼い光が輝きはじめる。

 アイザークがラミウの身体からセルエネルギーを吸い上げはじめたようだ。


(やばい、チャイ売りのおじさんの二の舞になる! 彼の腕から抜け出さなきゃ!)


 ラミウはアイザークの腕の中で必死に藻掻いた。

 しかし、両脚が宙に浮いているため、腕の力だけでは拘束を解けない。


「はぁっ、はぁ……、うがああああっーーっ!!」


 アイザークは咆哮し、両腕にさらに力を込める。

 まるで巨大な大蛇のように、二本の腕がラミウの全身を強く締め上げた。


「く……っ、ああっ……!」


 背骨と肋骨が音を立てて軋み、ラミウの口から喘ぎが漏れる。

 同時にアイザークの肩からも、紐が切れるような異音が鳴った。


 過度な負荷を掛けているせいで、靭帯や筋繊維が切れて内部出血を起こしているのだろうか。

 アイザークの両肩に、赤褐色の痣が拡がりはじめる。


「……っ、アイ……これ以上、力を入れちゃ駄目……っ、肩から腕がもげちゃうよ……!」


「ううう……っ、ふぅっ、ううっ、うがああああーーーーっ!」


 アイザークは獣のように吠えるだけで、ラミウの声に反応しない。

 どういうわけか、塞がりかけていた背中の傷から、再び鮮血が飛沫を上げた。


(なんで傷口が開くの!? 私のセルを吸って回復するはずじゃ――)


 ラミウは視線を自らの胸へ落とす。

 アイザークと触れ合う箇所は蒼く輝いているものの、セルを吸われている感覚がない。


「どうしたアイザーク、早く女にトドメを刺さんか! 一体何を躊躇している!」


 団長の声に、ラミウは顔を上げる。

 アイザークは額に汗を浮かべながら、理性の宿る瞳でラミウを真剣に見つめていた。


「今の俺の精一杯だ……ラミウ、誰かいないのか……俺の首を落とせる誰かは……!」


「……っ!」


 ラミウは怒りに顔を歪め、アイザークを怒鳴りつける。


「罪悪感を押し付けないで! 自分を犠牲にするなって、前にも言ったでしょう!? ふたりで助かる方法を私と一緒に考えてよ!」


「……っ、ごめん……でもそれ以外に打開策が……」


 ラミウはアイザークの背中に両腕を回し、胸を強く押し付けた。


「打開策はフルバーストだよ! ふたりで逃げたあの夜みたいに、私のセルで周囲の何もかもを吹っ飛ばして!」


「は……!? 無理だ、そんなこと―― 俺の限界はあの日とは比べ物にならないんだぞっ!?」


「私だってこの十年、ディガンマ先生に扱かれたんだっ! アイが嫌って根を上げるくらい、セルを注ぎ込んでやるっ!」


 ラミウはアイザークの首筋に顔を埋め、覚悟を持って強く叫んだ。


「アイ、遠慮はいらないよ! 私のセルを受け取って!」


 触れ合う胸から蒼い光が、雷のように迸る。


 与えているのか、奪われているのか――

 傍から見れば、まったく分からない状況だ。


 膨大なセルエネルギーが動く反動は、ふたりの周辺にも影響を与えた。


 地下であるにも関わらず大地が揺れ、嵐のように激しい風が吹き荒れる。

 ふたりを中心に闘技場内の床が割れ、その衝撃は観客席にまで及んだ。


 観客たちは危険を察知して、我先にとサーカスから外へ逃げ出していく。

 ラミウはアイザークの首筋に顔を埋めたまま、彼の背中から足元を眺めた。


 吸い上げたセルが、アイザークの体内を駆け巡っているのだろうか。

 アイザークの全身に刻まれた刺青が、鼓動と共に蒼く、強く明滅しはじめる。


「ラミウ、暴発に備えろ! 口を開けて、両手で目と耳を塞ぐんだ……! 下手したら目玉が飛び出すぞ!」


「待って、友達が逃げたかだけ確認したい……! ルウナはちゃんと逃げられたかな!?」


 ラミウはルウナがよじ登っていた鉄格子へと目を向ける。

 とっくに避難を終えたのか、ルウナの姿はどこにもない。


 代わりに、その視線はあるものを捉えた。

 観客用出入口へと、慌てて逃げ出す団長の姿を。


「ああっ! 団長の奴、逃げ出してるっ!」


 ラミウは思わず素っ頓狂に叫んでしまう。

 団長はギクリと肩を揺らし、闘技場へと振り返った。


「ガハハハハハッ、命あっての物種ですぞ! お前たちの巻き添えなんて食らってたまるかっ!」


 そして、ラミウとアイザークに向けて、見せびらかすように左腕を掲げる。

 団長の中指には、白銀に輝く契約指輪(エンゲージリング)が依然として嵌められていた。


「アイザークの身体の制御は、この私の支配下にあるっ! せいぜいそこで指を咥えて追えない歯がゆさを味わうがいいっ!」


 ラミウとアイザークは表情に怒りを浮かべ、闘技場内から団長を睨む。

 そして、ふたりは高笑いをする団長の背後で、しなやかな影が揺れるのを見た。


 ラミウはその影の正体に気付き、あまりの驚きに言葉を失う。


「なるほどー、その指輪さえあれば、あのバケモノを飼いならせるんだー」


 いつの間にそこにいたのだろうか。

 両手に武器デバイスを嵌めたルウナが、団長の左腕を見つめていた。


「ぎゃあっ、なんだお前はぁっ!?」


「食らえっ、自慢のつよつよセルデバイス―― じーじの孫の手(バックスクラッチャー)!」


 ルウナは団長の左腕目掛けて、鋭い鉤爪で一閃する。

 そして、舞い上がった腕を立て続けに引っ掻き、五指をバラバラに切断した。


「うぎゃああああーーーーっ! 私の手がっ、指がぁっ、うわあああああーーーーっ!」


「へへーん、バラバラえんがちょー。痒い所はございませんかーってね!」


 ルウナは宙を舞う指を華麗にキャッチし、その中からひとつ、中指を選ぶ。

 そして軽く肩を回すと、大きく一歩前へと踏み込み、しなやかに腕を振り上げた。


「ピッチャー4番、ルウナちゃん! ラミウ、これを受け取ってーーっ!」


 契約指輪(エンゲージリング)が嵌ったままの中指が、ボールのように宙を翔ける。

 それは素早く弧を描き、闘技場内にいるラミウとアイザークの元へ降りてきた。


「く……っ、ありがとうルウナ!」


 ラミウは中指を受け取ろうと、上体を仰いで手を伸ばす。

 中指が目前に迫った時、ラミウはあることに気付いてしまった。


(しまった、思ったよりも軌道が高い! 私の手が届きそうにない!)


 このままでは、指はラミウの頭上を越えて、遥か彼方へと飛んで行ってしまう。

 アイザークはこの一瞬で、ラミウの表情が曇ったのを感じた。


「ぐっ、ううう……っ!」


 アイザークは唸りを上げ、全身の力を右腕一本に集約させた。

 指輪の支配に抗って、叛意(はんい)の意志のみで右腕を動かそうと必死になる。


「うっ……ぐ、あああああーーっ!」


 自らを戒める抑圧さえも振り解き、肩関節の激痛を無視して――

 ただ、自由を求める強い意志のみで、右腕は天へと掲げられた。


「あと少しっ……届けぇぇぇぇーーーーっ!!」


 懇願の叫びと共に、アイザークの右手は団長の中指を力強く掴み取る。

 アイザークはすかさず中指の根本を口に咥え、指輪を勢いよく引き抜くと、右手でラミウの左手を取った。


「ラミウ、お前が俺を奪ってくれ……! これで俺は……機戦羊(バトルシープ)迦亜羅(カアラ)〉はラミウのものだ!」


 捲し立てるような告白と共に、アイザークは指輪をラミウの薬指に嵌める。

 指輪はぴたりと根本に収まり、ラミウの薬指にしっかりと馴染んだ。


「アイが……あなたが私のもの……!? そんな、あなたを支配なんて出来るわけがない!」


「俺が望んで選んだ自由だ。宣言してくれ……〈迦亜羅(カアラ)〉の魂を解き放つ、俺たちを繋ぐ誓いの言葉を!」


 ――僕の身体は、ラミウにとって〈セルデバイス〉みたいなものだから。


 故郷を共に離れた夜、アイザークの口から聞いた言葉を、ラミウは今一度思い出す。


 ラミウは薬指の指輪を見つめ、アイザークのすべてを受け入れる覚悟を決めた。


「……いくよ、アイ! 機戦羊(バトルシープ)迦亜羅(カアラ)〉―― エンゲージッ!!」


 アイザークの言葉をなぞるように、ラミウは叫んで〈迦亜羅(カアラ)〉を呼ぶ。

 同時に、アイザークの背中の傷口から、鮮血と共に黒い粒子が迸った。


 黒い粒子は空中で自己増殖を繰り返し、アイザークの全身を瞬く間に包み込んでいく。

 そしてアイザークは暗黒の外骨格(エグゾスケルトン)に身を包む機戦羊(バトルシープ)迦亜羅(カアラ)〉へと姿を変えた。


「すごいね、アイ……! あなたの姿……誰にも負けないくらい、とっても強そう‥‥!」


 満身創痍のラミウを胸に抱え上げ、アイザークは――

 迦亜羅(カアラ)は微笑むように目を細める。


「ラミウのセルがあってこそだ。今日の俺は……きっと一気にベレナスまで飛べる!」


 ラミウは迦亜羅(カアラ)の胸板に自らの頬を押し当てた。

 外骨格(エグゾスケルトン)から僅かに伝わるアイザークの体温が、ラミウの心を甘い感情で満たしていく。


「ひいいっ、あの小娘っ……機戦羊(バトルシープ)を起動させただとぉ!? 軍人でもない、ただの小娘が一体何故!?」


 団長は怯えて尻もちをつき、慌ててその場から逃げ出した。

 非常口まで這った所で、突如現れた何者かが、その行く手を脚で阻む。


「……はっ! 今度はなんだぁっ!?」


 団長の前に現れたのは、リベリアスの一人である黒衣の女。

 檻から解き放たれたであろう、他のリベリアスたちも揃っている。


「おおっ、いい所に来てくれた! 今すぐ私に加勢して、機戦羊(バトルシープ)と戦ってくれ!」


「……クソギツネが、冗談言うのも大概にしろ。私たちはもう、お前の味方をする義理などない」


 黒衣の女は団長の背後を静かに指差す。

 団長が勢いよく振り返った先には――


「うきゅふふふっ、こーして指輪を嵌めただけでー、頼もしいフォロワーが増えたったー」


 ルウナはご機嫌に自らの手指を見せびらかす。

 団長の指から外したであろう契約指輪(エンゲージリング)が、五指にビッシリと嵌っていた。


「リベリアスの皆さーん、サヨナラの時はブロ解でよろー。短い間ですがお取引の方、何卒よろしくお願いしまーす」


 ルウナの適当な指示に対し、リベリアスたちは全員頷く。

 指輪の支配から外れたリベリアスたちは、積年の恨みを晴らさんと団長の元へとにじり寄った。


「こ……このっ、叛意思想者(はんいしそうしゃ)どもがああああーーーーっ!」


 リベリアスたちは一斉に団長へと襲い掛かる。

 身の毛もよだつ解体ショーとはまさにこのこと。


「うえ、ここだけR18G(エログロナンセンス)……。こんな指輪、物騒過ぎて持ってらんなーい!」


 延々と舞い上がる血飛沫を見て、ルウナはキュウと喉を鳴らし、五指から指輪を引き抜いた。


「おねーさん、やっぱこの指輪ぜーんぶ返すわー! ここらの後始末はよろしくねー!」


 そしてルウナはすべての指輪を黒衣の女に押し付けると、ラミウとアイザークの元へ駆けていく。

 鉄格子を越え、両手を左右に振りながら、ふたりが待つ闘技場の中央へ。


「おーいっ、ラミウー! ――ってウゲェェッ!?」


 ルウナは機戦羊(バトルシープ)姿のアイザークを見るなり、踵で思い切りブレーキをかけた。


「ラミウ!? あんた、そのバケモノ……まさかソイツがアイザークって言わんよねー!?」


「そのまさかだよ。この人が私の大切な家族!」


「へ……へぇ……? ちなみに今日は日曜の朝(ニチアサ)じゃないよね? あたしの感覚では土曜の明け方のはずなんだけどー」


 ルウナは恐る恐る手を伸ばし、迦亜羅(カアラ)外骨格(エグゾスケルトン)を指でつつく。

 迦亜羅(カアラ)はラミウを抱えたまま、ルウナの前に向き直ると、頭を垂れて跪いた。


「ルウナ、俺とラミウを助けてくれてありがとう。ここにいるリベリアス全員が、キミのおかげで救われたよ」


 アイザーク本人の口から放たれる、物腰柔らかな物言いに、ルウナは頬を赤く染める。


「ふぇっ……!? あ、うん……全部ラミウのためだけどー、結果的にそうなったのなら良かったかもねー」


 ルウナは照れつつ、ラミウの耳元にマズルを寄せた。

 そうしてアイザークに聞こえないよう、小さな声で耳打ちをする。


「ねぇっ、アイザークの奴、意外と良い声してんじゃん……っ!」


「え? うん、ディガンマ先生と比べたら低い声だよね。子供の頃と全然違うから驚いちゃった」


 ディガンマの名を口にして、ラミウとルウナは互いに顔を見合わせる。


「ねぇラミウ、朝の四時だよ!? ディガンマの奴、そろそろ起きる頃なんじゃない!?」


「嘘っ、もうそんな時間!? 今すぐシャーンティ診療所へ帰らなくちゃ!!」


 ラミウは自らを抱く迦亜羅(カアラ)――

 アイザークの顔を不安げに見上げる。


「ねぇ……アイも一緒にネオ・ベレナスへ帰るよね……?」


 アイザークは目を細め、静かに強く頷いた。


「俺はラミウと一緒に行く。アストラヴァナ領からベレナスへ、お前たちを抱えて空を翔けよう」


 東の空が白み始める、午前四時。

 アイザークはラミウとルウナを両腕に抱え、特別許可地帯から飛び出すように脱出した。


 硬い双蹄を打ち鳴らし、暗い通路を翔け抜けて、緊急避難用ハッチを目指す。


「見てルウナ、リベリアスたちが強き者たちの檻を壊してる!」


「ほんとだー、みんな無事に家族の所へ帰れるといいねー」


 ラミウはスカートのポケットに手を入れ、塵紙の中身を確認した。

 そして、包まれた数本の歯に触れて、ラミウは悔しさに唇を噛む。


「……チャイが飲みたくなっちゃった。歯が浮くくらい激甘なやつ」


 アイザークは両腕を顔の前に交差させ、薙ぎ払うように空を切る。

 前方へと放たれた風圧により、ハッチの扉が勢いよく開いた。


 速度を一切落とさぬまま、アイザークの身体は夜明けの空へと舞い上がる。

 眼下には雄大に流れる大河が、まるで巨大な鏡のように、朝焼けに染まる東雲の空を色鮮やかに映していた。


「うひゃーっ、見てよラミウ! CR機より映える景色ー! 写真撮れないのが勿体ないくらい!」


「そうだよっ、しっかり捕まってなきゃ! アイ、ベレナスへの道は分かるよね!?」


 アイザークは一瞬視線を彷徨わせた後、顎で方向を指し示す。


「黄金柱……一応あれを目指してる。都市の近くで一度降りて、変異を解除するつもりだ」


 そう言ってアイザークが降りたのは、ベレナスへ続く大河の畔。

 血や土埃で汚れた身体を軽く清めて、三人は寝不足で帰路を急ぐ。


 早朝の大河の混雑を抜け、黄金柱の階段を登り、街の外れにある診療所へ。

 帰ってきた三人を待っていたのは、診療所の門前に立つディガンマの姿だった。


 ディガンマはラミウとルウナを見るなり、にっこりと微笑み軽く手を振る。


 ラミウとルウナは顔を見合わせ、怯えた様子で互いの手を強く取り合った。


「おはようございます。チェックアウトが早いですね。昨晩はよく眠れましたか?」


「先生……なんでこんな時間から外にいるの?」


 ディガンマはラミウの頭から髪飾り(アクセデバイス)を外して見せた。

 髪飾り(アクセデバイス)側面のランプが、一定のリズムで蒼く点滅を繰り返している。


「あ……緊急連絡スイッチ! どうして作動してるんだろう!?」


「強い衝撃を与えたでしょう。おかげで昨晩はうるさくて、まったく眠れませんでしたよ」


 ディガンマの言う〈強い衝撃〉に、ラミウは心当たりしかない。


「そ、そんな……通話状態だったってこと!? 先生、いつから聞いてたの?」


 アイザークに蹴り飛ばされ、襲われるように組み伏せられて、一体なにを口走っただろうか。

 ラミウは脳内で昨晩の出来事を反芻し、あまりの恥ずかしさに悶絶した。


「どうしようっ、昨晩はホント……っ、変なことしか言ってない気がするっ!」


「まあ、よく立ち回ってたと思いますよ。ラミウの後ろにいる男が、例のアイザーク本人ですね?」


 ディガンマはすれ違いざまにラミウの肩を軽く叩き、後方に立つアイザークの元へと歩み寄る。

 そして、顔色一つ変えぬまま自然な動作で振りかぶると、アイザークの右頬を勢いよく殴り飛ばした。


「ぐあっ……!」


 アイザークはたちまちバランスを崩し、硬い地面に片膝をつく。

 ラミウとルウナは絶句して、互いに抱き合いディガンマとアイザークから距離を取った。


「……アイ、久し振りですね。森で私と別れてから、一体何人その手で(ほふ)った?」


「数ヶ月前にアストラヴァナで軍人を二人……サーカスに売られて監禁されて……昨晩が初めてのショーだった」


「――そうですか。あなたの口上通り、嗜虐と凌辱を重ねていたら、敷居を跨がせない所でしたよ」


 ディガンマはアイの手を取り、軽々と引いて立ち上がらせる。

 そして再び振りかぶり、アイザークの左頬を渾身の力で殴りつけた。


「ぐはっ!」


 アイザークは両頬を押さえ、堪らず地面に突っ伏する。


「ねぇーっ、なんでよー!? なんで殴るなら今起こしたのー!?」


 あまりにも理不尽なディガンマの行動に、ルウナが外野から口を挟んだ。

 ディガンマは息を吐き一拍置いて、何事もなかったかのように答えた。


「ああ、今の一発は私怨です。〈情け〉と言えど、うちのラミウを勝手に犯そうとしたのですから」


「…………」


 アイザークはディガンマに対して頭が上がらないのか、目を伏せたまま黙りこくっている。

 ラミウはアイザークの元へ駆け寄り、塵紙でそっと口元を拭った。


「先生……アイは酷い目にあってたの……暴力を受けて怪我をしてるし、もう少し優しくしてあげて……?」


「そうですね。亜脱臼をどうにかしましょう。ラミウは診療所へ戻って、局所麻酔のスプレーでも準備しておいてください」


 ラミウはルウナの手を引いて、門の中へと入って行く。

 診療所の門前には、ディガンマとアイザークのふたりだけが残された。


「アイ……覚悟とやらは決まりましたか? 此処へ来たということは、あなたの中で何かが変わったということでしょう?」


「はい……。これがはたして覚悟かどうか、まだ確証は持てないけど――」


 アイザークはディガンマを見上げ、眼差しに意志を湛えて語る。


「思えば俺は……いつも逃げてばかりだった。自分の強さに翻弄されて、道を幾度も誤って……これからは、兵器としての自分を認めて……誰かのために、悔いのない形で使われたい」


「…………、んー……?」


 アイザークの答えを聞いて、ディガンマは露骨に眉を(ひそ)めた。

 どうやら期待していた結論よりも、だいぶ劣っていたらしい。


「あ……あの、ディガンマ先生……?」


「――使われたいとは性癖の話か? 問題から逃げ出すよりは幾分かマシと考えるか? 結局、人を決めるのは、その人の行動のみですからね……」


 ディガンマは顎に手を当てて、何かをブツブツと呟きながら、アイに背を向け診療所へと戻って行く。

 そして数歩ほど進んだところで、再び背後を振り返った。


「何してるんです? キミの他にも患者がいる。さっさと立って付いて来なさい」


「……っ、俺もこの診療所にいていいんですか……!?」


「もちろんです。だが、キミが再び人としての道を外れたら……その時は私がキミを殺す」


 アイザークはディガンマを追って、診療所の門をくぐる。

 生き別れていたラミウとアイザークは再会を果たし、再び同じ道を歩み出した。

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