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第14話:雷雲の再来と、怒れる氷の公爵

「――その薄汚い手で、俺の妻に触れるな」


 温室を震わせるほどの怒気に満ちた声。

 入り口に立っていたのは、王宮での軍議に出ているはずのルシアン様だった。

 軍服の肩には雨粒が少し光っており、急いで戻ってきたことがうかがえる。

 彼の瞳は、これまでに見たことがないほど冷たく、鋭く、獲物を睨みつける肉食獣のようにエドワード殿下を射抜いていた。


「ル、ルシアン公爵……っ! なぜここに……まだ軍議の途中だったはずだぞ!」

「我が国の上空に、急激な雷雲が発生したという報告を受けてな。アメリアの身に何かあったと直感し、馬を飛ばして戻ってきた」


 ルシアン様は静かに、だが確かな殺気を漂わせながら、私と殿下の間に割って入った。

 そして、私の前に立ち塞がるようにして、背中に私を庇ってくれる。


「ルシアン様……」

「遅くなってすまない、アメリア。もう大丈夫だ」


 彼が背中越しに少しだけ顔を向け、柔らかい声をかけてくれた瞬間。

 張り詰めていた恐怖が少しだけ解け、空でゴロゴロと鳴っていた雷鳴が、ほんの少しだけ遠ざかった。


「貴様、不敬だぞ! 私は第一王子だぞ!」


 エドワード殿下が、虚勢を張るように叫ぶ。

 しかし、ルシアン様は微塵も怯むことなく、冷ややかな視線を殿下に向けた。


「不敬? それはこちらの台詞だ。殿下、貴方は私が命を懸けて保護し、王の御前で『国のために最高に甘やかす』と誓った女性に、よくも無断で近づいてくれたな」

「私は、彼女の婚約者だ! 機嫌が直り、天候が回復したのなら、私のもとへ戻ってくるのが筋だろう!」

「寝言は寝て言え」


 ルシアン様の氷点下の声が、温室に響いた。


「貴方は彼女を捨てた。国を滅亡の危機に陥れるほどの絶望を彼女に与えた張本人だ。その貴方が、彼女が再び笑顔を取り戻したからといって、どの面下げて迎えに来たなどとほざくのだ」

「なっ……! 貴様、この俺に向かって……!」

「私は彼女の笑顔を守るためなら、誰であろうと容赦はしない」


 ルシアン様が腰の剣の柄に手をかけた。

 カチャリ、と硬い金属音が鳴る。それは、明確な威嚇だった。

 戦場で無数の敵を沈めてきた『氷の公爵』の殺気を真正面から受け、エドワード殿下は完全に血の気を失い、後ずさった。


「ひぃっ……!」

「帰れ。二度と彼女の視界に入るな。次に彼女を脅かすような真似をすれば、この剣が貴方の首をはねることになる」

「お、覚えておけよ……っ! 彼女の天候を操る力は、王家のものになるはずだったのだ! このままでは済まさんぞ!」


 捨て台詞を吐き捨て、エドワード殿下は逃げるように走り去っていった。

 殿下の姿が見えなくなると、ルシアン様は剣の柄から手を離し、大きな溜息をついた。


「……すまない、アメリア。怖い思いをさせたな」


 彼が振り返り、心配そうに私の顔を覗き込む。

 その顔を見た瞬間、私は堪えきれずに彼の胸に飛び込んでしまった。


「ル、ルシアン様……っ!」

「アメリア……?」

「怖かったです……また、あの暗くて冷たい場所に連れ戻されるのかと……っ」


 ぎゅっと彼の軍服にしがみついて泣きじゃくる私を、ルシアン様は戸惑いながらも、優しく、力強く抱きしめ返してくれた。


「大丈夫だ。君はどこへも行かせない。君の居場所は、ここだ」


 私の頭を撫でる、大きくて温かい手。

 彼がそばにいてくれるだけで、心臓の奥の恐怖がスゥッと消えていくのがわかる。


「ルシアン様……私……」


 その時、ハッとして窓の外を見ると。

 先ほどまで温室を揺らしていた激しい暴風雨はピタリと止み、どんよりとした暗雲の隙間から、まるで神々しいスポットライトのように、眩しい一筋の陽の光が私とルシアン様を照らし出していた。


「……君の心は、本当にわかりやすいな」


 ルシアン様が空を見上げ、少し呆れたように、けれどひどく嬉しそうに笑う。

 私はまた顔が真っ赤になり、「もう、見ないでください……っ」と彼の胸に顔を埋めるしかなかった。

 私の心は、もう完全に、ルシアン様のものになっていた。

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