自由の象徴
今日もマリナと立ち合い稽古をしている。
マリナの攻めは、前よりも確実に鋭さを増していた。
連撃を持続させる時間も長くなっていった。
フェイントを混ぜ、攻めの緩急もつけてくる。
それでも、まだ俺の腕なら難なく防げた。
「……ぐぅ!」
疲れ切ったマリナが踏み込んだ瞬間、重心が崩れ、軸が甘くなる。
マリナが前につんのめる。
俺はその横を抜け、一気に背後へ回った。
木刀を、がら空きになった右肩へ伸ばす。
この距離では、振り返って受けることもできない。
しかし──
「……っ!」
マリナの体が、わずかに沈んだ。
「……え?」
体を斜めに傾けて、右足で踏ん張って体勢を保ちながら、木刀を下から背後へ、体を半回転させながら振り上げる。
『ガキンッ!』
マリナの木刀の側面が、俺の木刀の柄を叩くように斜めに逸らした。
「やっ!」
間髪入れず、マリナの木刀が真っ直ぐに飛ぶ。
俺はまたそれを躱し、先ほどよりもさらにスピードを上げてマリナの左横腹を叩いた。
『ドガッ!!』
「ぐぅ……!」
「あ! す、すまん!」
マリナが苦しみながら倒れる。
ちょっと力を入れすぎてしまった。
「だ、大丈夫です……参りました……」
マリナは横腹を抑えながら立ち上がり、頭を下げる。
「まだまだですね……壁は遠いなぁ……」
「そんなことないぞ。間違いなく、今までで一番良かった」
「……! 本当ですか!?」
その言葉に、マリナは飛び起きる。
「あぁ、一手前の俺の攻撃、どうやって防いだんだ?」
間合いは完璧。
相手の剣筋が途切れた瞬間を見逃さなかった、死角からの一撃。
マリナの虚をついた攻撃だったはずだ。
「え、えーっと、わ、わかんないです……身体が、自然に動いたっていうか……?」
「わかんないのかよ……ん?」
身体が、勝手に動いた?
「……マリナ、もっと自分の好きなように動いてみていいんじゃないか?」
「好きなように……ですか?」
「あぁ、お前の動きは……なんていうか、基本に忠実すぎる」
「え、えぇ……でも、基本とか、型とか大事じゃないですか」
「もちろんそうだ。でも、それを一度壊してみろ。自分が最も万全な状態で戦える型を、見つけてみるんだ」
……我ながら師匠っぽいことを言っている。
「……自分が、万全な状態で戦える、型……」
マリナが呟いた。
あの死角からの攻撃を防いだ動きに、マリナの強さがある。そんな気がした。
夜中。
ヒュン
「……?」
風が舞う音が聞こえた。
その音で俺は目が覚める。
隣を見ると、マリナはいなかった。
「……こんな夜遅くに、どこへ行ったんだ?」
マリナを探すため、眠い目を擦りながら、俺は外へ。
トーン
ターン
ヒュ
踊っていた。
マリナが、剣舞を。
俺が一度見せた剣舞。
ただの自己流で、美しさとか気品なんてあったもんじゃないと思っていたけれど、マリナが踊っているのをみると、様になっていた。
月明かりに照らされ、どこか現実離れした美しさがあった。
流れるような剣筋と、旋律を刻むような足運び。
足が一歩滑る。
次の瞬間には腰が回り、遅れて真剣が月明かりをなぞる。
その動きに、淀みはなかった。
指先から刃の先まで、風と戯れるような流れ。
それはまるで、心の中にある何かを、ひと振りごとに昇華していくかのようで──
「……!」
トン、タン!
リズムが変わった。
それまでのゆるやかな流れが、一気に激しさを増した。
足音が跳ねるように地を打ち、マリナの栗毛色の髪が光に揺れていた。
剣の軌道が一段と大きく弧を描く。
ヒュン!
振り抜かれた刃が空気を裂く音は、それまでよりも鋭く、高い。
そして──
シュバッ!
風を切るような一閃。
音が変わり、空気が変わり、彼女の気迫すらも変化していた。言葉にならない美しさと力強さが、そこにはあった。
「綺麗だ」
自然と、俺の口からその言葉が出ていた。
「……あ!」
俺の声に気づいて、マリナの剣舞が止まる。
「ごめんなさい! 起こしてしまいましたか……」
「いや、いいんだけどよ、どうしたんだ? 急に剣舞なんて」
マリナは照れたように、顔を赤くして俯いた。
「あたし、この剣舞が好きなんです」
「……そう、なのか?」
マリナは頷く。
適当に振った剣舞なのに、何がそんなに心を揺さぶったのだろうか。
「神様が、一番最初に、あたしに教えてくれたことですから」
「教えたっていうか、見てただけだろ。学ぶもんなんて、なにも……」
「学ぶものなら、ありましたよ」
マリナは天を仰いで、空に突き立てるように、剣を掲げた。
「剣って、こんなに『自由』に振っていいんだって」
「……!」
自由な、剣……
「あたしは騎士団で育てられましたから、今日、神様に言われた通り、実戦の型通りの、真面目な太刀筋しか知りませんでした。変な癖がついたらいけませんからね」
大切なものを扱うように、彼女はもう一度、大きく弧を描いて、剣を振った。
シュバッ!
「あたし、本当に感動したんですよ? 神様の剣舞を見た時。こんなにも『自由で、美しい剣』が、この世にあるんだって、本気で思いました」
そう言ったマリナの瞳はどこまでも澄んでいた。
「あたしからしてみたら、この剣舞は、『自由の象徴』なんです」
その横顔は、今までのマリナの表情とは違った。
心の底から剣を振るうのを楽しんでいるかのようだった。
そこで、マリナは我に帰ったかのようにハッとする。
「あ、ご、ごめんなさい! 神様の剣舞を勝手に象徴にしちゃって……!」
「いや、間違ってねえよ」
「……え?」
「輝いていたぞ、今のお前は」
俺からしたら、意味もなく振った剣舞が、こんなにも美しく、昇華されていた。
「自由に剣を振るってる今のお前は、綺麗だ。心の底から、そう思った」
『カラン』
俺がそう言った途端
マリナが、剣を落としていた。
顔を真っ赤にして、口をパクパクさせている。
月明かりに照らされた彼女の顔は、年相応の女の子で、可愛かった。
「な、な、な、なんでそ、そんなこと、平然と言うんですかー!!」
「本当のことだぞ。いいだろ、言ったって」
「眠れなくなったらどうするんですか!? 責任とってくれるんですか!?」
「とらない。ガキには興味ないから」
「じゃあそんなこと言わないでください! 女誑し! 色ボケ神!」
「へいへーい」
マリナに珍しく罵声を浴びせられながら、俺は小屋は入る。
小屋へ戻ってからも、瞼を閉じれば、月明かりの下で剣を振るうマリナの姿が浮かんだ。
型に縛られていた少女が、初めて自分の意思で剣を振っていた。
本当に、良いものを見ることができた。




