瑞龍の舞
俺たちが人の流れに身を任せていると、やがて辿り着いたのは、ライブ会場のように開けた、巨大な空間だった。
ドームを埋め尽くすように何万人もの人間が集まり、どこを見ても裕福そうな人々でごった返している。
「な、何でこんな賑わってんだ?」
「さ、さぁ……奥の方で何かをやっているらしいですが、遠くて見えません!」
その時、頭上からアナウンスが響いた。
『お待たせしました国民の皆様、“瑞龍の舞”、間もなく開始されます』
「「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」」
アナウンスに続いて、国民たちの歓声が巻き起こる。
空気そのものが震えるほどの音量。
耳を塞いでも突き抜けてくるような熱気が、肌を直接叩いてくる。
「うるせぇ! なんなんだ?」
「か、神様! 見てくださいあれ!」
マリナが指差した先、空中に、巨大なモニターが現れた。
そこに映し出されたのは、1人の女だった。
白と赤の巫女服を身に纏い、手には神楽鈴を持っている。
閉じた目を開き、巫女が、静かに一歩を踏み出した。
白い足袋が地面を滑るように進み、赤い袴の裾がかすかに揺れる。
手にした神楽鈴が、しゃん、と澄んだ音を響かせた。
腕をゆるやかに持ち上げると、白い千早の袖が翼のように広がる。
激しい動きはない。
ただ、一つ一つの仕草が異様なほど丁寧で、美しかった。
まるで誰かに見せるためではない。
人ならざる何かへ、自らの存在を捧げるように。
巫女はゆっくりと身を翻し、再び鈴を鳴らした。
しゃん、しゃん、と。
その音が響くたび、周囲の空気まで清められていくようだった。
「……ただの、巫女の舞か?」
「そう、なんですかね? でもこんなに人が集まるほどの何かがあるってことでは……?」
素晴らしい踊りなのはわかる。
だが、それでもこの人間の数の理由はわからない。
それに、この観客たちの熱気。
神聖な巫女の舞を見ているという感じではない。まるで、何か別のものを待っているかのような……
その時。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』
「……!」
突如、地響きが響き渡る。
「地震か!?」
「い、いえ、これは……!」
『グオオオオオオオオッ!!!!!』
天地を揺らすような咆哮が轟く。
それでも巫女の舞は止まらない。
むしろ、観客たちの熱気は最高潮へと達していく。
そして――
巫女の背後から、巨大な生き物が姿を現した。
「な、なんだぁ!?」
「りゅ、龍です! 初めてみました!」
背後から現れたのは、龍だった。
年月を経た青銅を思わせる、深い青緑色の巨体。
その身体は天を覆うように長く伸び、頭からは鹿の角を思わせる巨大な角が生えている。
黄金色の瞳が、まるで太陽のように輝く。
獣の荒々しさと、神獣の神々しさ。
その2つを併せ持った、圧倒的な存在だった。
「すげぇ……」
思わず、俺の口から声が漏れる。
「まさか龍をこの目で見る日が来ようとは……」
「あたしもです……ここにいる人間はみんな龍を見に来たってことなんですね」
俺たちが呆気に取られていると、隣にいたおばちゃんが俺たちに声をかけてきた。
「あんたら旅人かい?」
「え、は、はい」
「コレが龍星国名物、『瑞龍の舞』さ」
「瑞龍……?」
「あぁ、あの龍の名前さ」
おばちゃんが指差した先で、瑞龍はゆっくりと顔を上げた。
まるで巫女の舞を享受するかのように、天を見上げている。
「ここは昔から瑞龍とその巫女が住み着いている場所でねえ。月に一度、あんなふうに瑞龍の舞をするんだよ。でも、あの舞はただのパフォーマンスじゃないよ」
「パフォーマンスじゃない?」
「あぁ」
おばちゃんは自慢するように言った。
「あの龍は、我々龍星国の民に、『幸運』をくれるのさ」
「幸運……ですか?」
なんだ? 急に胡散臭い話になってきたぞ。
「神社のお参りみたいなもんか?」
「おいおい、その辺の神社と一緒にすんじゃないよ。本物の幸運さ。我々はその幸運の力で、これほどの財を手に入れたのさ」
「……え!?」
マリナが思わず驚く。
「じ、じゃあ、この国がこれだけ発展しているのって、あの瑞龍のおかげなんですか!?」
「そうさ。この国で暮らす人間は、みんな瑞龍様の幸運を受けている。だから、この国には貧富の差なんてもんもない。みんな幸福に暮らしているのさ」
「……」
先ほど見た光景。
高級なレストラン、高層ビル、豪華な店、国を歩く裕福な人々。
それらが全て、あの瑞龍の力によって幸運を与えられたから。
「残念ながら、あんたら旅人には瑞龍の幸運は与えられないね」
なんとなくまだ信じられない話だが、この熱狂っぷりを見ると真実なのだろう。瑞龍にはそんな力があるのか。
いつのまにか、舞もクライマックス。
巫女の足取りが、軽やかさを増していく。
しゃん、しゃん、しゃん、しゃん。
音と動きが、激しさを増し、そして
巫女が大きく身を翻した瞬間
『グオオオオオオオオッ!!!!!』
瑞龍が天へと駆け上がった。
長大な身体が空を駆け、その軌跡を追うように、七色の光が空へ広がっていく。
やがてそれは、大きな虹となった。
「……綺麗」
マリナが、ぽつりと呟いた。
巫女は大きく息を吐く。
その瞬間、会場の熱が一気に開放され、観客たちは大歓声をあげた。
巫女は片足を引き、深く、静かに首を垂れる。
龍の姿は消えていた。




