凶弾
「さて、それでだが……」
俺は部屋の隅にあるダクトへと視線を向けた。
「これからどう逃げる? この部屋から脱出するのはダクトを使うとして……問題はその後だぞ」
ダクトを使って部屋から脱出しても、行けるのは49階までだ。
そこから1階まで降りなければならないが、エレベーターを使うのは危険だろう。成美は子供だから、俺たちのように黒服へ変装することもできない。仮にエレベーターに乗れたとしても、途中で警備員に見つかれば逃げ場を失う。
「西側非常口の階段を使います」
海はそう言うと、手元の地図を開き、目的の場所を指で示した。
「ダクトの出口がある49階の倉庫のすぐ隣の階段です。この階段は普段からあまり使われないので、見張りがいる心配はないと思われます」
「了解。その後は?」
「1階まで着いたら、私たちが通ってきたマンホールへ向かいます。下水路に逃げ込めば、いくらでも追っ手を撒けます」
「わかった」
計画そのものは悪くない。
あとは、マンホールまで無事に辿り着けるかどうかだ。
襲いかかる敵を相手にしながら、成美と海を逃がす。
「俺たちの腕にかかってるな」
「はい! でも、大丈夫です! 私たちなら!」
マリナは力強く頷いた。
俺たちは互いに拳を突き合わせる。
こんな状況でも、マリナの顔には迷いがない。
頼もしい限りだ。
「成美様、行きましょう」
「うん」
海が手を差し出すと、成美はその手を握った。
小さな手が、海の手をぎゅっと握りしめる。
もう決して、離さないように。
その姿を見て、俺は小さく息を吐いた。
「よし! じゃあ行くぞ!」
俺たちはダクトへと再び身を滑り込ませた。
狭い金属の通路を這い進み、49階の倉庫を目指す。
できるだけ音を立てないように進んでいた、その時だった。
『ウー! ウーーーー!』
「……! なんだ!?」
突然、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
ダクトの中にまで響いてくる警報音に、思わず顔をしかめる。
「成美が部屋を脱走したことを知らせるサイレンでしょう! 今日一度逃げ出したことで、警備が強まったのかと……!」
「それは用心深いことで……!」
ダクトの後方から、慌ただしい足音と怒鳴り声が聞こえてきた。
──成美様はどこへ行った!
──いないぞ!
──ダクトから逃げたんだ!
「チッ、もう見つかったか!」
さらに、後方からカンカンと金属を叩くような音が響く。
追っ手がダクトに侵入してきたのだろう。狭い通路の中では、後ろから追いつかれれば逃げ場がない。
「急げ! 敵が出てきやがった!」
俺たちは這う速度を上げた。
ダクトの出口まで、あと少し。
背後から迫る音に急かされながら、どうにか出口へと辿り着く。蓋を押し上げ、倉庫へと飛び出した。
49階の倉庫だ。
「こちらです! 西側の非常階段を使います!!」
海が先頭に立ち、倉庫の扉へと走る。
俺たちはその後を追い、非常階段へと飛び込んだ。
外から見える、吹き抜けになったタイプの非常階段だった。手すりの向こうには高層ビルの壁面が続き、下を覗けば、遥か遠くに地上の景色が見える。
「この階段大丈夫か? 追っ手が途中の階から来るんじゃ……」
「大丈夫です。私たちが開けた49階以外の非常階段へ繋がる扉は、開かないように細工しました」
「そ、そんなことまで……バレたりしなかったんですか?」
マリナが驚いたように尋ねる。
「ここの非常階段は滅多に使わないので、細工をしても気づかれないと思ったんです」
「なるほど……」
俺たちは話を切り上げ、さらに階段を駆け下りた。
上からは追っ手の足音が迫っている。
そして、残り10階。
その時だった。
下から、複数の足音が聞こえてきた。
俺たちの足が、一瞬止まる。
「……! 一階から上がってきます!」
まずい。
上からは追っ手が迫り、下からも敵が上がってきている。このまま階段を進めば、途中で挟み撃ちにされる可能性が高い。
「……やむを得ません。下の階の敵たちと戦うしか……」
海が覚悟を決めたように言う。
だが、俺は首を横に振った。
「いや」
「え?」
「それよりもっといい手がある」
「それはいったい……きゃ!」
俺は海の体を抱え上げた。
「マリナは成美を頼む!」
「え、あ、あぁ! なるほど!」
一瞬驚いたマリナだったが、すぐに俺の意図を理解したらしい。
成美の体を抱き上げ、手すりの外側へと視線を向ける。
下から上がってくる足音が、次第に大きくなっていく。
そして、階段の折り返し地点から、黒服の男が顔を覗かせた。
「……いたぞ!」
男が叫ぶ。
その瞬間。
「行くぞ!」
「はい!」
俺とマリナは、海と成美をそれぞれ抱えたまま、階段の外へと飛び出した。
「なっ!?」
「あいつら、飛び降りやがった!」
男たちの驚愕する声が、背後へ遠ざかっていく。
眼下には、高層ビルの壁面がどこまでも続いていた。
落下しながら俺たちは刀を抜き、ビルの壁面へと突き立てる。
『『ギャギャギャギャギャギャギャッッッ!!!!!』』
刃が壁面を削り、耳障りな金属音が周囲に響き渡った。
刀を通じて腕に衝撃が伝わる。落下の勢いを受け止めながら、壁面を滑り降りていく。
刀を引き抜いて落下の勢いを殺し、足に力を込めて着地した。
ドンッ、と鈍い衝撃が全身を駆け抜ける。
どうにか無事に着地できたようだ。
「よし、これで階段に登った追っ手は撒けたぞ」
「はい! 成美ちゃん、海さん、大丈夫ですか?」
「うん」
「は、はい……なんとか……」
成美は大丈夫そうだが、海は青ざめた顔で答えた。
とはいえ、ここで休んでいる暇はない。
「海! 次はどっちに向かえばいい!?」
「こ、こちらです! このビルを挟んで反対側に、私たちが入ってきたマンホールがあります!」
「おう!」
俺たちは再び走り出した。
海を先頭に、ビルの壁面に沿って進んでいく。
ビルの角を曲がった、その時だった。
前方から黒服の男たちが現れた。
2人……いや、3人か。
「……! 貴様ら! 侵入者だな!」
「止まれ! 成美様を……」
男たちが銃を構えようとした瞬間、マリナの姿が消えた。
「……! 消え……!」
次の瞬間。
『ズバンッ!!』
「ぐぁあ!!!」
一閃。
マリナの刀が男たちを切り伏せた。
あまりにも速い。男たちが何かをする間もなく、3人とも地面へと倒れ込んでいた。
「神様は成美ちゃんと海さんの側を離れないでください! 敵は私が倒します!」
「おう!」
頼もしい返事だ。
ただし、敵が3人だけで終わるとは思っていなかった。
案の定、少し先から複数の足音が響き、黒服たちが次々と姿を現した。
「逃すな! 成美様以外は射殺して構わん!!」
その声を合図に、敵が一斉に銃を構えた。
「チッ!」
『バァン! バァン! バァン!』
銃声が立て続けに響く。
銃口から放たれた弾丸が、俺たちへと襲いかかった。
だが、マリナは怯まない。
「はっ!」
ヒュン、ヒュンッ!
刀が空を切る。
『ギギギギギン!!』
弾丸が刃に弾かれ、甲高い音を立てて地面へと跳ね飛んだ。
「なっ! なんだこいつ!」
男たちの顔に、明らかな動揺が浮かぶ。
彼女は一瞬で敵との距離を詰めると、刀を振るった。
次々と黒服たちが倒れていく。
「凄い……銃弾を全部弾くなんて……!」
海は目の前の光景に戦慄していた。
ますます人間離れしてきてるな、コイツ。
このまま研鑽を積めば、本当に神になれるんじゃねーの?
そんなことを考えながらも、俺たちは足を止めずに走り続けた。
ビルの角を回り込み、反対側へ。
そして、ようやく目的の場所が見えてきた。
「あったぞ!」
目の前、残り30メートルほど先に、マンホールが見える。
「あのマンホールまで逃げられれば、その先は入り組んだ下水道です! 簡単に追っ手を撒けます!」
海が希望を込めた声で告げた。
もう少しで、地上から逃げ出せる。
そう思った、その時だった。
「……! 待て! 敵だ!」
前方だけではなかった。
背後からも、複数の黒服たちが現れたのだ。
銃を構えた男たちが、こちらへと迫ってくる。
前にも敵3人。後ろにも敵3人。
完全に挟み撃ちだった。
「マリナ! 前の敵から2人を守れ! 俺は背後の敵を処理する!」
「はい!」
俺たちは即座に動いた。
俺たちはそれぞれ刀を振るい、銃弾を弾き返しながら敵を切り伏せる。
成美や海に銃弾が行かないよう、最新の注意を払った。
しかし──
『バァンッ!!』
乾いた銃声が、耳をつんざいた。
「……!」
俺は反射的に振り返った。
すぐ後ろにいた海の体が、糸の切れた人形のように、バタリと地面へ倒れた。
「海さん!?」
マリナの叫びが響く。
成美の顔から、血の気が引いた。
倒れた海の腕と足には、銃弾が貫いた傷があった。




