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第12話:不器用な贈り物

 満天の星空が輝いた夜から一夜明け。

 王都の空は、雲ひとつない抜けるような青空と、ぽかぽかとした小春日和に包まれていた。


「アメリア様! 今日の王都は、ここ数年で一番の素晴らしいお天気ですわ!」


 メイドのマルタが、カーテンを勢いよく開けながら嬉しそうに報告してくれる。

 どうやら私の心の中の幸せが、そのまま王都の気候に反映されているらしい。嬉しさと恥ずかしさが入り混じる中、私はマルタに手伝ってもらい、先日マダム・セリアに仕立ててもらったばかりの、あの夜明けの空のような淡いラベンダー色のドレスに身を包んだ。


 ダイニングへ向かうと、今日は服姿姿のルシアン様が待っていた。


 漆黒のフロックコートが、彼の長身と銀髪をより一層引き立てていて、思わず見惚れてしまう。


「おはよう、アメリア。……うん、やはりその色はよく似合う」

「お、おはようございます。ルシアン様も、その……とても素敵です」


 互いに褒め合い、少しだけ照れくさい空気が流れる。

 ルシアン様はコホンと一つ咳払いをすると、真剣な眼差しで私を見た。


「実は今日、君を王都の街へ連れ出そうと思っている」

「街へ、ですか?」

「ああ。ずっと屋敷の中にいては息が詰まるだろう? それに、王都の民たちが『春をもたらしてくれた妖精様』に、お礼を言いたいと騒いでいてな」


 妖精様、という単語に顔から火が出そうになる。

 けれど、ルシアン様と一緒にお出かけができるという事実に、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 ◇◇◇


 用意された公爵家の馬車は、まるで移動する高級ホテルのような設えだった。

 ふかふかのビロードの座席に、揺れをまったく感じさせない高度な魔術付与。向かい合わせに座るルシアン様の膝の上には、なぜかちゃっかりとネーヴェが丸くなっている。


「……こいつ、馬車に乗る直前に私の足にすがりついてきてな。置いていくわけにもいかなかったんだ」

「ふふっ、ネーヴェも一緒にお出かけしたかったんですね」


 ネーヴェの頭を撫でながら笑い合ううち、馬車は王都の中心街へと差し掛かった。

 窓の外を見ると、通りにはたくさんの人々が溢れていた。そして、フロストバイン公爵家の紋章が刻まれた馬車を見るなり、凄まじい歓声が上がった。


『おおお! 公爵閣下の馬車だ!』

『アメリア様ー! 素晴らしいお天気をありがとうございますー!』

『閣下! アメリア様をもっともっと甘やかしてくださいね! 私たちの平和のために!』

『ご結婚はいつですかー!?』

「えっ!? ご、ご結婚……!?」


 民衆たちのあまりにも直球な声援に、私はパニックになって窓から顔を引っ込めた。

 ルシアン様を見ると、彼は腕を組み、まんざらでもない……どころか、非常に誇らしげに深く頷いていた。


「民の言う通りだな。私がもっと君を甘やかさねば」

「ル、ルシアン様までからかわないでください……っ」


 馬車が街の中央広場に停まると、ルシアン様が先に降り、私に手を差し伸べてくれた。

 彼のエスコートで馬車から降りた瞬間、周囲からため息のような感嘆の声が漏れる。


「今日は、君の好きなものを何でも買ってやろう。一区画丸ごと買い取ることも可能だが、どうする?」

「買い取りません! 普通にお買い物がしたいです!」


 また極端なことを言い出すルシアン様を慌てて止め、私たちは立ち並ぶ露店やお店を見て回った。

 これまでの彼なら指南書に従って高価な宝石店に直行していたかもしれない。でも今日の彼は、私が足を止めるたびに隣で一緒に覗き込み、「これが好きなのか」「君に似合いそうだ」と、私の好みを真剣に知ろうとしてくれていた。


 ふと、小さな銀細工の屋台の前で足が止まった。

 色とりどりのガラス玉や、可愛らしい意匠の小物が並んでいる。


「いらっしゃいませ! 公爵閣下、アメリア様! ぜひ見ていってください!」


 店主のおじさんが満面の笑みで迎えてくれる。

 私がひとつひとつ眺めていると、ルシアン様が、青みがかった銀色で縁取られた、小さな雪の結晶の形をした髪飾りを手に取った。


「……ルシアン様?」

「アメリア。少し、じっとしていてくれ」


 彼はそう言うと、私の結い上げられた髪の横に、その髪飾りをそっと挿してくれた。

 そして、少しだけ距離を取って私の顔を見つめ、満足げに微笑んだ。


「うん。やはり似合う。……私が初めて君を抱き上げた日、君の涙は美しい雪の結晶に変わった。あの日の君の姿を、なぜか思い出したんだ」

「あっ……」

「あの絶望の雪を、私は二度と降らせないと誓った。だからこれは、その誓いの証だ」


 高価な宝石の山でもなく、ドレスの山でもない。

 ルシアン様が、自分の目で見て、私のために選んでくれた、たった一つの贈り物。

 胸がいっぱいになって、目頭が熱くなる。

 悲しいわけじゃないのに、涙がこぼれそうだった。


「ありがとうございます、ルシアン様。私、一生大切にします……!」


 私がとびきりの笑顔を見せた瞬間。

 王都の街角に、どこからともなく淡いピンク色の花びらが、春の暖かな風に乗ってふわりふわりと舞い散り始めた。


『うおおおお! 桜だ! 季節外れの桜吹雪だ!』

『アメリア様が喜んでおられるぞー!』

『閣下、グッジョブです!!』


 街中が歓喜に沸き立つ中、花びらが舞い散る空の下で、ルシアン様は私の手を優しく、けれどしっかりと握り直したのだった。

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