母の心子知らず
俺はナツミに連れられ、誰もいない道場にきていた。その中央で、俺とナツミは真剣を抜いて向かい合う。
「いきます」
「あぁ」
ナツミの声に、俺も答える。
ダンッ!!!
「……!!」
まるで雷鳴でも落ちたかのような、踏み込みの音。距離を詰められたのは、一瞬だった。
ナツミは連撃を繰り出す。
『ガギンッ!!!』
「……!」
速くて重い。
マリナと戦った時とは比べ物にならないくらい……!
『ガギンッ!!!』
数撃の重い剣撃が、俺の剣の守りを弾き飛ばした。
弾かれた……!!
防御を崩され、隙ができた。
そこへナツミは、容赦なく追撃を繰り出してくる。
頭上への一撃。
だが……!
俺は体を捻り、間一髪で攻撃を躱す。
その勢いのまま、ナツミの喉元へ刃を走らせた。
しかし、ナツミは自らの体を低く沈ませることで、俺の一撃を躱した。
「……!」
しゃがんだナツミの体がバネのように跳ねる。
突き出された剣を、俺は剣で弾き、身を翻して躱した。
ナツミもそのまま距離を取り、再び俺への剣を構えた。
「おいおい、どんな反射神経だよ。カウンター決まったと思ったぞ」
「貴方こそ。連撃は決まったと思ったのですが、まさかガードを弾いた後も躱されるとは」
やっぱりこいつ只者じゃない。さすがは最強の騎士団長。
ナツミが剣を固く握り、ジリジリと距離を詰める。
「また連撃かよ……」
「結局、これが1番強いのです。マリナのように、剣舞で全てを受け流しても良いのですよ」
「ざけんな。あんな技できるわけねえだろ」
確かに、この連撃の速さは並大抵の剣士では受けきれない。
俺だってそうだ。
圧倒的な速度と力を誇る連撃を、真正面から受け続ければ、いずれ押し切られる。
ナツミの連撃を破るには──
俺は刀を鞘へと納めた。
「……なるほど」
俺の姿を見て、ナツミも察したようだった。
連撃が始まれば、ナツミのペースに持ち込まれる。
ならば、俺の取るべき手段は、ただ一つ。
連撃を破る方法、それは──
連撃の初撃を上回る圧倒的速さで、斬る!!
俺たちの姿は、一瞬、煙に巻かれたように消えた。
自分が出せる、最速の踏み込み。
俺の刃と、ナツミの刃。
どちらが先に、相手へ届くか。
ただ、それだけの勝負だった。
「……」
「……」
数秒間、俺たちは睨み合った。
互いの急所に、剣を翳した状態で。
俺の刃は、ナツミの喉元に触れる寸前で止まっていた。
一方で、ナツミの剣は俺の頭上に届くには、まだわずかに遠い。
先に届くのは、俺の刃だ。
ナツミはフーッとため息を吐いた。
「参りました」
──勝てた……
さすがは最強。マリナと比べてレベルがちげえや。
でも、それ以上に驚くべきことは……
ナツミは自分の剣を鞘へと収める。
「今ので確信しました、貴方、剣の神様でお間違い無いですね」
「……! なぜ……?」
「あの子が私を倒すために、頼る場所といったら神様しかないだろうと予想はついていました」
……なるほど。最初から予想はしていたってことか。
「正直半信半疑でしたが、今の立ち合いで確信しましたよ。本当に強いですね。貴方は」
「そうみたいだな。俺も今まで競う相手がいなかったから、今ようやく自分の強さってやつを実感したよ」
そう、自惚れでもなく自慢でもなく、俺は強い。
マリナとナツミの戦いを見ても思っていた事だが、今確信した。
研鑽と言っても自己流だが、まさか最強に一本取ることができるとは。
何百年も続けてきた訓練は伊達ではなかったのか。
「これで、貴方もようやく、胸を張ってあの子の師だと、名乗ることができますね」
……!
「まさか、あんた、俺のために……?」
俺に自信を持たせようとして、試合を申し込んできたのか。
「ここ数日間、貴方が騎士達から指導を断っていた時の言動や態度、そして、先ほど騎士達を指導なされていた時の表情。それらでピンときました。この方は、自らの力を過小評価していると」
「……」
「きっと、貴方の中では、マリナが私に勝ったことすら、自分の手柄など微塵もないと思っているのでしょうね」
「……実際そうじゃないか? 俺は確かに鍛えはしたが、マリナの剣舞は俺が偶然見せたもので……」
「違います」
ナツミはキッパリと否定する。
「あんなに自由に、楽しく、剣を振るっているマリナを初めて見ました」
「……!」
「それはきっと、貴方との稽古や、生活、過ごしてきた日々、そして、貴方が掛けてくださっていた言葉がそうさせたのです」
マリナの自由な姿に、ナツミが感化されての、労いだった。
俺が、美しいと思ったあの姿。
それが、ナツミの心を動かしたのだ。
「私では……半年かけても、きっとあの子の才能を引き出せなかったでしょう。貴方には、本当に感謝しかありません」
「ナツミ……」
そんなことを言ったナツミの表情は、感謝しているにしては、どこか寂しそうだった。
「胸を張ってください。貴方を師とすることができて、マリナは本当に幸福でしょう」
「……あぁ、サンキューな」
最初は本当に厳しい母だと思っていたが、コイツは、心底優しい奴だ。
「でも、俺からも一つだけ言っておきたい」
「はい」
「あんたは俺がマリナの才能を目覚めさせたと言っていたが、結局、マリナが才能を開花させたのは、貴方との勝負の最中だ」
全身全霊をかけた、最強との戦い。
それがなければ、マリナの才能は眠ったままだっただろう。
「だから、結果的に、マリナの才能を呼び起こしたのはあんただよ」
ナツミは俺の言葉を聞いて、薄く笑った。
「優しいのですね、神様というのは」
「そりゃあんただろ。娘のために、本当に回りくどいことをするもんだな」
「……? なんのことでしょう?」
「あんた、最初からマリナの『侍になるって夢』を応援していたんだろ?」
「……!」
その言葉に、ナツミの顔が驚きの表情へと変わった。
「でも騎士団長としては、そんなこと許すわけにはいかない」
隊の士気にも関わるし、娘だけ特別扱いしたら、不信感に繋がる。
「だから、マリナにアンタを倒してもらう必要があったんだ」
最強であるナツミを倒したとなっちゃ、誰も文句は言えないだろうからな。
俺の憶測を聞いたナツミは、少し目を伏せた。
「騎士団長としては、今でもマリナに、騎士になって欲しいと思ってます」
「……そりゃそうだろ」
自分を倒すほどの強い騎士。それが自分の騎士団に入ったら、どれだけ喜ばしいことか。
「あれでまだまだ発展途上なのですから、末恐ろしいでしょう?」
ナツミは少し眉を顰めて、困ったようにくすくすと笑った。
「あの子が私の跡を継いで、騎士団長になったら、フォンティーヌ騎士団は今よりももっと、強くなる。その未来が、何よりの楽しみでした」
「……夢、だったんだな」
「……はい。あの子が産まれてから、ずっとずっと思い描いてきた、私の夢でした」
「でもナツミは、マリナの意思を、夢を、尊重したんだな」
ナツミは頷いた。
「『娘の人生が、あの子にとって最上のものでありますように……』と、そう願っていますから」
「……あんた、本当に立派な親だよ」
「ふふっ。ありがとうございます。貴方も、娘の旅には同行するつもりなのですよね?」
「あぁ、マリナが許してくれればな」
「許してくれますよ。あの子、貴方が大好きですから」
ナツミは俺に向き直り、頭を下げた。
「どうか、マリナのことを、これからもよろしくお願いします」
母からの、願い。
その言葉に、俺は頷いてみせた。
「任せてくれよ」
俺は胸を叩いた。
「俺は、あいつの神様だから」
顔を上げて、俺の顔を見るナツミはどこか安心したように笑って見せた。
ナツミは道場の端に置いてあった箱を俺に渡してきた。
「これを、受け取ってください」
「これは?」
「お酒です。あの子も、もう数日後には成人しますから」
そういえばそんなことを言っていたか。この世界では16歳で成人なんだっけ?
「娘に、飲ませてあげてください。私の、1番好きな酒です。本当は、成人祝いに私と一緒に飲むはずだったものですが、差し上げます」
「へ!? いやいや、じゃあナツミが飲ませれば良いだろ。娘と一緒に飲めば良いじゃねえか」
「いいのです」
ナツミは首を振る。
「あの子と一緒に飲んでしまったら……きっと、引き留めたくなってしまいますから」
「……!」
「あの子の夢にとって、それは邪魔でしかないでしょう?」
「……そうか」
それ以上、俺は何も言えなかった。
寂しそうな顔をするナツミ。心のうちはどこまでもマリナを思っていた。
「あんた、本当に親バカなのな」
「……はい。どこまでも、可愛い娘ですから」
俺は酒を受け取る。道場の外を見るともうすっかり日は落ちていた。
「今日の夜は仕事か?」
俺がそう聞くと、ナツミは驚いて首を振る。
「……? いいえ、急な案件が来ない限り、本日の業務は全て片付けていますが」
「じゃあ飲むか」
「……!」
「今日は付き合うぜ」
俺の誘いの意図に気付いてか、ナツミの表情は段々と笑顔へ変わってきた。
「あら、貴方よりも弱い女を酒に誘って、何をしようとしているのでしょう?」
「おお、アンタのような別嬪さんに何かしてもいいのであれば喜んで」
「残念。私、まだ夫が旅立って1年ほどしか経っておりませんので」
おう、それは残念だ。
「ですが、まぁ、お酒には付き合っていただきましょうか」
ナツミは少し嬉しそうに笑った。
「騎士団長ですから、深酒はできませんが」
「今日くらいいいだろ。ここに最強のお墨付きもいるわけだし。何かあったら手を貸すからよ」
「……副団長に、掛け合ってみます。今日は、何か急用があっても任せられるかと」
「お」
そうこなくっちゃ。
「潰れるまで付き合ってもらいますよ?」
「おいおい、お手柔らかに頼むぜ?」
「大切な一人娘を持っていかれるんです。このくらい良いでしょう」
そう言って笑うナツミの顔は、決闘場で見たどんな表情よりも、年相応の女性に見えた。




