母と娘
マリナとナツミの決闘から1週間が経った。
この1週間は、ずっとマリナはフォンティーヌ家で治療をしていた。
その期間、俺はフォンティーヌ家でお世話になった。
そして今日、旅立ちの日だ。
俺とマリナはフォンティーヌ家の門の前で、大勢の騎士たちに見送られている。
「先生……! もう行ってしまわれるのですか!?」
「もう少し教えてください! 貴方がいれば、私たちもっと強くなれます!」
「何度も言ったろうが! 俺は先生なんて柄じゃねえんだ! この1週間で教えることは教えてやっただろう!」
俺は押し寄せる騎士たちを何とか説得していた。
不満そうな顔でマリナが見てくる。
「神……じゃなくて、師匠、皆さんに何をやったんですか……?」
「いや、剣を教えて欲しいって言われてたから教えてただけだ」
「……へぇ。そうですか」
マリナは頰を膨らませてそっぽをむいた。
なに?
なんか怒ってない?
「マリナ様」
騎士たちの中で、マリナを呼ぶ声。男女数人。
そいつらは、決闘の場でマリナのことを馬鹿にしていた連中だった。
「……はい、どうしましたか?」
マリナの前に立つと、その騎士たちは頭を下げた。
「「「申し訳ありませんでした」」」
「……!」
「私たちは、侍を目指す貴方を理解できませんでした」
「だから、貴方の夢を勝手に笑った」
「……申し訳ありませんでした」
「貴方の剣舞、すごかったです」
「どうか、無事な旅を。また、貴方の美しい戦いを見れることを、我々も望んでいます」
その言葉を聞いたマリナは、驚いたように目を見開く。
「み、皆さん……」
いつの間にか、騎士たちにも認められていた。
最強の母に勝ったことにより、マリナの強さ、そして、夢が。
実際俺に剣舞を教えてくれって言ってくる奴もいたもんな。
残念だが教えられないが。俺、適当に振ってただけだし。
あの剣舞を実戦で使うなんて芸当、マリナにしかできん。
「ありがとう、ございます」
マリナは少し、嬉しそうに笑った。
「でも、謝罪なんて、する必要はないです。あたしは騎士から侍になるんです。フォンティーヌ騎士団を捨てて行くんですから、皆さんからしてみたら、裏切ったも同然です」
マリナは首を振って、そして一人一人、目の前の騎士たちを見つめた。
「でも、あたしがいなくても、フォンティーヌ騎士団には皆さんがいます。皆さんなら、きっと大丈夫です。ママと共に戦い、そして最強の騎士団として恥じぬ活躍をしてください! あたしは楽しみにしてます!」
「……! はい!」
騎士たちは全員、マリナに対して敬礼した。
美しく強かった、団長の娘に対して、心の底から敬意を払ったのだ。
「……その、ママは」
不安そうに言うマリナの肩に、俺はそっと手を乗せる。
「大丈夫」
ここ数日で、ナツミの人となりはわかったつもりだ。
「あの人は来るよ」
どうしようもなく娘を愛している、不器用な人なだけだから。
「そこを通してもらえる?」
「……!」
騎士の群れの奥の方から、凛とした声が聞こえてきた。
騎士たちの群れが割れ、真ん中に道ができる。
そこから来たのは、ナツミだった。
「ママ……!」
「マリナ。これを」
ナツミは手に持っていたものを、マリナへ差し出した。
「これって……」
「餞別よ」
それは、一振りの、刀だった。
騎士の使う、両刃の剣ではない。
侍が腰に差す、片刃の刀。
マリナがゆっくりと鞘から抜く。
現れた美しい刃が陽光を反射した。
一目見ただけでわかる。この刀は、ただの刀じゃない。
「300年前の名刀『桜花』」
ナツミは静かに告げた。
「今日からの、貴方の刀よ」
「……!」
その名に、周囲の騎士はざわめく。
「桜花って、一振りで山を割ったって言われる伝説の侍の刀じゃないか!?」
「売ったら屋敷が買える名刀中の名刀だぞ!」
「ど、どうして団長が侍の刀を……?」
騎士たちのざわめきが、耳へとこだまする。
マリナが呆然と手元の刀を見つめた。
「……これ、1週間で手に入れられるものじゃない、よね?」
ナツミは、少しだけ視線を逸らした。
「……そうね、手に入れるのに苦労したわ。何ヶ月もかかって」
「……!」
「でも、手に入れたのは最近よ。試し切りもしたから、本物なのは間違いないわ」
「ということは、ずっと前からあたしに、渡すために……?」
「……さあ?」
ナツミはそっぽを向いた。
「こ、こんな刀受け取れないよ! あ、あたしまだ駆け出しで……! この刀に見合う強さなんて……」
「いいえ。貴方には、その刀を持つ資格が十二分にあります」
マリナの言葉を、ナツミは強く否定した。
「貴方は、最強の母との勝負に勝ったのですから」
「……!」
「いいですかマリナ」
ナツミの瞳が、真っすぐ娘を見つめた。
「騎士団を捨てて夢を叶えるのです。中途半端な侍になることは、私が許しません」
ナツミは潤んだ瞳で、娘に対して語りかける。
騎士団長として、そして、親として。
「世界一の侍になりなさい」
「……!」
感極まったマリナの目から、涙がこぼれ落ちてきた。その涙を拭って、力強く桜花を抱く。
「はい!」
その返事を聞いて、ナツミは少しだけ笑った。母が、娘に見せる、穏やかで、優しい笑顔だった。
「……」
ナツミの瞳が、マリナから俺へと移る。
「娘を、よろしくお願いします」
「……あぁ」
俺は笑顔で返すと、ナツミは満足したように、頷いた。
「さぁ、出発の時よ! 侍、マリナ・フォンティーヌ!」
フォンティーヌ家の門が、ゆっくりと開かれた。
騎士たちの拍手が、一斉に響き渡る。
「貴方の歩みは、ここから始まる!!」
「……! はい! 行ってきます!」
俺たちは、歩み出した。
騎士たちの姿が見えなくなっても、万雷の拍手だけは、いつまでも背中を追いかけてきた。




