第7話:プレゼントと、空にかかる虹
朝食を終えた後も、公爵邸は不思議な高揚感に包まれていた。
窓から差し込む柔らかな日差しに、使用人たちは皆ホッと胸をなでおろし、私とすれ違うたびに「アメリア様、ありがとうございます!」と涙ぐみながら拝まれる始末だ。
(私、ただ朝ご飯を食べて笑っただけなのに……)
「アメリア嬢。食事が済んだら、サロンへ向かおう」
「サロン、ですか?」
「ああ。昨日はとりあえず目についた既製品を買ってきただけだからな。今日は君にぴったりの本物のドレスを仕立てる。王都で一番のデザイナーを呼んでおいた」
「ほ、本物……!?」
昨日のあの山のようなどレスは、ただの「とりあえず」だったというのだろうか。
案内された広いサロンの扉を開けると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
色とりどりのシルク、繊細なレース、最高級の宝石がずらりと並べられ、まるで高級ブティックがそのまま屋敷に引っ越してきたかのようだった。
「公爵閣下! お待ちしておりましたわ!」
派手な扇を持った恰幅の良い女性――王家御用達の有名デザイナーであるマダム・セリアが、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「こちらが噂のアメリア様ですのね! まあ、なんて愛らしいお顔立ち! 肌も透き通るように白くて……どんな色も似合いそうですわ!」
「えっ、あ、あの……」
「さあさあ、遠慮はいりませんわ。まずはこの薄紅色のドレスを当ててみて……あら、こちらの若草色も素敵! 閣下、いかがなさいます?」
マダムの勢いに圧倒され、私は助けを求めるように公爵様を見上げた。
公爵様は腕を組み、真剣な顔で私とドレスを交互に見比べている。そして、懐から『甘やかしエスコート術』の指南書をこっそりと取り出し、パラパラとページをめくった。
(またあの本を読んでいる……)
公爵様は何かを納得したように深く頷くと、マダムに向かってきっぱりと言い放った。
「全部だ」
「……はい?」
「ここに並んでいるもの、端から端まで全て君の店で仕立ててくれ。宝石も全て買い取ろう」
「ぜっ、全部ですかぁ!?」
マダムが悲鳴のような歓声を上げる。私は慌てて公爵様の袖を引いた。
「こ、公爵様! いくらなんでも多すぎます! 私、こんなに着れませんし、何よりお金が……っ」
「気にするな。指南書……コホン。私の考えによれば、淑女が迷った時は『全て買い与える』のが最も喜ばれる正解だと導き出されている。我がフロストバイン家の財力ならば、この程度の出費、痛くも痒くもない」
誇らしげに胸を張る公爵様に、私は呆れて肩から力が抜けてしまった。
極端。本当に極端すぎる。
「……公爵様。お気持ちはとても嬉しいのですが、私は自分が着るものは、自分で選んでみたいです」
「自分で?」
「はい。……今まで、自分の好きな色の服を選ばせてもらったことがなかったので」
実家では、私が目立つことは許されず、いつもミアの引き立て役になるような、くすんだ色のドレスばかりを着せられていた。
だから、こんなにたくさんの綺麗な色の中から、自分の好きなものを選べるというだけで、私にとっては夢のようなことだったのだ。
「……そうか」
公爵様は少しだけ目を伏せると、ふっと表情を和らげた。
「すまなかった。君の好きなものを選ぶといい。私はここで待っているから」
その言葉に甘えて、私はマダムと一緒に何着かのドレスを選んだ。
中でも一番惹かれたのは、夜明けの空のような淡いラベンダー色のドレスだった。マダムが手際よく私にそれを着せ、髪をふんわりと結い上げてくれる。
「公爵様、お待たせいたしました……」
恐る恐る振り返ると、長椅子に座っていた公爵様が、弾かれたように立ち上がった。
彼は目を丸くしたまま、私の頭からつま先までをじっと見つめ……そして、ポツリと呟いた。
「……綺麗だ」
「えっ……」
「まるで、春の妖精のようだ。……君には、明るい色がよく似合う」
普段は冷徹な『氷の公爵』が、嘘偽りのない真っ直ぐな瞳で私を見つめ、低い声でそう囁く。
お世辞でもなんでもない、心からの賛辞だとわかった。
ドクン、と胸の奥が大きく跳ねた。
カアァッと顔に熱が集まるのを感じ、私はたまらず両手で頬を覆ってうつむいてしまった。
「あっ、ありがとうございます……っ」
すると突然、マダムが窓の外を指差して叫んだ。
「まあ! 皆様、空をご覧くださいませ!」
公爵様と私が窓の外を見ると、雪がやんで晴れ渡った青空に、見たこともないほど大きく、色鮮やかな『七色の虹』がかかっていた。
「虹……? 今、雨など降っていなかったはずだが」
不思議そうに空を見上げる公爵様。
私は、自分の心臓のドキドキに呼応して空に虹がかかったのだと気づき、さらに顔を真っ赤にするしかなかった。
公爵様は虹から視線を戻すと、真っ赤になってうつむく私を見て、ひどく優しい顔で微笑んだのだった。




