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第6話:朝から熟成肉!?

 翌朝。

 柔らかな朝日……ではなく、窓に吹き付ける微かな風の音で私は目を覚ました。昨日の猛吹雪に比べれば格段に穏やかな粉雪だが、まだ空はどんよりと重い雲に覆われている。


 メイドのマルタに手伝われ、私は昨日公爵様が用意してくださった服の山の中から、淡い水色のゆったりとしたワンピースを選んで着替えた。

 上質な生地が肌に優しく、こんな贅沢な服を着ていいのだろうかと少しそわそわしてしまう。


「おはようございます、アメリア様。旦那様がダイニングでお待ちです」


 案内されて広々としたダイニングに向かうと、長いテーブルの奥にルシアン公爵様がすでに席に着いていた。


 今日も隙のない完璧な軍服姿……かと思いきや、その手には『これで完璧! 淑女が喜ぶ甘やかしエスコート術』という、いかにも市井で売られていそうな怪しげな本が握られていた。

 私が足音を立てると、公爵様はビクッと肩を揺らし、ものすごい速さでその本をテーブルクロスの下に隠した。(見なかったことにしておこう)


「お、おはよう、アメリア嬢。よく眠れたか?」

「はい。ふかふかのベッドで、とてもよく眠れました。ありがとうございます」

「そうか。それは良かった。……では、さっそく朝食にしよう。君の体力を回復させるため、我が家の料理長に腕を振るわせた最高の朝食だ」


 公爵様がパチンと指を鳴らすと、メイドたちが次々と銀のドーム型の蓋が被せられた皿を運んできた。

 どんな優しいスープやパンが出てくるのだろう。そう思っていた私の前に置かれたのは――。


「こちらは、専用の氷室で数ヶ月かけて旨味を極限まで引き出した、最高級の熟成肉のステーキだ」


 ……はい?


「そしてこちらは、北の海から鮮度を保ったまま取り寄せた大きな蟹と、赤い宝石のような鮭の卵をふんだんに使った前菜。どれも栄養満点だぞ」


 目の前に広がるのは、朝食という概念を根底から覆す、とんでもなく豪華で重厚なご馳走の数々だった。


 朝から熟成肉のステーキ? そして大きな蟹?


「さらに食後には、南方の島で採れる『マンデリン』という希少な特級豆を深煎りした珈琲を用意している。私が普段愛飲しているものだが、香ばしい苦味が心を落ち着かせてくれるはずだ。……さあ、冷めないうちに遠慮なく食べてくれ!」


 自信満々に胸を張る公爵様を見て、私はようやく状況を理解した。

 どうやら公爵様の中では、「最高級で高価な美味しいもの」=「令嬢が最高に喜ぶ(甘やかされる)もの」という、極端な方程式が出来上がっているらしい。

 普通なら「朝からこんな重いものは食べられません」と引いてしまうか、深煎りの苦い珈琲に顔をしかめるかもしれない。


 でも。


 本で必死に甘やかし方を勉強し、彼なりに私のために一番良いものをと一生懸命に考えて用意してくれたことが伝わってきて……胸の奥が、じんわりと温かくなった。


「……ふふっ、あははっ」


 我慢できずに笑い声をこぼすと、公爵様はハッと目を見開いた。


「な、何か不満だったか!? やはり朝から熟成肉は重すぎたか! すぐに甘い菓子を作らせ――」

「いえ、違います。ふふっ、ごめんなさい。公爵様のお心遣いが、とても嬉しくて」


 私が心からの笑顔でそう言うと、公爵様は少し呆然としたように私を見つめた。

 そして、照れ隠しのようにコホンと咳払いをして、ほんの少しだけ口角を上げる。


「……君が笑うなら、安いものだ」


 その瞬間だった。

 窓の外から、パーッと眩しいほどの光がダイニングに差し込んできたのだ。


「おお……! 太陽が!」

「雲が割れましたぞ!」


 使用人たちが歓声を上げる。

 窓の外を見ると、分厚かった雪雲が嘘のように割れ、そこから暖かく柔らかな日の光が真っ直ぐに降り注いでいた。

 積もった雪が朝日に反射して、世界中がキラキラと輝いている。


 私の()()()という感情が、この空を晴らしたのだ。


「すごい……お日様だ……」

「ああ。作戦は大成功だな」


 眩しそうに目を細める公爵様の横顔は、私がこれまで見てきた誰よりも優しくて、頼もしかった。

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