表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/24

第17話「今度は私が」

 

 ラミウは地面に降りると、再び脱兎の如く駆け、闘技場中央に立つアイザークのもとへ。


(確認しなきゃ! 今の彼の状況は、私の能力と相性が良いかも……!)


 ブラックアックスを槍のように構え、ギリギリの間合いを保ちながら、ラミウはアイザークとの距離を詰める。


 アイザークはラミウの挑発に乗り、片肘を引いて胸を反らした。


 肩関節を負傷した身体に適用された予備動作だ。

 拳を放てる角度は、おそらく最初から決まっている。


(……今だ!)


 ラミウはアックスを左手に持ち替えて、間合いを踏み越え、アイザークの目前へ躍り出た。

 ふたりの足元に拳が着弾すると同時に、ラミウは衝撃をかわすべく、アイザークの肩めがけて飛び跳ねる。


 そしてラミウはアックスを持たない右手を、アイザークの肩関節に押し当てた。

 そのまま強く体重をかけ、右手を支点に前転し、彼の身体を飛び越えていく。


「うぐっ……!」


 肩関節にラミウの全体重が乗った瞬間、アイザークが低く呻いた。


(思った通り、脱臼してる! 腕の可動域外は安全地帯!)


 ラミウは身体を思い切り捩じり、着地動作と共に、アイザークの背中をブラックアックスで切りつける。

 広く巨大な背中から、飛沫を上げて大量の鮮血が噴き出した。


「ぐふっ……っ、この目障りな小動物め……っ!」


 アイザークはゆっくりと振り向き、肩越しにラミウを睨みつけた。


 ラミウはアイザークの背中の傷を観察する。

 仄かに蒼く輝いてはいるものの、傷口はぱっくりと開いたままだ。


(いくら深く切りつけたとはいえ、初戦の女と比べて回復速度が遅い気がする)


 アイザークは怒気と威圧感を放ちながら、ラミウのもとへ大股で迫る。

 ラミウは間合いを保ちながら、後ずさりを繰り返してアイザークの行動を誘った。


「――オラぁっ!」


 下から上へと抉るように、拳が幾度も放たれる。

 その姿はまるで、逃げる小動物を捕らえようとする猛獣のよう。


(体内のセルを怪我の修復に使ってるせいかな。彼の武器デバイス(デュアルホーフ)にセルエネルギーが乗っていない)


 団長が〈扱いきれない隠し玉〉と言っていたほどだ。

 きっとアイザークは満足にセルを充填させてもらえてないのだろう。


(動けなくすればこちらの勝ち……! 話さえ出来ればこちらのもの!)


 ラミウはアイザークを挑発しながら、彼の体力を消耗させるべく、必死に跳ね回り翻弄した。


 力では及ばずとも、スピードはラミウの方が勝っている。

 本調子ではない拳など、避けることは造作もない。


(アイとゆっくり話したい……! 彼の動きを止めるには、それ相応の場所を狙わなくちゃ!)


 ラミウが狙うタイミングは、両腕を使って放たれる双蹄衝(インパクト)の瞬間――

 上体ごと前へ踏み込むように放たれる拳は、どうしても挙動が大振りになる。


(私の力で確実に足止めさせるならば、次に狙うは足首の腱!)


 埒が明かないことに苛立ったのか、アイザークは両肘を引き、再び胸を大きく反らした。

 両腕の双蹄(デュアルホーフ)が蒼く輝き、セルが拳に集まっていく。


「今だ、もう一度切りつけてやる!」


 ラミウは再び背後を取るべく、アイザークとの距離を詰め、地面を蹴って跳び上がる。

 肩関節の自由が効かないアイザークは、拳を打ち込む瞬間、自らも一歩前へと踏み込んだ。


 ブラックアックスで狙うのは、踏み込んだ瞬間、無防備に晒されるアキレス腱。

 ラミウは空中で身を翻し、ブラックアックスを振りかぶった。


「かかったな、くらえっ!」


 その瞬間、アイザークは両の手のひらを地面につけ、丸太のような両脚を思い切り後方へと蹴り上げた。

 無防備なラミウの柔らかな腹に、アイザークの後ろ蹴りが炸裂する。


「――ぐはぁっ!」


 挑発され、誘われていたのは、どうやらラミウの方だったようだ。

 ラミウは口から血を吐き、闘技場の彼方へと吹き飛んでいく。


 飛ばされる最中、砕けて隆起した地面が棘のようにラミウの全身を切り刻んだ。


「うわああーーっ、ラミウーーっ!」


 ルウナは拉げた鉄格子の上から、ラミウを心配して声を上げる。


 しかし、ラミウは仰向けに倒れたまま動かない。

 どうやら今の一撃で、すっかり気絶してしまったようだ。


偶蹄目(ぐうていもく)の脚は四本……。俺の双蹄(デュアルホーフ)は拳だけじゃない」


 両脚の双蹄(ブーツ)をギラギラと蒼く輝かせながら、アイザークはラミウのもとへと歩み寄る。

 そしてラミウの身体を跨ぎ、膝をついて覆い被さると、頬を強く平手打ちした。


「おい、起きろ。ショーのクライマックスだ」


「げほっ、けほ……っ……はぁ、はぁ……っ!」


 ラミウは意識を取り戻し、咳き込みながら瞼を開く。

 目の前の状況を一瞬で判断したラミウは、落としたアックスを握ろうと、上下左右に両手を何度も彷徨わせた。


「この期に及んで抵抗するな」


 アイザークは片手でラミウの両手首を掴むと、逃がさないよう頭上へと強く押さえつける。


「やめてっ、離してったらぁっ!」


 すかさずラミウは脚を引き上げ、アイザークに向けて蹴りを放とうとした。

 彼はその動きを読んでいたかのように、ラミウの腿裏へ自らの膝を割り込ませる。


 細い腰が僅かに浮いたところで、アイザークはさらに距離を詰めた。

 まるで折り畳まれるように、ラミウの脚は押し上げられ、完全に逃げ場を失ってしまう。


「選ばせてやる。嗜虐(しぎゃく)を尽くして殺されるか、俺に(なぶ)られて()かされるか」


「……なにそれ、どう違うの……?」


「どちらも至極悪趣味なことに変わりない。前者はなかなか死ねない分、女にはあまりオススメしない」


 身の毛もよだつ解体ショーだと、耳元で囁かれた猟奇的な言葉に、ラミウの身体は震えあがった。


 ラミウは朦朧とする頭で、黒衣の女の言葉を思い出す。


 アイザークは話の通じない奴ではない。

 抵抗さえしなければ、きっと情けをかけてくれると。


「後者は完全に見世物だ。だが……お前が最も良いと感じる所で、苦しまないよう殺してやる」


「…………」


「いいか、客観ではなく主観で選択しろ。俺の仲間に情けをかけた……お前に対してのせめてもの礼だ」


 黒衣の女がアイザークに耳打ちした内容は、きっとこのことだったのだろう。

 どちらにしろ最悪でしかない。


 しかし、ラミウは覚悟して唇を噛む。

 前者と後者を比べたら、時間を稼げるのは後者の方だ。

 最終的に殺されるならば、抵抗の余地は多い方がいい。


「……私、こういうことするの初めてなの。だからなるべく時間をかけて、出来ればうんと優しくして」


「わかった……優しく抱くと約束する」


 アイザークは下半身をラミウの腰に押し付け、動けないように体重をかける。

 厚い大きな手のひらでラミウの頭を包み込むと、細い首筋に口元を寄せた。


挿絵(By みてみん)


「う……っ、うわはぁっ……!?」


 ラミウの首筋を、熱く濡れた舌先が這う。

 味わったことのない感覚に、ラミウは驚いて声を漏らした。


(うわ、我ながら色気のない声……。自分でもびっくりするくらい)


 重たい巨躯に組み伏せられて、身動きも抵抗も何一つ出来ない。

 壊れものを扱うような優しい手つきで触れられても、恐ろしいことに変わりない。


 まるで肉食動物に、喉元からバリバリと食らいつかれるような――

 本能から来る緊張感が、ラミウの全身を硬直させる。


「力を抜いて、目は閉じていろ。俺のことは見なくていいし、周りの声も聞かなくていい」


「駄目……っ、あなたの顔をよく見せて。あなたにも……私の顔をよく見てほしい……!」


「ごめん……怯える顔は見たくないんだ。脳裏にこびりついて、離れなくなる」


 ラミウはアイザークの言葉の中に、彼の本音を聞いた気がした。

 首筋に食らいつく獣のような姿勢は、どうやら彼なりの自衛のようだ。


「嫌だろうけど、声だけは我慢しないでくれ。泣いてもいいし、喚いてもいい。いくらよがっても……笑わないから」


 おそらく過去にも相手の顔を見ないよう、声と反応に頼る形で事を進めてきたのだろう。

 ラミウの肌を滑る指先は、冷え切って僅かに震えていた。


「……アイ、あなたちっとも変わってないね。怖がりで臆病なとこも、他人思いで優しいとこも」


「――なんだって?」


 アイと呼ばれたアイザークは、驚いた様子で顔を上げた。

 強い眼差しを動揺で揺らし、眼下のラミウを真剣に見つめる。


「ラミウ……どうしてこんな所に……!?」


「それはこっちの台詞だよ。久しぶりだね……ずっとあなたを探してたんだ」


 アイザークは上体を起こし、ラミウの上から退こうとする。

 ラミウは慌ててアイザークの首に手を回し、逃げられないように彼の腰を両脚で強くホールドした。


 その行為が積極的に映ったのか、観客席から歓声が上がる。


「離れないで、このまま続けて! バレないように……少しだけあなたと話をさせて!」


「今更ラミウと話すことなんて何もない! 今すぐ俺から距離を取って逃げろ!」


「逃げない! 私はあなたを迎えに来たの。アイ……私と一緒にベレナスへ帰ろう。こんな汚くて怖い所、あなたがいるべき場所じゃないよ」


 ラミウはアイザークの胸元に、自らの頬を押し付ける。

 温もりを感じて動揺したのか、アイザークの巨躯がビクリと跳ねた。


「セルも、命も、何もかも……奪ってしまうかもしれないんだ……俺がラミウの傍にいると、不幸にさせてしまうかもしれない……!」


「分かってる……知ってるよ。アイが私から離れた理由は、私を守るためだったって……!」


 一体、彼のどこから香るのだろうか。

 濃い血と汗の香りに混ざり、白檀の爽やかな青い香りが、ラミウの鼻孔を刺激する。


 思えば、幼い頃からそうだった。

 〈アイ〉がラミウに甘える時、彼の身体から青い香りが、必ず香っていたことを。


 ラミウはアイザークをあやすように、彼の後頭部を手のひらで撫でた。

 うねる髪の柔らかさは、子供時代から変わっていない。


「でも、アイはそれで幸せなの……? 今のアイを見ていると、昔の私を思い出すよ」


「幸せなんて、願うことすら烏滸がましい。俺は……ラミウが幸せならそれでいいんだ……」


「私は全然幸せじゃないよ。子供の頃に隠れ家で過ごした、ふたりの日々が幸せ過ぎて……あなたがいないと、心に穴が開いたまま……!」


 子供の頃に隠れ家で過ごした、ふたりの日々が幸せ過ぎて――

 ラミウが吐露した言葉を聞いて、アイザークの心に遠い日の思い出が蘇った。


 互いに小さな手を取り合って、共に歩いた早朝の地下路。

 声を上げて笑いながら、小川で遊んだ昼下がり。

 ひとつの毛布を頭から被り、抱き合って過ごした長い夜。


 その輝かしさと懐かしさに、アイの瞳から涙が零れた。


「怖かった……強くなればなるほどに、自らを制御できなくなる……。心の内の恐怖が肥大し、望む覚悟から遠ざかる……!」


「守ろうなんて思わなくていい。あなたが思うより、私はずっと強くなったの。今度は私があなたを此処から連れ出してやる!」


 ラミウがそう言い切ると同時に、ふたりの真横でピシャリと鞭の音が鳴った。


「誰が誰を連れ出すってぇ? ええっ!?」


 いつの間に傍まで来ていたのだろうか。

 団長が怒りの形相で、ふたりをジッと見下ろしていた。


「いつまで経っても事が進まないと思っていたら……ふたりでコソコソ悪だくみとは良い度胸だなぁっ!」


 歯に衣着せぬ乱暴な言葉遣いと共に、団長はアイザークに向けて中指を立てる。


「ショーは終わりだアイザーク! 今すぐ、その小娘のセルエネルギーを奪い尽くしてやれ!」


 団長の中指に嵌められた白銀(プラチナ)契約指輪(エンゲージリング)が、蒼く眩い輝きを放つ。

 その瞬間、アイザークの瞳が虚ろに沈み、ラミウへ向けて再び殺気を放ちはじめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ