立ちなさい
『バキィッ!』
乾いた音が空を裂いた。
「……っか、はっ!」
マリナの身体が弾かれ、地面に膝をつく。口の端から血が滲み、唇を濡らす。
青の騎士服も、スカートも、もう所々が破れていた。そこから見える、肩、脇腹、腿の皮膚はもう紫色に腫れ上がり、まるで火傷のように浮かび上がっていた。
周りの騎士たちも、もう声を上げていない。
あまりに一方的な戦い。その結末が見えているだけに、誰も声を発せられない。
「ぐぅ……ううう……っ!!」
マリナが砂を蹴る。
まだ終わっていないと、体が叫ぶように。
歯を食いしばり、よろける足を無理やり動かして、そのまま反撃に打って出た。
冷然とナツミが、寸分の無駄もない動きでカウンターを放つ。
『ドガァッ!』
鈍く重い音とともに、木剣がマリナの腹部を激しく打ち抜く。
「っ……ぐぅ、あああっ!!」
声が漏れ、全身が、くの字に曲がった。
空中に浮いたような格好のまま、マリナの身体が後方へ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
ずさあっ……と砂を巻き上げながら転がり、止まった。
そこにいたのは、もう騎士でも、侍を目指す少女でもなかった。
傷つき、地面に倒れた、15歳の少女だった。
戦う意思だけが残っていて、身体がそれについていけない。
誰かが喉を鳴らす音が、沈黙のなかで異様に大きく響いた。
「立ちなさい」
その最中でさえ、ナツミの声は変わらない。冷静で、淡々と響く。
「ナツミ団長……これ以上は……」
「引っ込んでいなさい」
周りの騎士が止めに入るが、鋭く、静かな一言が、それを封じた。
ナツミはマリナの様子を見ている。
血を垂らしながらも、マリナは立ち上がった。
フラつきながらも、木剣に縋りながら。
「……ぅ……ぁ……」
呻くような息とともに、マリナはよろめきながら一歩を踏み出す。
もう、剣を振るう力なんて残っていない。
それでも彼女は、前へと進んだ。
重たい足を引きずるように、よろよろと。
『……コツン』
振り上げた剣は、あまりにも遅く、あまりにも軽かった。
ただ、木剣と木剣が当たった音だけが響き渡る。
その瞬間、ナツミの木剣が閃く。
『ドガァッ!』
「ぁ゛……!」
マリナは前のめりに地面へと倒れ込んだ。木剣が手を離れ、砂の上で乾いた音を立てて転がる。
地面に這いつくばるその姿は、もう立ち上がる力すら残されていないことを、誰の目にも明らかにしていた。
「立ちなさい」
またその言葉が響く。
けれど、マリナの体は動かなかった。
──なんだ、あれは
俺の心の中が、マグマのような怒りで燃えたぎっていくのを感じる。
罰のつもりか?
侍なんて夢を目指す、娘への。
俺の手は、剣を抜こうとしていた。
「……! 貴様! 何をしてるか!」
そんな俺に気づいた騎士たちが叫ぶ。
「それ以上動くな!」
「剣を置け! さもなくば斬るぞ!」
「やってみろよ」
「「「……!」」」
400年の常勝だとか、最強だとか、そんなもん知らねえよ。
「敗北を教えてやろうか?」
心の底から、冷えた声に、騎士たちは数歩後ずさる。
俺はナツミに近づく。
だが
ナツミは、マリナを見つめていた。
「……」
ちがう。
あの眼は、マリナにただ罰を与えている眼じゃない。
あの眼は、なんだ……?
まるで、なにかを期待しているような……
娘に対して……なにかを……
「……ぁ」
まさかナツミは……
「立ちなさい」
「ぅ゛……」
ナツミのその声に操られるように
マリナは、ボロボロの身体を起こそうとする。
俺の推測は、あまりにも荒唐無稽で、それでも、あの目を見たとき、確かにそうだと感じてしまった。
まさか
いや、そんなことが可能なのか……?
『それでずっと母とは揉めてたんですけど……この間、“侍になりたいのであれば、半年以内に私を倒してみろ”って言ってきて……』
『マリナの中には、類まれなる才能があります』
『その才能を、この“半年間”で、本当は私が引き出すはずだった。そうなればあの子は、私をも超える歴代最強の騎士になっているはずだった』
ナツミは、半年間かけて引き出す予定だった、マリナの才能を、今日、この瞬間に目覚めさせようとしているんだ。
そしてそれはきっと
マリナの夢を、心置きなく、祝福するため。
「自分を超えて侍になる」という、マリナが一方的にした約束を、信じているんだ。
ただ、娘のために。
「……ぅ……」
「……」
再び立ち上がり、攻撃してきたマリナの剣を受け止め
ナツミは容赦なく、切り伏せた。
『ドサッ』
マリナの身体が、静かに崩れ落ちた。
木剣が手を離れ、砂の上を転がっていく。
カラン、と乾いた音がした。
その音が消えても、マリナは動かなかった。
「……」
そして、はじめて。
ナツミは何も言わなかった。
もう、「立ちなさい」とは言わなかった。




