最後の笑顔
「こちらです。ついてきてください」
街の地下にある下水路。俺たちは海に連れられて走る。
こんな大規模都市の下水路だ。
めちゃくちゃに入り組んでいるし、距離も遠い。
しかし、海は迷いもせずに案内する。
「すげえな。こんな迷路みたいな下水路の道を暗記してんのか」
「成美を逃すために覚えたのです」
ってことは、成美も今日、街へ出るために、この下水路を使ったのか。
数十分ほど案内の通りに走ると、海は足を止める。頭上にはマンホールがあった。
「この上のマンホールを開けると、王や成美が住む高層ビルの前に出ることができます。成美は、そのビルの頂上。50階に住んでいます。そこへ向かいます」
「しかし、すんなりと成美の部屋の前までは行けないだろ?」
「はい。ビル内ではさまざまな場所に拳銃を所持した見張りが歩き回っています。特に今日は成美が抜け出したので、一層数が多いことでしょう」
「なるほど……見張りにバレないように、こっそりと成美さんの部屋まで行くんですね」
「そんなことが可能なのか? どうやって行くんだ?」
ビル内に裏道や、隠し通路でもあるのだろうか?
海は首を振った。
「いいえ、堂々と正面から入り、エレベーターを使って50階まで登ります」
「……え?」
「そ、そんなことしたら捕まっちゃうんじゃ……」
「いいえ、お二人にはこちらを着てもらいます」
海は下水道の脇を指差す。
そこには布に包まれた何かが置いてあった。
海が手に取り、広げると、現れたのはスーツとサングラスだった。
先ほど攻撃を仕掛けてきた、黒服どもと同じ服だ。
「あなた方には、私の護衛に変装してもらいます。私も、瑞龍の巫女として、この国の重鎮ですから。こうすればよほどのことがなければ素通りできるはずです」
「なるほどな……用意周到なこった」
俺たちはスーツに着替えた。
「おぉ……スーツ姿の神様もとっても素敵ですね! カッコいいですよ!」
「ありがとな。マリナも似合ってるじゃないか。スタイルがいいからなんでも着こなせるな」
「じ、じゃあ今度、この格好で……」
「申し訳ありませんが、惚気は作戦が成功したらでお願いします」
マンホールを開けると、外に広がっていたのは手入れされた芝だった。
外に出た俺たちの目の前に、デカいビルがある。
50階建ての高層ビル。
ここが、王や成美が住んでいる場所……
ビルの入り口には見張りが立っている。
手にはアサルトライフルが握られている。
「気をつけてください。入り口にも見張りがいますが、堂々としてください」
「うう……き、緊張しますね」
俺たちは海の斜め後ろへ付き従う。
海は堂々とビルの入り口へ。
「海様、お帰りなさいませ」
「ご苦労様」
入り口の見張りは、海に敬礼をする。
俺たちは何事もないように、入り口を通り抜けた。
その時。
「おい、待てそこの2人」
「「……!」」
俺たちの心臓が跳ね上がる。
怪しい動きはしていなかったはずだ。
隣のマリナが剣に手をかけようと動かすが、俺が手を握って制する。
(神様……!?)
(落ち着け、もしバレたのであれば銃を向けられるはずだ)
「はい、なんでしょうか?」
俺はなるべく平常心で、声をかけてきた見張りの方へ振り返る。
「お前達、武器はどうした? そんな刀ではなく銃を使え」
「ありがとうございます。銃も取りに行きます」
「あぁ」
俺たちは敬礼をして、その場を去った。
何度か見張りの兵士とすれ違い、エレベーターへ乗り込む。
「「……ぷはぁー」」
俺とマリナは息を吐いて胸を撫で下ろす。
「めちゃくちゃドキドキしたな……」
「まさか刀で疑われるなんて……で、でも、刀を置いて行くことは流石にできませんでしたし……」
「しかし、ひとまず第一関門は突破です。このまま成美の部屋へと向かいましょう」
そう言って海はエレベーターの49階のボタンを押した。
「ん? 50階に行くんじゃないのか?」
成美の部屋は50階だと聞いていたが。
「いいえ。成美の部屋の前は何人もの見張りで固められています。それに、いくら私でも、見張りなしで部屋に入るのは不可能です」
「で、でも、それじゃどうやって……」
「大丈夫です。こちらへ」
案内されたのは49階の、端の部屋。
いろんなものや段ボールなどが散乱している、埃っぽい部屋。
「ここは……倉庫か?」
「はい。とは言っても、要らないけど捨てられないものばかりが収められていて、ほとんど人の出入りはありません」
「ここに、何があるんですか?」
マリナの疑問に答えるように、海は部屋の隅へ。
そこにあった段ボールをどかす。
すると……
「ゆ、床に穴が……!?」
床に大きな穴が空いていたのだ。人間1人はに通れそうなほどの。
「ここからダクトにつながっていて、成美の部屋にいけます」
「こ、こんなことまで……これも、成美ちゃんをこの国から逃すために……?」
「はい。この国から瑞龍を逃すのは、容易なことではありませんから」
海はダクトの中へ入る。
「さぁ、こちらへ。案内します」
「……」
「……すごいですね」
「あぁ……」
なんというか、覚悟がうかがえた。
いったいどれほど前から、成美を逃すことを計画していたのだろうか。
全ては成美を逃すために、準備されている。
俺たちは狭いダクトを通り、目当ての部屋へ。
「成美様の部屋はこの下です」
海は換気口の蓋を開け、部屋へと入る。
「成美様……!」
「……! 海……!」
幸いなことに、成美は部屋に1人だった。
ゆったりとした部屋着で、フードもかぶっていない。
隠していた二本の角が露出していた。
突如換気口から出てきた俺たちを見て、目を開く。
「……!」
「安心しろ。俺たちだ」
「成美ちゃん! 元気そうでよかったです!」
俺と海はスーツを脱ぎ捨てて、元の侍の姿へ。
「な、なんで……? 2人が……?」
確かに、成美の顔は先ほど別れた時よりも良くなっていた。
「成美様を、連れ出しにきたんですよ」
「……」
「成美様が何故、先ほど彼らに事情を話さずに、この国へ戻ってきたのかは、だいたい見当がついています。彼らを巻き込みたくなかったのですよね?」
その言葉を聞いて、成美はギュッと、服の裾を握る。
「でも、大丈夫です。この方々も、成美様を助けるために、覚悟を決めてくださいました」
「……」
「ここから出ましょう? ここにいれば貴方はいずれ、この国の人間の不幸に殺されてしまいます」
海は成美へと手を伸ばす。
しかし、その手を、成美は取らなかった。
「……成美様?」
「……イヤ」
「……!」
明確な拒絶だ。
「ど、どうして!?」
海は成美の肩を掴む。
「成美様言ったじゃないですか! 外の世界を見たいって! 生きると……言っていたではありませんか!」
「海は……?」
「……え?」
「海は、ついてきてくれるの?」
成美は、見上げるように海を見た。
「わ、私は……ついていけません。貴方の旅の足手纏いになります。私がいたら、もしかしたら貴方は捕まってしまうかもしれません」
「じゃあ、行かない」
「……! どうして……」
……そうか。
俺はそこで、ようやく成美の言わんとしていることがわかった。
「成美」
俺の呼びかけに、成美は俺の方を向く。
「海だったんだな。成美の、大切な人は」
「……え?」
成美は頷いた。
「わかった。そうと決まれば、予定変更だなマリナ。成美と海の両方をこの国から逃すぞ」
「はい! そうですね!」
「え……ま、待ってください! どういうことですか!?」
「どうもこうもない。成美はお前と一緒にいたいんだとよ」
それに、外に出た後、俺たちがお守りをやるより海がやったほうがいい。
「だ、だめです! 私では成美様を守れない……! 成美を外に連れ出すのは、成美様を守れるくらい強い人でなければ……!」
「成美が今日、俺たちと一緒に逃げなかった理由が、『成美が俺たちを面倒ごとに巻き込ませないため』と話していたが、実は違う」
「え……」
「成美は、逃げるよりも、『大切な人』と一緒にいたいんだよ」
「……!」
俺は今日外で成美と話をしたことを、海にも聞かせた。
大切な人がいるなら、ずっとその手は離さないべきだということを。
「わかるか? 成美は外に行くよりも、死ぬよりも、成美は、お前と共に生きたいんだってよ」
「そ、そんな……」
そう聞かされても、海の表情は晴れない。
「でも私は、成美様には私と一緒にいるよりも、1人でいようとも生きていてほしい!」
そう言う海に、俺は考えていたことを口にする。
「あんた、この後死ぬつもりなんだろ?」
「……!」
海の目が見開かれた。
「こんなことをして、ただで済むわけがない。成美が逃げた後、絶対に逃した犯人は特定され、始末されるだろう」
明らかに海は動きすぎだ。
なんなら今だって疑われているかもしれない。
一度瑞龍を逃したんだから。
「私の命なんて……どうだっていいんです」
「それを成美が許すと思うか?」
「そ、それは……」
海は成美に視線を移す。成美は少し顔を伏せて、海に問いかけた。
「ねえ、海……最後に、笑ったのって、いつ?」
「え……?」
「前は、よく笑ってくれてたよね」
懐かしそうに目を細める成美。
「……海は、いつだって、笑顔だった」
でも、そう呟いた成美の顔は、どこか悲しそうにしていた。
「私はずっと冷たくあしらってたのに……ずっと付き纏って、笑ってくれていた」
そんな貴方の笑顔が、大好きだった。




