決戦前夜
マリナと出会ってから半年が過ぎた。
夜
俺たちは並べた布団の上で寝ている。
ふと視線を隣に移すと、マリナもまだ、眠っていなかった。
ぼんやりと、天井を見つめていた。
「……」
「……神様、明後日、母との決戦の日です」
「そうだな」
「明日、ここを出ます」
「……あぁ」
マリナの言葉に返答しながら、俺の心は滝汗をかいていた。
どーしよ。
俺に勝てないまま終わっちゃったよ。
騎士団長がどれくらい強いのかは知らない。
でも、俺に勝てないマリナが勝てる相手なのか?
「不安……ですか?」
俺の心を看破したのか、マリナがそんなことを聞いてくる。
「……お前ほど、不安を感じてねえよ」
「あー、酷いですよ。決戦前の弟子にそんなこと言います?」
そう、気丈に振る舞っているマリナの声は、少し震えていた。
「……やっぱり、勝てないかもしれません。母は、強いですから」
「マリナ……」
「でも、頑張ってきます。なんたってあたしは、神様の一番弟子ですから」
そう言って、俺に対して微笑んだ。
そうだ。
この半年間、マリナは遊んでいたわけじゃない。
母の剣のスタイルも研究し、俺と一緒に対策を練ってきた。
きっと、大丈夫だ。
「この半年間、本当にありがとうございました。きっと、良い報告をしに、ここにまた来ます。だから、待っていてくだ……」
「俺も行くよ」
「さい……はい?」
「俺も、お前の決闘を見届けるよ」
「えぇ!?」
驚きのあまり、マリナが起き上がって俺を見下ろす。
この半年間、一番近くでマリナの努力を見てきた。
明日、その努力の答えが出る。
それを山の上で待っているだけなんて、できない。
「で、でも! 神様、何百年も山から降りてないんでしょう!? あたしのために、下山する必要なんて……!」
「いいんだよ」
俺は暗闇の中で、彼女の目をしっかり見据えた。
「神が付いてた方が、安心するだろ?」
「……!」
マリナは驚きのあまり手を口へ。
暗がりだからあまりよく見えないけど、少しだけ、目が潤んでいる気がする。
「なんだ? 嬉し泣きか?」
「……はい」
……からかうつもりで言ったのだが、あっさりと認められた。
マリナは、布団から出て、布団の位置を移動させる。俺の布団の真横に、ピッタリとくっつけて、再び布団へ潜った。
横を見ると、暗闇の中でもマリナの表情がわかるくらい、近くにマリナの顔があった。
「……近いんだが」
「いいじゃないですか。ここで寝るのも、これが最後かもしれないんですから」
マリナは少し照れたように笑う。
「ごめんなさい。やっぱりあたし、不安みたいです」
マリナは布団から手を出した。
「手、握ってくれませんか?」
その手は、やはり震えていた。
俺は安心させるように、その手を握る。
「……あったかいですね。神様の手」
「……そうか?」
「はい。ずっと、握っていたいくらい……」
少しこそばゆくて、俺は目を逸らす。
「あの……神様」
「うん?」
「その、剣の加護のことなんですけど……」
「え?」
剣の……加護?
『どうかあたしに、剣の加護を授けてください!』
「……ぁ」
やっべぇ! めっちゃ忘れてた!
そんな事最初に言ってたっけ!
どうしよ。
俺にすら勝てないのに「お前に剣の加護など必要ない。強くなったな。おめでとう」なんて言っても意味わかんない!
「あー……そ、それだがな……」
明らかに狼狽している俺を見て、マリナはコロコロと笑う。
「大丈夫です。加護なんて、そんな便利なものないんでしょう?」
「……」
気づかれていたのか。
「すまん……」
「大丈夫です。あの時あたし、神様に会えなかったら死ぬなんて言っちゃったもんだから、嘘ついてくださったんですよね?」
「……あぁ」
「大丈夫ですよ」
マリナは、俺の手を握る力を少し強めた。
「もう、貴方にはたくさんのものを、いただきましたから」
「……そうか?」
「はい。きっと、大丈夫です」
そうして、少し安心した、眠そうな顔でこう言った。
「あたしには神様が付いてますから」
マリナの手の震えは、止まっていた。
次の日の朝。
出発を祝福するかのような、晴れやかな空だった。
いつも通り、青の騎士服、白のスカートを履き、準備万端な様子で俺の顔を覗き込む。
「ハンカチは持ちましたか? 下着とか、靴下とかどうですか? 意外と忘れやすいので気をつけてくださいね」
「……あぁ」
「あ、あとは歯ブラシですかね。変えの歯ブラシは屋敷にあるかもしれませんが、慣れたものを持って行ったほうがいいですよ」
「……」
「おやつは300円までですよ? それ以上は持っていけませんからね? どうしても欲しかったらあたしのお菓子あげますから」
「うるせえよいちいち! オカンかお前は!?」
何故か過保護を発揮しようとしているマリナを前に、俺は突っ込まずにはいられなかった。
「だって、神様は数百年ぶりに下山するんですよ! ちゃんと楽しんで欲しいじゃないですか!」
「修学旅行前の親か!? 大丈夫だ大人だぞ俺は!!」
俺なんかよりも自分のことだろうに。
そうやって緊張を紛らわそうとしてるのか。
俺たちは小屋の外に出る。
中を見ると、マリナの荷物が、まだ中にあった。
ここへくるときに持ってきた日用品とかだ。歯ブラシとか、シャンプーとか。
「おい、荷物まだ忘れてんぞ」
「それは大丈夫です。実家にもあるので」
「へ? いやいや、じゃあこれどうすんだよ」
「ここに置いておいてください。また、戻ってくるので」
「……!」
それは、決意だった。
騎士として実家に留まるのではなく、侍になってここに戻るという、マリナなりの決意。
「そうだな」
必ず、堂々と侍になって、またここへ。
「行きましょう!」
マリナは俺の手を引いて、駆け出した。




