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第15話:『俺の妻』の真相と、王宮からの招待状

 ルシアン様の腕の中にすっぽりと収まり、彼の力強い心音を聞いているうちに、私の荒ぶっていた感情は嘘のように穏やかに凪いでいった。

 雲の隙間から差し込んだ眩しい光に照らされて、私はハッと我に返った。


「あ、あのっ……ご、ごめんなさい! 私……!」


 慌てて彼の胸から離れようとすると、ルシアン様は「気にするな」と、もう一度ぎゅっと私を抱き寄せた。


「もう少し、このままでいさせてくれ。……君が泣きながら私の腕に飛び込んできてくれたことが、とても嬉しいんだ」

「ルシアン、様……」


 頭の上から降ってくる甘い声に、心臓がまたドクンと大きく跳ねる。

 顔が火照り、温室のガラス越しに見える空には、雨上がり特有の鮮やかな虹がうっすらと架かり始めていた。

 ふと、先ほど彼がエドワード殿下に向けて放った、恐ろしいほど冷たい、けれどこの上なく頼もしかった言葉が脳裏をよぎる。


『――その薄汚い手で、俺の妻に触れるな』

「あの……ルシアン様」

「ん?」

「先程、エドワード殿下に……私のことを、『妻』だと……」


 恐る恐る尋ねると、ルシアン様の体がピクッと強張った。

 彼をそっと見上げると、普段は氷のように冷静な彼の耳の先が、信じられないほど真っ赤に染まっているではないか。


「あ、あれは……その。殿下を牽制するための方便、というか。咄嗟に出た言葉で……っ」


 珍しくしどろもどろになるルシアン様に、私は少しだけ可笑しくなってクスッと笑ってしまった。

 完璧な『氷の公爵』が、こんなふうに慌てるのは私といる時だけだ。


「……だが」


 ルシアン様は一つ咳払いをして、真っ直ぐに私の瞳を見つめ返した。


「嘘にするつもりは、ない」

「えっ……」

「この騒動が完全に片付いたら、正式に君の父君と国王陛下に申し入れるつもりだ。私に、君を生涯守らせてほしいと」


 それは、遠回しな……いや、限りなく直球なプロポーズだった。

 カァァァッ! と全身の血が沸騰するような感覚に襲われ、私は再び両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。空にかかっていたうっすらとした虹が、瞬く間に七色の極彩色に輝き出し、温室の花々がポンポンポンッ! と景気良く弾けるように咲き乱れる。


「ア、アメリア!? また顔が赤いぞ! しかも虹がすごいことに……!」

「ルシアン様のせいですぅぅ……っ」


 ◇◇◇


 しかし、そんな甘い時間は長くは続かなかった。

 温室からサロンへ戻り、二人で少し遅めの紅茶を楽しんでいた時のことだ。

 コンコン、と切羽詰まったノックの音が響き、執事のセバスチャンが青ざめた顔で入ってきた。


「旦那様、アメリア様。王宮より、大至急の使いが参りました。国王陛下からの親書です」

「……陛下から?」


 ルシアン様が眉をひそめ、親書を受け取って封を切る。

 その文面に目を通した瞬間、彼の瞳が、スッと細められた。温室で見せたあの冷酷な『氷の公爵』の目に逆戻りしている。


「ルシアン様……何と、書かれていたのですか?」


 不安に駆られた私の感情に呼応して、窓の外でヒューッと冷たい風が吹き抜けた。

 ルシアン様は手紙をテーブルに置き、重い口を開いた。


「エドワード殿下が、陛下に泣きついたようだ。『アメリア嬢の機嫌は直り、天候は回復した。ならばこれ以上、次期王妃たる彼女を公爵家に留め置く理由はなく、連れ戻すべきだ』とな」

「そん、な……」

「さらに殿下は、私が君を不当に監禁し、力で脅して従わせていると主張しているらしい。明日、真偽を確かめるための査問会を王宮で開く。必ず二人で登城せよ、とのことだ」


 目の前が、真っ暗になった。

 またあの王宮に連れて行かれる。冷たい視線に晒され、殿下やミアに嘲笑われ、家族からは見放されるあの場所に。

 もし、国王陛下が殿下の言葉を信じて、私に「王家に戻れ」と命令したら?


「嫌……」


 ガタガタと震えが止まらない。

 空は急激に暗雲に覆われ、ポツリ、ポツリと冷たい雨が降り始めた。


「アメリア」


 震える私の肩を、ルシアン様の分厚いマントがふわりと包み込んだ。

 私を初めて王宮から連れ出してくれた日と同じ、落ち着く珈琲の香りがするマント。


「大丈夫だ。君を彼らの元へ返すようなことは、絶対にしない」

「でも……相手は、殿下や陛下で……」

「私を誰だと思っている? 私は、一度手に入れた宝を他人に奪われるほど、間抜けな男ではないよ」


 ルシアン様は私の前に跪き、私の冷たくなった手を両手でしっかりと包み込んだ。


「明日は、私が全て終わらせる。君はただ、私の隣で堂々としていればいい」


 その力強い言葉と温もりに、私の心の奥底に渦巻いていた恐怖が、少しずつ勇気へと変わっていくのを感じた。外の冷たい雨が、徐々に優しい春雨へと変わっていく。


「……はい。ルシアン様」


 明日、決着の時。

 私はもう、ただ泣きながら凍えるだけの弱い令嬢ではない。この温かい手と一緒に、あの理不尽な運命に立ち向かうのだ。

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