第5話:目覚めと、極端すぎる『ご機嫌取り』
ふかふかとした、雲のように柔らかい感触。
包み込まれるような心地よい温かさに、私はゆっくりと重い瞼を開いた。
「……ここ、は……?」
見知らぬ、豪奢な天蓋付きのベッド。
部屋には暖炉の火がパチパチとはぜる音が響き、どこからか甘い花の香りが漂っている。
ぼんやりする頭で記憶をたどる。
建国記念の夜会。エドワード殿下からの婚約破棄。冷ややかな視線。
そして――私の中から溢れ出した絶望が、王宮を雪と氷で覆い尽くしてしまったこと。
「っ……!」
ガバッと身を起こすと、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
窓の外を見ると、まだ真っ白な雪が降り続いている。私が起きて不安を感じたせいか、風の音が少しだけ強くなった気がした。
どうしよう。
私、とんでもないことをしてしまった。
このままじゃ本当に、国中が氷に閉ざされてしまう。でも、どうやったらこの雪を止められるのか、自分でも全く分からない。
パニックになりかけたその時、コンコン、と控えめなノックの音が響いた。
「……起きているか?」
低く、よく響く声。
ビクッと肩を揺らす私をよそに、ゆっくりと扉が開いた。
現れたのは、銀髪に青玉の瞳を持つ長身の男性――ルシアン・フロストバイン公爵だった。
軍服からゆったりとした室内着に着替えてはいるものの、その冷徹な美貌と威圧感は健在だ。
私は慌ててベッドから降りようとした。
「公爵閣下……っ! あの、私……!」
「動くな。まだ体が冷え切っているはずだ」
鋭い声で制され、私はピタリと動きを止めた。
怒られる。王宮をあんなことにしてしまったのだから、処罰されて当然だ。
ぎゅっと目を瞑り、冷たい言葉を待った。
しかし。
「……これを飲め」
おそるおそる目を開けると、公爵が一歩前に歩み寄り、不自然なほど両腕をピーンと伸ばして、何かを差し出していた。
銀のお盆の上に乗せられた、湯気を立てる温かいスープだ。
「え……?」
「身体を温める効果のある薬草と、鶏肉を煮込んだものだ。冷めないうちに腹に入れろ」
『氷の公爵』と呼ばれる彼が、自らスープを運んできてくれた?
しかも、お盆を持つその大きな手が、心なしかプルプルと微かに震えているように見えるのは気のせいだろうか。
「あ、ありがとうございます……」
困惑しながら受け取り、スプーンで一口すする。
――美味しい。
じんわりとした温かさと優しい旨味が、冷え切った身体の隅々にまで染み渡っていく。
ホッとして、自然と肩の力が抜けた。
その様子を、公爵は穴が開くほどの鋭い眼差しでじっと観察している。まるで敵国の動向を探るような真剣な表情だ。
「味はどうだ。熱すぎないか? 甘味が足りないか?」
「えっ、いえ、とても美味しいです……」
「そうか。……なら、あれはどうだ」
公爵がスッと視線を向けた先を見て、私は思わずスープを吹き出しそうになった。
部屋の隅に、巨大な山ができている。
リボンがかけられた色とりどりの箱、美しいレースのドレス、宝石箱、輝くような靴の数々が、文字通りうずたかく『積まれて』いたのだ。
「あれは……何でしょうか?」
「令嬢が好むものを王都中の店から見繕わせた。何が君の機嫌を取るのか分からなかったのでな、目についたものを全て買ってきた」
「全て!?」
「服でも宝石でも、好きなものを好きなだけ選ぶといい。気に入らなければ、明日別の店を丸ごと買い取ろう」
真顔でとんでもないことを言う公爵に、私は目を丸くした。
実家では、新しいドレスなど滅多に買ってもらえなかった。いつもミアのお下がりか、地味で目立たない服ばかり着せられていたのに。
こんな、お姫様のような扱いを受けるなんて。
「……ふふっ」
緊張が解け、私は思わず小さく吹き出してしまった。
「閣下は、少し極端ですね」
「っ……」
私が笑った瞬間、公爵は大きく目を見開き、息を呑んだ。
そして、なぜか口元を手で覆い、わずかに顔を背ける。耳の先が、ほんのりと赤く染まっているように見えた。
「閣下……?」
「……いや、なんでもない」
その時、バタン! と勢いよく部屋の扉が開いた。
息を切らしたメイドが、興奮した様子で駆け込んでくる。
「旦那様! 窓の外を!」
「騒々しいぞ。何事だ」
「吹雪が……! 先程まで荒れ狂っていた猛吹雪が止んで、静かな粉雪に変わりました!」
メイドの言葉に、私はハッとして窓の外を見た。
本当だ。あれほど窓ガラスを叩きつけていた暴風雪が嘘のように収まり、今はキラキラと美しい雪が静かに舞い落ちているだけだった。
「……なるほど。少しは効果があったようだな」
公爵は満足げに頷くと、再び私に向き直った。
「作戦は順調だ。アメリア嬢、この調子で、明日も覚悟しておくことだ」
そう言い残し、彼は足早に部屋を去っていった。
『覚悟しておくことだ』って、一体何をされる気なのだろう。
不安半分、だけど……ほんの少しだけ、明日が来るのが楽しみになっている自分がいた。




