第3話:氷の公爵と、温かいマント
意識が深い闇へと沈んでいく中、コツ、コツ、と硬い靴音が聞こえた。
猛吹雪の風の音にかき消されそうなほど些細な音なのに、なぜかその足音だけは、妙にはっきりと耳に届く。
「そこをどけ。邪魔だ」
低く、よく通る冷ややかな声。
パニックに陥っていた貴族たちが悲鳴を上げて道を空ける中、薄れゆく視界の先に現れたのは――見上げるほど背の高い、漆黒の軍服を纏った銀髪の男性だった。
氷のように冷たい、鋭い青玉の瞳。
「ル、ルシアン公爵……っ!?」
誰かが震える声でその名を呼んだ。
ルシアン・フロストバイン公爵。王の右腕にして軍務卿を務める彼は、戦場での無慈悲な振る舞いと、決して感情を表に出さない冷徹さから『氷の公爵』と恐れられている人物だ。
どうして、そんな方がここに?
呆然とする私の肩に、ふわりと、分厚くて温かいものが被せられた。
「え……?」
それは、公爵が身につけていた漆黒のマントだった。
「お、おい! そいつは呪われている! 何をする気だ!?」
エドワード殿下が遠くから叫ぶ。しかし、ルシアン公爵はちらりと殿下を一瞥しただけで、鼻で笑った。
「呪い? 馬鹿馬鹿しい。殿下、貴方にはこの非常事態が見えておられないのか。彼女が絶望して凍えれば、国が滅ぶのですよ」
「なっ……!」
「それに、こんなくだらない茶番で一国の危機を招いたのは、どこのどなたでしょう」
射抜くような鋭い視線と正論に、殿下は言葉に詰まり、顔を真っ青にして後ずさった。
ルシアン公爵は再び私へと視線を戻すと、凍りついた床の上にためらいなく片膝をついた。
「アメリア・レインスォース嬢」
「は、はい……」
「王命により、これより貴女を私の庇護下に置く」
有無を言わさぬ、強い響き。
「国のために、貴女には何としても笑ってもらわねば困る。……立てるか?」
「あ……っ」
立ち上がろうとしたものの、足にまったく力が入らない。
私が小さく首を横に振ると、公爵は「失礼する」と短く告げ、いとも簡単に私を横抱きにして立ち上がったのだ。
「ひゃっ!?」
「動くな。余計に体力が奪われるぞ」
間近で見る『氷の公爵』の横顔は、彫刻のように美しく、そしてひどく険しかった。
けれど、私を抱きかかえる腕は信じられないほど力強い。
「公爵邸へ戻る! 馬車を出せ!」
公爵の力強い命令がホールに響き渡る。
彼自身の高い体温と、すっぽりと私を包み込む分厚いマントの温かさに、ずっと張り詰めていた心の糸が、ふつりと切れた。
(ああ……あったかい……)
周囲ではまだ猛吹雪が荒れ狂っていた。
けれど、彼に抱かれたその小さな空間だけは、不思議と守られているような安心感があった。
私はそのまま、静かに意識を手放した。




