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第15話「サーカスへようこそ」

 挿絵(By みてみん)

 


「あの時は朦朧としていたせいで、アイの背中を見送ることしかできなかった」


 特別許可地帯へと続く階段を降りながら、ラミウはルウナに自らの過去をすべて語った。

 話を聞いたルウナは、目尻に涙を浮かべる。


「きゅう……なにその切ない話ー。人生の密度高すぎでしょ……あたしの目的がショボすぎて、なんだか恥ずかしくなってきたかも」


「そんなことないよ。ルウナの目的だって、家族思いで素敵だと思う」


「またまたー。でもさ、そんな話を聞いちゃったらもう、協力してやる他はないよねー」


 ルウナはスマートデバイスを取り出し、画面に並ぶアイコンに触れた。

 その瞬間、メェという羊の鳴き声と共に、小さな長方形の窓が空間に投影される。


「ラミウの写真を撮らせてねー。ウィンドウに上半身が入るように!」


「そのサイトなに? 色んな人のコメントが、濁流のように流れていく!」


 起動したのは、水色の羊マークで有名な〈メェーモ〉というアプリ――

 二百文字程度の文章、あるいは二分以内の動画をメモ書きとして投稿できる、若者に人気のSNSサービスだ。


「ラミウとアイの情報を書き込んで、フォロワーに拡散してもらおうかなーって。知ってる人から情報提供があるかもしれないしー」


「そんなことして大丈夫かなぁ? やり方を間違えたら犯罪とかにつながらない……?」


「そこらへんはうまくやるってー。あくまでも、知ってる人が見たら分かる程度のフンワリとした情報で」


挿絵(By みてみん)


 年齢は十代から二十代前半の男性。

 特徴的な刺青に黒髪、蜂蜜色の瞳――


「十年ほど前にネオ・ベレナス近隣の森で行方不明……健気なラミィちゃんが探しています、拡散希望で情報求む!」


「ねぇルウナ。ラミィちゃんって、もしや私のこと?」


「実名出すわけにはいかんでしょー。見た人だけが分かるラインで、それとなーく伝えなきゃ」


 途端に、ルウナのスマートデバイスから通知音が鳴る。

 今しがた発信したメモ書きに対し、ダイレクトメッセージが来たようだ。


「おっ、さっそく。私は条件ぴったしなので、ぜひラミィちゃんとワンナイト……って、ヤリモク野郎はブロックじゃボケーッ!」


「ねぇっ、そのアプリ本当に安全なの!? 変な人と接触しちゃいそうで怖いんだけどっ!」


「大丈夫ー。変な奴は逐一ブロックするから、通知切って期待せず放置しとこー」


 そうこうしているうちに、ふたりは階段を降り終える。

 細く長い通路の果てに、開け放たれた扉がひとつ。


「あはっ、扉の向こうから歓声が聞こえるー。きっとサーカスで間違いないよー」


 扉から漏れる灯りに向かって、ルウナは一目散に駆け出した。

 胸にブラックアックスを抱き、ラミウもルウナを追いかける。


 扉を越えて一歩中へ入った瞬間、ルウナとラミウは驚いてその場で足を止めた。

 受付と思わしき広間の床は、あちらこちらに夥しい量の血痕が、泥のようにこびりついている。


 壁一面に設置された檻の中には、満身創痍で横たわる人々の姿があった。

 地獄の底のような光景が、ラミウとルウナを不安に落とす。


「酷い臭い……ルウナ、何これ……っ!?」


「わ……わかんないよ……あたしも来るのは初めてだから……!」


 ふたりは身を寄せ合い、檻の中を覗き見た。

 横たわる者たちの首には、軍の所属を証明するドッグタグが掛けられている。


「ねぇラミウ……ここにいる人たちさー……もしかして全員〈強き者〉かも……」


「そうだね。行方不明になってる人たちかもしれない。もっと奥へ行ってみよう」


「やぁーっ、駄目駄目っ、駄目だってーっ! 引き返すなら今しかないよぉっ、今のところ誰にも見られてないしさー!」


 ルウナはラミウに縋りつき、必死に進行を阻む。

 ラミウは意志の強さを示すように、ルウナの身体を引きずりながらも、前へと進む歩みを止めない。


 檻の立ち並ぶ通路を越え、鉄の扉を押し開き、ふたりは歓声と熱気の最中へ。


 ラミウとルウナの目に飛び込んできたのは、巨大な円形の闘技場。

 身なりの良い観客たちが、興奮した様子で何かを眺め、熱中している。


「うわぁっ、すごい人の数! こんな夜中なのに観客がいっぱい!」


「あわわわわ。これのどこがサーカスなのさー! どっからどう見てもコロシアムじゃんかよーっ!」


 闘技場の中心では、中年の男性と黒衣の女が戦っていた。

 ラミウは思わず目を細め、男性の方をよく見つめる。


「あの人……チャイ売りのおじさんだ! 一体どうしてこんなところに!?」


「ラミウの知り合いー? 街でスカウトでもされたんじゃないのー?」


 チャイ売りの男は大きく息を吸うと、黒衣の女に向けて勢いよく炎を放射する。

 咄嗟のことに反応しきれなかったのか、黒衣の女は男の炎を真正面から浴びた。


「おおー、あのおじさん強いじゃーんっ! 結構良い技をお持ちのようで!」


「おじさんの技は獰植物と相性が良いの。現役時代はそこそこ有名な人だったんだよ」


 黒衣の女は火だるまにもかかわらず、落ち着いた様子で立ち尽くしている。

 やがて炎が収まると、両手で顔を何度か擦り、炭化した皮膚を削ぎ落とした。


「はぁっ!? なにあの女っ……効いてる様子ないんだけど!?」


「あの人……もしかして再生してるのかも……!」


「再生っ!? 獰植物じゃあるまいしっ、そんな人間あり得なくない!?」


「前にも一度見たことあるの。どんなに酷く傷ついても、たちまち治ってしまう人を」


 ラミウは動揺し、自らの胸を強く押さえる。

 黒衣の女の白い頬に、一筋の奇妙な刺青が見えたからだ。


(あの刺青が何か、私には分かる……!)


 女は勢いよく駆け出すなり、チャイ売りの男に正面から抱きついた。

 その様子を見た観客は息を飲み、会場は一瞬、静寂と緊張に包まれる。


「エンゲージ――」


 ラミウの目には、黒衣の女がそう呟いたように見えた。

 女が妖しく微笑んだ瞬間、チャイ売りの男の全身から蒼い閃光が迸る。


「っ、ぎゃああああああーーっ!!」


 まるで静寂を切り裂くかのように、男の断末魔が会場に響き渡った。

 どうやら体内のセルエネルギーを黒衣の女に吸われているようだ。


 やがて、男の身体は枯葉のように干からびて、無言でその場に崩れ落ちる。

 あまりの様子に、ルウナは会場から顔を背けた。


「酷い……何もあそこまですることないじゃん……! この施設、客に対して一体何を見せてんのさ……!」


 黒衣の女はセルで満たされた胸を撫でながら、恍惚とした表情を浮かべる。

 女の艶やかな様子に、静まり返っていた会場は、再び熱気と歓声に満ちた。


「やあやあ、お楽しみ頂けましたか! 我が団、自慢のリベリアス・リコールを! 私が当サーカスの団長、グララーガでございます!」


 闘技場の入場口から、小太りのネオフェネックが現れる。

 低い身長を誤魔化すかのようなシルクハットに仰々しい燕尾服。


 自らを団長と名乗ったネオは、観客に向けて笑顔で声を張り上げた。


「彼女の能力、素晴らしいでしょう! 私が管理するエグゾスケルトン達は、どれも軍の型落ち品! 正真正銘〈本物〉です!」


 団長は黒衣の女の腰を抱き、観客に見せつけるように闘技場を練り歩く。


「この世に存在するエグゾスケルトンたちは、サンテックス軍の管理の下、兵器として使用されます。しかし時に叛意を示す、愚かな個体が現れる!」


 団長は鞭を取り出すと、女に向かって振り下ろした。

 ピシャリと強く鞭が鳴り、女は団長の足元に跪く。


「軍に叛意を示した時点で、通常は始末されるところを、私がこのように躾けることで、新たな商品価値を生み出したのです! それがこの、叛意的存在の再利用(リベリアス・リコール)!」


 女は団長の脚に縋り、革靴の先を(ねぶ)り回す。

 観客たちは前のめりになって、女に熱い視線を送った。


「しかし……叛意的存在(リベリアス)と言えども、私たちと同様に命あるもの! そこでっ、彼らを救うのはあなた方〈オーナー〉の皆様ですぞ!」


 団長は女の髪を掴み、背中を思い切り突き飛ばす。

 闘技場と観客席を隔てる鉄格子から、無数の男の手が伸びて、黒衣の女の身体を捕らえた。


 すっかり興奮した男たちは、鉄格子越しに女の身体を弄び、反応を見て楽しんでいるようだ。

 蹂躙される女を後目に、団長は再び闘技場の真ん中へと歩み戻った。


「でも、凶暴じゃないかって? ええ、ええっ、ご心配なさらず。制御デバイスがございますとも。このように専用のエンゲージリングが!」


 団長は左腕を高々と掲げる。

 短い五指にはそれぞれに、奇妙な柄が刻まれた白銀の指輪が輝いていた。


「強き者に該当しない子羊のような皆様には、力という保険が必要ですぞ! 人工的な進化を与えられた、完璧な下僕を提供しましょう!」


 団長は小指に嵌められた指輪を摘まむと、これ見よがしにゆっくり抜き取る。

 その瞬間、男たちに弄ばれていた黒衣の女は、正気を取り戻したかのように男たちの手を振り解いた。


「――このクソギツネッ、殺してやるっ!」


 無言だった女の口から、感情の乗った声が放たれる。

 女の強い怒気と殺気が、中央に立つ団長へと向けられた。


 団長は再び指輪をはめると、向かってきた女の顔を、拳で思い切り殴り飛ばす。


「……っ!」


 女は再び感情を失った人形となり、団長の前にかしずくと、頭を地面に擦り付けた。

 彼女の態度に、先ほどまであった怒気や殺意は感じない。


「この通り、犬よりも忠実で強さはピカイチ! セクサロイドとしても優秀でございます! 皆様の入札を心よりお待ちしておりますぞ!」


 あまりにも異常な見世物を前に、ルウナは恐怖に身を震わせた。


「イカれてる……っ、逃げようラミウ、こんな所にいたらまずいよ!」


 ラミウの手を掴もうと、ルウナは隣に目をやるが、生憎そこにはもう誰もいない。


「ラミウ? どこ行っちゃったの!?」


 ルウナは驚いて周囲を見回す。

 あろうことか、ラミウは鉄格子をよじ登って、今まさに闘技場の中へ入らんとしていた。


「だわわーーっ、ダメダメっ、何してんのー! ラミウっ、入っちゃ駄目だってばーっ!」


「チャイ売りのおじさんには家族がいるの! 歯でも骨でも何でもいい……せめて形見を持ち帰らなきゃ!」


「そんなことしてっ、挑戦者だって思われたらどうするのさー!」


「その時は相手と戦うまで。ルウナ、あなたパトロンでしょ? そこでしっかり私を見てて!」


 ラミウは鉄格子を越えて、闘技場の内側へと飛び降りる。

 突如として乱入したラミウを見て、団長は嬉しそうに口角を上げた。


「おやぁ? お嬢さん、もしやチャレンジャーかな? それとも迷子になっちゃったかなぁ?」


「敵討ちよ! チャイ売りのおじさんと知り合いなの。彼の名前も知らないけどね!」


 売り言葉に買い言葉である。

 心の底から怒りを込めて、ラミウは団長にブラックアックスを向けた。

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