第4話:国王の無茶振りと、不器用な救世主(ルシアン視点)
「あの令嬢を世界一、いや、宇宙一甘やかしてこい!!」
国王陛下の無茶苦茶な命令が下ったのは、王宮全体が瞬く間に凍りついてからわずか数分後のことだった。
「……は?」
思わず、王の御前であるにもかかわらず素っ頓狂な声が出た。
「『は?』ではない! 魔術師の見立てでは、あのアメリア嬢の絶望がこの異常気象の原因だ。つまり、彼女が笑顔にならねば我が国は物理的に終わる!」
「それは理解しましたが、なぜ私が?」
「お前が一番、女の色香に惑わされず冷静に任務を遂行できるからだ! 頼んだぞ、我が国の存亡はお前の『ご機嫌取り』にかかっている!」
……という経緯で、私は今、猛吹雪のホールから救出したアメリア嬢を馬車に乗せ、自らの公爵邸へと向かっている。
向かいの座席で、私の厚手の外套にくるまり、気を失っている彼女。
透き通るような白い肌に、長いまつ毛。控えめで大人しそうな、どこにでもいる令嬢に見える。
だが、この細い体に、国を丸ごと凍らせるほどの力が眠っているというのか。
(甘やかす……? 世界一? 宇宙一? 甘やかすとは、具体的にどうすればいいんだ)
私は頭を抱えた。
軍務卿として、敵国の軍勢を壊滅させる戦略ならいくらでも立てられる。
だが、「令嬢を笑顔にする戦略」など……。私は今年で二十四になるが、これまで剣と書類の山ばかりを相手にしてきて、女性をまともにエスコートした経験など皆無に等しい。
美味しいものを与えれば良いのだろうか。
我が家の料理長に命じて、最高級の熟成肉のステーキや、新鮮な蟹を山ほど用意させるか? いや、令嬢というものはもっとこう……小さくて甘い菓子などを好むのではないか?
それとも、愛らしい動物と触れ合わせるべきか。
屋敷には、私が密かに可愛がっている『ネーヴェ』という名の気まぐれな猫がいる。あのモフモフとした毛玉を抱かせれば、彼女の凍てついた心も少しは解けるだろうか。
「う、ん……」
突然、アメリア嬢が小さく呻き、身じろぎをした。
「……寒い……」
まだ体温が戻っていないのか。彼女の顔色は青白く、ガタガタと震えが止まっていない。
私は慌てて馬車の備え付けの毛布を引っ張り出し、外套の上からさらに彼女をぐるぐると簀巻きにした。
「すまない、これくらいしかできん。もう少しで屋敷に着くから、辛抱してくれ」
彼女の小さな手を握り、私の体温を分け与えるようにさする。
冷酷非情な『氷の公爵』と恐れられる私が、令嬢の手を握って必死にさすっているなど、部下が見たら卒倒するだろう。
だが、不思議なことに嫌な気分はしなかった。
むしろ、この小さくて儚い手を、なんとしても温めなければならないという謎の使命感に駆られていた。
(彼女の笑顔を取り戻す、か)
窓の外では、依然として吹雪が吹き荒れている。
だが、私は腹を括った。
これも国を守るための立派な任務だ。明日には市井の恋愛指南書を買い漁ってでも、最高の布陣で彼女をもてなしてみせよう。
私はルシアン・フロストバイン。一度引き受けた任務は、決して失敗しない男だ。




