炎
「ごほ……ごほ……」
「大丈夫ですか? 成美様……」
成美様は体が弱かった。
よく体調を悪くして、風邪を拗らせ、ベッドで寝ているところを私が看病していた。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るのですか!」
「私の、看病、ばかり……」
「何言っているのですか! 成美様が大変な時に、お側にいたいと私が思ってるのですから! 謝る必要はありません!」
私は成美様のおでこのタオルを変える。
成美様は少しだけ、安心したように、私に語りかけた。
「ねぇ、海……」
「はい、なんでしょう?」
「外の世界って……どう、なってるの……?」
「……?」
少し、意外な質問だった。
「成美様、外に出たことがないのですか?」
「……龍星国の中から、外には」
王女だからあまり国の外に出ることができないのだろうか?
外に出て誘拐でもされたら大変だし……
「こわい、魔物が出るって、聞いた」
「あー……まぁ、確かに魔物も多いですけど、素敵なところもたくさんありますよ!」
「……たとえば?」
私は思い出の引き出しを
「そうですねー……でも、海とか!」
「海……?」
「あ、私のことじゃないですよ? 同じ名前ですけど……でも、私の名前の由来でもあるんです!」
私の話に興味を持ってくれるのが嬉しくて、私は意気揚々と話した。
「この龍星国よりももっともっと広い水がある場所があるんです! いろんなお魚がいて、観光客が楽しそうに遊んでて!」
「そんな、きらきらの、世界、なんだ……」
私の話を聞いて、外の世界へ想いを馳せる成美様は、病気のはずなのに、どこか楽そうに見えた。
「いつか、行ってみたい……」
「行きましょうよ!」
「で、でも……」
成美様は少し、目を伏せた。
「時間が、ない……」
「あ、そうですね……成美様は瑞龍で、いつか女王様になるから……そんな海なんて行ってる暇ないですか……」
「……え?」
「でも、お休みくらい取れますよきっと! 私も側でお支えいたします! そうすればきっと、一緒に海に行けますから!」
私の言葉を聞いた成美様は、目を白黒にさせていた。
私の言葉を、まるで、理解できないかのような。
「え、な、何か変なこと言っちゃいましたか……?」
そう言った私の目を、成美様はじっと見つめた。
「……もしかして、知らないの?」
「? なにがですか?」
その言葉を聞いて、成美様は、目を閉じた。
「ううん」
そして、少し、微笑んだ。
「なんでもない」
その寂しそうな笑顔の裏に抱えているものを知るのは、もう少しだけ、後のことだった。
***
初めて、瑞龍の舞をした日のことを、私は決して忘れないだろう。
水飛沫を浴び、私の舞で、成美様は瑞龍になった。
成美様は天へと登り、暗雲を跳ね除け、空に虹をかけた。
その光景に人々が喜んでいる。
その景色が何よりも誇らしくて、嬉しかった。
瑞龍の舞が成功して、私は涙を流した。
私は成美様の力を引き出せたんだと。
成美様と私で、国民の皆さんを幸せにしていくんだと。
何も知らずに、馬鹿みたいに喜んだ。
「やりましたよ! 成美様! 初めての瑞龍の舞、成功です!」
成美様に、笑顔で駆け寄る。瞳に涙を浮かべて、喜びを分かち合おうとした。
「……ん」
「……成美様?」
でも、そんな喜びは、一瞬で消え失せた。成美様の顔色が悪いことに気づいて。
「ど、どうしたのですか!? 顔色が……すごく悪いですよ!」
土気色になっていた。
それでも成美様は私に対して笑顔を向けようとしていた。
「だ、大丈夫……すこし、つかれちゃった、だけ……」
「そ、そんな……」
本当に?
その言葉を言う前に、成美様は、意識を失った。
『バタッ』
「な、成美様!?」
私は成美様を抱き抱えると、その体がとんでもない熱を帯びているのがわかった。
「ど、どうしたのですか!?」
瑞龍になるのは、こんなにも力を使うものなのか。この時の私はそう思った。
私は成美様を背負い、近くにいた人間の元へ。
「成美様が倒れました! は、早く病院へ!!」
その男は私と、そして背負っていた成美様を見て、一言だけ。
「そうか」
「へ?」
なにも、動揺していない。
この国に幸運をもたらしてくださる守り神、瑞龍様が、倒れても。
「そ、そうかってなんですか……国王様の娘が、瑞龍様が倒れたんですよ!?」
「わかったわかった。すぐに医療チームを呼ぶから、その場で待機してろ」
あまりの、落ち着き具合。
まるで、慣れているかのような。こうなることを予想していたかのような。
この異様さに、私はようやく気がついた。
***
その後、私は、衝撃的な事実を知った。
瑞龍の能力が、幸運を与えるのではなく、不運を吸収する能力なのだということ。
そして、その吸収した不運が、成美様の体に、とてつもないダメージになっているということを。
成美様の元へ行かなければならない。
そう思って、ビルの廊下を駆ける。
そんな時。
「やはり成美様は耐えられなかったか」
「……!」
角から、国の重鎮たちの会話が聞こえてきた。
「あぁ、たった一回不運を吸収しただけで、肉体へのダメージがすごいようだ」
「おいおい、先代瑞龍はこんなことにならなかっただろ? なんで成美様はこうも身体が弱いんだよ」
「知らんよ。瑞龍にも個体差があるんだろ。ま、でもあの様子じゃ近々死ぬな」
……
死ぬ。
成美様が。
その事実が、私の心に黒い何かを落とした。
そして
「死ぬ前に、子だけでも産んでもらわないとな」
「……!」
そんな穢らわしい話が、聞こえた。
***
気がつけば、私は成美様の部屋の前にいた。
あの会話を聞いたあと、この部屋に辿り着く前の記憶がない。
力が、入らない。
それでも、私は、成美様の部屋の扉を開けた。
「……」
ベッドの上で、成美様は眠っていた。
息が荒くて、苦しそうにしていた。
手を握ると、その手は熱く、そして、小さかった。
「どうして……?」
なんで、この方がこんな目に遭わなきゃいけないの?
成美様も、歴代の瑞龍様も、この国の国民達の神様のような存在で。
そう教わってきた。
でも、違った。
この国は、自分たちの富のため、偉大なる存在を利用している。
それこそ、命すら、どうでもいいと思っている。
「う、み……?」
「……!」
私が何もできずに、部屋に佇んでいると、成美様の声が聞こえた。成美様が目を開けていた。
「成美様……」
「……」
私は、なにも、言えなかった。
だって、私に心配する資格なんて、あるのだろうか?
私だって、この国の国民で、成美様を犠牲に幸運になろうとしている1人なのだから。
何も言えない私を見て、成美様は、察したように聞いた。
「きい、た……?」
「……」
『聞いた』とは、瑞龍の本当の役割についてだろう。
私が頷けずにいると、成美様は微笑んだ。
「別に、いいの」
「……え?」
「私は、こうして死ぬの」
その言葉の意味が、一瞬わからなかった。
違う。
『わかりたくなかった』
この子が、死を受け入れているということを。
「ママも、おばあちゃんも、そうして死んでいった、から」
成美様の目は、全てを、諦めていた。
「私も、同じ」
その言葉を聞いた瞬間
私の心の中の苛立ちが、爆発した。
「そんなこと間違っているッッ!!」
「……」
「他の人の幸福のために、成美様が1人苦しむなんて間違ってる!!」
許せなかった。
実の娘にこんなことをさせている国王。
そして、何も知らないで、幸福を受けていた私自身が。
「……どうして、そんなに、怒るの?」
成美様は、こんなに声を荒げた私を見て、不思議そうに首を傾げた。
「海には、関係、ないのに……」
……!!
その言葉が、私の胸を切り裂いた。
「か、関係ないなんて、言わないでよ……私は、貴方に生きてほしいの……!」
「どうして……?」
「友達だからよ!!」
「……!」
国王の娘に、神聖な瑞龍様に、友達だというなんて烏滸がましいと思う。
でも、止まらなかった。
たとえ誰かに、それこそ、成美様自身に否定されても、誰でもない私が、成美様を友達だと思っていたから。
「……もう、わかった」
「……海?」
誰も、成美様を見ようとしない。
助けようとしない。
だったら
「私が貴方を助ける」
私の心に、炎が燃えた。
「きっと私が、成美様を自由にする」
「う、海……?」
成美様が、私を見る目が、少し不安そうに揺れていた。
でも、そんなこと知らない。
「絶対するから」
この炎は、きっと誰にも消せやしないだろう。
これからの全ての時間を、成美様のために使う。
成美様を救う計画も1人でやる。
死なせはしない。
絶対に。
たとえ、私が死んだとしても。




