フォンティーヌ騎士団
マリナの実家は、山から馬車で1日ほど進んだ先にある、オルデバラン王国の王都にあった。
その中でも、貴族たちの屋敷が立ち並ぶ一角に。
馬車から降りた俺たちを迎えたのは、格子状の門。そこを守っている騎士2人に、マリナが話しかけると、騎士たちは驚いた様子で門を開けた。
門の奥にあったのは、どこまでも広がる庭と、広大な訓練場。
そして、遠くに見える、大豪邸。
「……なにこれ」
「へ? なんですか?」
「いや、ここ、お前んち?」
「そうですけど……前に言ったじゃないですか。騎士団長の娘だって」
「い、いや、言ってたけどさ……」
門から歩けど歩けど、全然屋敷につかない。
大学ぐらい敷地面積あるんじゃないか?
いろんなところで騎士たちが稽古しているのが聞こえる。
え、騎士団長の家ってこんな感じなの?
大貴族じゃんもはや。
「な、なぁ……世の中の騎士団長の屋敷ってこんな感じなのか?」
「え、いえ、普通の騎士団長の家ならこうではないと思いますけど……」
「……は? 『普通の騎士団長』?」
「あ、そういえば言ってませんでしたっけ……」
マリナは立ち止まる。
「私たちフォンティーヌ騎士団は、王国直属の騎士団で、設立されてから400年間、いまだ敗北したことがない『世界最強の騎士団』ですよ」
「……は?」
「母は、そんな騎士団の中で歴代最強の団長です。数多の戦場で勝利を飾り、国の危機を何度も救った『大英雄』です」
「……」
「……? どうしたんですか神様? そんな険しい顔をしていだだだだだ!! 久しぶりのアイアンクロー!! やめてください決戦前にダメージ負っちゃいます!!」
「なんでそんな大事なことを言わねえんだおめえ!? じゃあ何だ!? 今まで俺は大英雄の娘の先生をしてたってことか!?」
「べ、別に言わなくても良いかなって……な、何か問題あるんですか?」
「大アリに決まってんだろ!! 大英雄の娘の将来とか、下手すりゃ国が動きかねない事態じゃねーか!!」
「で、でも神様からしてみたら些細なことじゃないですか! 大丈夫ですよ!」
「んなわけ……! くっ……!」
それもそうだ。コイツから見たら俺って本物の神様だった。もう神様が名前みたいですっかり忘れる。
緊張感が死ぬほど高まってしまった俺はそのまま数十分ほど歩いて屋敷に着いた。
屋敷に着いた後、メイドさんたちに通されて執務室とやらへ。
マリナが扉を開けると、その向こうに、執務椅子に座った1人の女性がいた。
小麦色の肌。腰まで伸びた白銀の髪。
マリナの青とは対照的な、真紅の軍服を思わせる騎士服。整った顔立ちと、鋭い眼差し。背筋を真っすぐに伸びていた。
マリナと同じ真紅の瞳が、俺たちを見つめる。
「マリナ」
「ママ。ただいま」
「……」
この人が、マリナの母ちゃん……最強の騎士団長で、英雄……
マリナ母は視線を手元の書類に戻し、淡々と言葉を話す。
「勝手に出ていって半年も帰ってこなかった不良娘が、今更何をしに帰ってきたの?」
いきなり圧が強い。
喧嘩をしていたと聞いていたが、半年ぶりの娘にこの対応とは。
「心配かけてごめんなさい。でも、あたし、強くなったから」
ただ、マリナは臆することなく母の前へ行き、頭を下げる。
「半年前の宣言通り、立ち合いをしたい。あたしが勝ったら、侍になることを、認めてください」
マリナの発言に、マリナ母は目を細めた。
「そちらの方は?」
マリナ母の目が俺の方を向いた。
「この方は神……!」
「マリナさーん?」
「ンン! 失礼しました! 師匠です!」
神だのなんだの言って騒ぎは起こしたくない。
そもそも信じてくれるかわかんないし。
「はじめまして。本日はこの子の師として、見守りにきました」
「……」
マリナ母は俺のことをじっと見つめる。
なになに、めっちゃオーラあるやん。
嫌なんだけど。
マリナ母は立ち上がり、部屋にいたメイドとマリナに言った。
「少し、その男と2人にさせなさい」
え、急な指名?
怖すぎるんだけど。
平静を装うけど、心の中で汗が流れる。
部屋から人が出ていき、2人っきりになる。
大丈夫かな?
殴られるかな俺。
娘と一緒に半年間同じ屋根の下で生活していた男なんて、俺なら殴る。
マリナ母は席を立ち、俺の前へ歩み寄った。
「まずは自己紹介からですね。はじめまして。私はナツミ・フォンティーヌ。フォンティーヌ騎士団の団長を務めています」
予想外なことに、ナツミは俺に頭を下げた。
「まずは感謝致します。マリナのこと、面倒見てくださったのですね」
「い、いえいえ」
おお、なんだ。
感謝してくれたぞ。
よかったー。怒ってないみたい。
「しかし、貴方がマリナをこの家に戻さず、手元に置いたということは、この半年で、マリナを強くしてくれたのですよね?」
「……スー」
早いよ本題が。もっとアイスブレイクとか挟もうよ。
なんか圧が格段に強くなったんだけど?
「ま、まぁ、そりゃ強くしましたよ? 1日一歩一歩、前へは進んでいましたとも。えぇ」
俺がそんな曖昧な返事をすると、ナツミの目つきが鋭くなった。
「マリナの中には、類まれなる才能があります」
「え?」
「その才能を、この半年間で、本当は私が引き出すはずだった。そうなればあの子は、私に並ぶ最強の騎士になっているはずだった」
「は、え?」
騎士団長に並ぶ? 最強? あいつが? マリナが?
「あの子の師匠となっているのであれば、もちろん、貴方があの子の才能を最大限に引き出し、圧倒的に強くしているはずよね?」
「……フゥン?」
そ、そんなに強かったの? アイツ……
え、だって俺に一本すら取れないような奴だよ?
「答えてみなさい」
その質問で、圧が殺気に変わった。
「……ヒュ」
やっべー。
死んだわ俺。
正直怖すぎて一歩も動けん。
震えまくって口も動かん。
すまんマリナ、あとは1人で……
「貴方はどうやら、あの子の『ふざけた夢』を聞いて面白半分で師事していただけの輩のようね」
なんとか頑張れ……は?
「騎士としての責務を放棄し、侍になるだなんて夢を、半端な気持ちで応援するだけの師なのであれば、私は貴方を……」
「ふざけた夢なんかじゃない」
俺のその言葉に、ナツミは眉を吊り上げた。
でも、その言葉は、看過できなかった。
「確かに、マリナはこのまま、貴方の元で騎士になったほうが、富も、名声も、得られるんだろうな」
殺気は、先ほどよりも強まっている。
でも、口は、止まらない。
「でも、マリナは心の底から幸せにはなれない」
「……幸せになれないと、貴方になぜわかる?」
「一応半年、アイツと一緒にいたからな」
そのことは、誰よりもわかっている。
「言っておくが、俺はこの半年、遊び半分でマリナに剣を教えていたわけじゃない」
俺は世界最強の騎士団長に言い放った。
「今日、マリナはきっと、あんたを超える」
「……」
その言葉で、ナツミの殺気が消え去った。
「……そう」
その代わり、ナツミの体の周りから発せられたのは、闘気だった。
「それは、楽しみにしてるわ」
「あぁ。せいぜい覚悟しておけよ」
俺はそれだけ言い残し、踵を返した。
「……」
怖すぎぃ!!
なにあれ? ちびりそうだったんだけど普通に!
あれが世界最強の騎士かよ。バケモンかあの殺気。
部屋の外に出ると、マリナが待っていた。
「すまんマリナ。待たせ……たな?」
マリナは顔を赤くして俯いている。
目には、涙が光っていた。
「……!」
「うお!」
マリナが俺に抱きついてきた。
力強くて、匂いも、存在も、全部感じられるくらい。
「……もしかして、聞こえてたか?」
マリナは俺の胸に顔を埋めながら、頷いた。
「そうか……」
先ほどナツミに言った言葉は、どれも本心だった。
マリナの夢と、半年の努力を否定された時、自然と口が動いた。
それくらい、俺はマリナを信じているんだ。
「……神様」
顔を上げたマリナは、澄んだ、綺麗な瞳をしていた。
「あたし、絶対勝ちますから」
「……ああ」
勇気を与えるように、俺はマリナの頭を軽く撫でた。




