5話 おちんちんランド
ー◆不審者視点◆ー
僕は僕のスタンド(そばに現れ立つもの)の有用性を説き、あとこれ多分精神分裂病みたいな病気だと思うし、自分じゃどうしようもないことも訴えて一応認知して貰った。
「佐藤さんはどのように過ごしていたのですか?」
さっきから思ってたが、異世界で奇跡的に再会を果たした反応としては若干態度がおかしい。
どこか焦って見える。
表情がやや硬いし、話の区切りのテンポが妙に早い気がする。
何か問題でも起きているのだろうか。
「うん、えっとね……。私は初日に町に入れたから。門で色々あったけど、何とか無事に入れた。でも言葉も通じないし、お金もなくて途方に暮れてたんだけど。色々あって、親切な人達が助けてくれてね、言葉も教えて貰えたの」
「なるほど。それは良かったですね」
イイ笑顔をしている。なかなか幸先のいいスタートを切れたようだ。
僕なんか遭難して餓死しかけたり、ゴブリンさんに襲われたりしてたのに。
「うん、本当に優しい人達で。……それでね、ずっとお世話になる訳にはいかないから、最初は山で薬草とか取ってお金を稼いでたの。それで、色々勉強して魔法も使えるようになって、もっと沢山お金を稼ぐために冒険者の仕事もするようになったの」
「なるほど」
魔法が気になるが、話が逸れるので今は置いとこう。
「それで、今はなんとか生活できてるんだけど……」
「はい」
言葉を探している。視線も何かを探すようにあちこち動いている。言いにくい話でもあるのだろうか。
「あのね、山田。その……、えっと、オークの巣を探すのを手伝って欲しいの」
「はい?」
唐突な話題の転換である。
「どういうことですか?」
「私達がここに来る少し前から、オークの数が増えて被害が多発してるらしくてね。どこかに巣があるはずだから、 そこを見つける手伝いをして欲しいの」
「なるほど」
あいつら無限湧きするもんな。
異種姦レイプしてたし、どっかから町娘とかエルフとか女騎士とか攫って、巣で苗床にでもしてるんだろう。
「ゴブリンは問題ないのですか? 山ではかなり多く見かけたのですが……」
ゴブリンさんも無限湧きする。
どっちも異種姦レイパーだし、放っておいて大丈夫なんだろうか。
「えっとつまり、オークの勢力が増したせいで、ゴブリンの掃討に手が回らないんだって。結果的にどっちも増えちゃってジリ貧みたい」
「オークとゴブリンは争わないんですか?」
生存リソースが有限である以上、数は自然に吊り合うと思うのだが。
「別に味方じゃないらしいし、食糧狙いで争うこともあるみたいだけど、ここは山の恵みが豊富で争う事もないみたい。それに生態がほら、どっちも雄しか居ないから……」
「なるほど……」
つまり種の保存上、肉便器を常に欲しているので、積極的に種族人間を狙ってくるらしい。
結果的に人間対モンスターの構図となり、現在は人間側が負けている訳だ。
「ゴブリンは増えても割となんとかなるみたいだけど、オークって戦える人が限られてるらしいんだよね。少なくとも初心者向けじゃないみたい。町やギルドとしては先に厄介な方を一気に叩く考えなんだと思う。巣を見つけたら軍に討伐をお願いするとか、そんな話してた」
「なるほど」
「巣の場所と規模を特定して、ギルドに報告するまでが今回の仕事ね。今回は被害が大きいらしくて、同じ依頼でもう何組も冒険者を送ってるらしいんだけど、帰ってこない人も多いらしくて。それで賞金が積み上がって、報告者にはかなりの報酬金が出るみたい」
「それは嬉しいですね」
山なら僕のテリトリーだ。
もちろん油断はいけないが、山で見た冒険者さん達の事を考えると結構な優位があると思う。
何日だって潜れるし、勝算は高いと考えていいだろう。
それで大金が出るなら是非狙いたい。
僕だって文明的な生活が恋しかった。
おいしいご飯が食べたいし、安全な宿の柔らかいベッドで安心して眠りたい。
今まではお金を稼いでも使う機会がなかったが、異世界トークが可能なメスショタおじさんがいれば話は変わってくる。
少し聞いた限りだが、現地人と区別できないくらい流暢に話している。
もちろん彼等からしたら、細かいイントネーションが違ったりするのだろうが、少なくとも僕には区別ができない。
「是非参加させてください」
「うん、ありがとう」
会話が途切れる。
こちらを見ながら、口を開いては閉じてを繰り返している。
喉に何か挟まったような表情だ。
まだ何か話があるのだろうか。
「……どうかしましたか。何か言いづらい話でも」
「えっとそれで、その、わ、私、宿屋のおじさんに借金があって」
「……はい?」
「なんとか稼いでお金を渡してたんだけど、ひと月前に泊まってた借用書だって言われて」
「……」
雲行きが怪しくなってきたっていうか、あまり聞きたくない話になってきた。
「お金は稼いでたから、泊まってた分は払ってたんだけど、利子があるって言われて……。でもそんなの初めて聞いたし、それに額がおかしくて」
「……ええ」
「それで、お、おじさんは怖いし、何度も何度も迫られて、他の人に相談しようとしても怖くて、誰に相談したらいいのかわからなくて……」
疲れ切ったご様子のメスショタ。
余りに弱々しく、涙も涸れたような様相である。
「……なるほど」
要するに姫プレイの弊害である。
コイツは八方美人のうえ内弁慶なので押しに弱い。
まあ見た目通りなのだが、そりゃコイツもそうなるよな。
パッと見ワンパンで殺せる小学生の幼女だし。
しかも少年期から青年期にかけて、この見た目で男として育っている。
人は外見や属性に縛られるものだ。
これで強気の性格に育てと言う方が無理のある話だろう。
女装SNSやっていなければ、今より弱気な性格に育っていたに違いない。
察するにコイツ、町では女性として振る舞っていたのだろう。
そういえばゴスロリだったもんな。
さぞ住民の目も引いたのだろう。
最初から性別を誤解されて、会話も儘ならないうちにカミングアウトのタイミングを逸したに違いあるまい。
手に取るようにわかる。
連れの冒険者2名とのやり取りから察するに、コイツも姫プレイをそれなりに楽しんでいたようである。
男性として過ごすよりよっぽど過ごしやすいんだろうし。
流れを見るに宿屋のオッサンは、最初からメスショタの身体目当てだったのだろう。
借用書で縛って、お手軽肉便器にする腹づもりだったに違いあるまい。
コイツにオマンコは搭載されていないが、ケツマンコは標準装備されている。
オッサンの性癖にもよるけど、コイツが初釜を散らす可能性は十分にあり得る。
仮にそれを避けれても、借金のカタに売り飛ばされるのは自明だ。
メスショタは多大なストレスを感じて過ごしていた筈だ。
それでいて頼れる相手が居ないご様子。
話からして、他の大人に頼れば今度は借しを作ったそいつに漬け込まれると思っているのだろう。
まあ無理もない。
今回のようなケースで頼れるのは、強面の男や法に明るい者だろう。
どう考えても地雷だ。
不特定多数の前で姫プレイするのは、僕の知る限りコイツにとって初めての経験だった筈だ。
なるべくしてそうなった。
どうしようもあるまい。
つらつらと思考し自分なりに状況を整理してみる。
なるほど、なかなか追い詰められているようだ。
「状況は逼迫しているようですね。僕は何をすれば?」
「その、依頼を受けるにはギルドで手続きが必要で、山に入る準備もしなくちゃいけないから、その、中についてきて欲しいの」
「……」
勘弁してほしいのだが。
「わ、私おじさんからずっと逃げてて。も、もういつ連れ込まれるかわからないの。最近なんか冒険者の人の目もおかしくて……。や、山田、お願い……」
すがるような目をしたメスショタおじさん。
知らない人がみんな、僕のこと知っている町とか絶対に入りたくない。
でももう、とてもじゃないが断れる雰囲気じゃなかった。
ー◆メスショタ視点◆ー
驚いた様子の門番に貨幣を支払い、コミュ障の入門証を渡してもらう。
そのままコミュ障を連れて門をくぐると、町のざわつきが一瞬鎮まるのがわかった。
声の鎮まりが波紋するに従って、ドミノ倒しのようにこちらを見る視線が増えていく。
やはり注目されているようだ。
あちこちから痛いくらいに見られているのがわかる。
次いでボソボソと囁き合うような騒めきが拡がっていった。
こうなると予想はしていた。
こちらに集中する視線を素通りして、ギルドへ足を進める。
コイツの風貌は知られているし、町の住人はおおむねコイツに好意的だが、どうやって話掛ければいいのかわからないのだろう。
遠巻きに眺めてヒソヒソと話すだけで、こちらには近寄ってこない。
何しろ今まで誰に対しても、頑なにコミュニケーションを取らなかった男である。
コイツは間違っても注目されて喜ぶようなキャラではない。
町へ同行するよう頼んだときには、血の気の引いた顔になっていた。
申し訳なくなって思わず声を掛ける。
「山田、大丈夫?」
「ええ」
顔を見上げると、無表情に視線だけがギョロギョロと動いている。
暗いフード越しにも、表情筋が強張っているのがわかった。
緊張で歯を食いしばっているのだろう。
顔はやはり青白い。
久しく見なかった、高いストレスに襲われている兆候である。
全く大丈夫ではなかった。
慌てて袖を引き、足を速めてギルドへと急ぐ。
ー◆ー
ギルドへ入ると、鋭い視線が私達に集まった。
ギルドはテンプレに従って酒場でもあり、今日も大勢の男が昼間から管を巻いていた。
私が噂の男を連れているからだろう。
強面の男達の品定めをするような、ねっとりとした視線が舐めるように私達に集中する。
「ッ……」
声にならない声を上げ、思わずコミュ障の袖口を強く握った。
私だけならここまで注目されなかった。
コミュ障がコミュ障だったのが原因で起こり得た注目だが、この件でコミュ障を矢面に立たせる訳にはいかない。
コイツは私の為に、テンパるのを承知でついてきてくれたのだ。
気を引き締め、掴んだままの袖口を引き、カウンターに向けゆっくりと進む。
職員は噂の不審人物の姿に驚いていたが、構わず手続きを進めた。
必要書類にサインをし、コミュ障の分は私が代筆をする。
職員はコミュ障に何度か声を掛けたが、私の存在が幸いしたのかコミュ障は社会性を発揮し身振りで英語わからないアピール、私も奴が言葉が解らないことをやんわりと伝えた。
手続きを終えると脇目も振らず出口へ向かう。
視線が痛い。
変に絡まれない内に脱出しなければ。
『おい』
掛けられた声から少し遅れて袖口がつっぱり、コミュ障の足が止まったのがわかった。
振り返ると、1人の冒険者がコミュ障の肩を掴んでいた。
そいつは私が冒険者を始めた当初から、私の事をニヤニヤとねちっこい目で見ていたチンピラのテンプレのゴリラ役みたいな強面の男だった。
態度も見た目に相応で荒っぽく、怖くて今まで近づいたこともない。
あまりの恐怖に身体が強張るが、コミュ障を頼る訳にはいかない。
一度歯を食い縛り大きく息を吸って、なるべく友好的に見える笑顔を作った。
『あの、すいません。彼は異国人で、こちらの言葉がわからないんです』
声は震えてはいなかったと思う。
『あぁ? いいから来いよ』
一蹴されて笑顔が引き攣る。
こういう人種は本当に苦手で、対話を続ける気持ちがみるみる萎んでいった。
そうしていると、ゴリラのような冒険者の陰から、こちらに近づく人影があった。
ゴリラ顔の冒険者とよくつるんで、ギルドで出くわすたびに、同じくニヤニヤと私を見ていた、バタフライナイフ舐めてそうな風貌の冒険者だ。
見るたびに、昼間から酒を飲みカード遊びを興じていた、生粋のチンピラである。
ニヤついて現れたチンピラが、私の腕を掴もうと手を伸ばす。
全身が硬直した。
乾いた音が響く。
「…………?」
目の前でチンピラが前屈みに崩れ落ちた。
何事かと思いコミュ障の方を見ると、奴は変なポーズで固まっている。
私は何となく事態を察した。
コイツは緊急時の反応が異常に素早い。
他人に手を出したことは無いはずだが、山籠りするうちに何かが変わったのだろうか。
対人能力に於いては何の成長もないので、今もどうしていいかわからなくなって固まっている。
コミュ障の陰には呆然とした表情のゴリラ冒険者。
奴の手が、固まったコミュ障の肩から離れていた。
もう会話を続ける気にはなれない。
『ごめんなさいっ!』
『あっ……、おいっ!』
コミュ障の袖を強引に引っ張って戸をくぐり、門へ向けて全力で走る。
「走って! 門に向かって!」
町の出入り口である正門には、確実に自警団である門番が居る。
あそこに辿り着けば無茶な真似はできない。
『待てコラァ!』
間を置いて激昂したゴリラが二足歩行で追いかけてきた。
なぜこうなるのか。
なんの生産性のない追いかけっこが始まってしまった。
必死になって走るが、多少鍛えたとはいえヒョロガリで貧弱な私は、少し全力で走っただけであっという間に息が上がってしまった。
呼吸がハッハッと大きく短くなり視界が狭くなる。
全身が熱く、汗が吹き出す前兆を感じる。
背後の唸るような声が近づいてきている。
「失礼!」
コミュ障の腕が素早く胴に伸び、抵抗する間もなく小脇に抱えられた。
めっちゃ速い。
顔面に風が叩きつけられ、ゴリラの鳴き声がみるみる後方へ遠ざかっていく。
抱えられた私はくの字になって目を瞑り、暫くのあいだハァハァとあえいだ。
今頃汗が吹き出してくる。
危地からの脱出に安堵を覚え、風が熱を持った顔に心地よく、汗をぬぐって前を見上げた。
高速ですれ違っていく人々は、私達を怪訝そうな目でガン見している。
時々目が合った。
変な人を見る目をしている。
不審者情報に、私も追加されてしまったな。
ー◆不審者視点◆ー
門番さんにメスショタが事情を説明し、僕が手を出したことに関して注意を受けた。
わざとじゃないけど、言い訳にはならないので、素直にごめんなさいする。
メスショタおじさんの説明では、こうして自警団に事情を説明することで、今後僕達やメスショタの関係者に何らかの被害が及んだ場合、真っ先に先程のチンピラが疑われるようになるそうだ。
チンピラにも注意というか警告がいくようで、それによって事態の鎮静化を図るらしい。
ちょっと気になって、メスショタに借用書に関して自警団に相談できないか聞いてみると、既に相談したらしいが、ちょっと難しいとかそういうことを言われたらしい。
よくわからないが、民事不介入みたいなもんだろうか。
出発の準備も碌にできなかったが、一応メスショタも最低限の装備は持っているらしい。
このまま出発するかはともかく時間を置きたかったので、とりあえず僕の拠点に向かう。
チンタラ歩きながらダラダラと会話する。
さっきはお互い身の上話をだいぶ端折ったので、もう少し突っ込んで色々訊いてみよう。
「しかし本当に流暢にお話されますね。結構苦労されたんじゃないですか?」
「それは全然。周りの人達がすごく親切だったから。小さい子達が色々教えてくれてね、仲のいい友達もできて、だから言葉は自然に覚えちゃった」
目を細めて微笑むメスショタ。
コイツが地頭良いのもあるのだろうが、どうやら環境が良かったらしい。
いい出会いに恵まれたのだろう。
「ではギルドでは? その……、僕が原因でもあるのでしょうが、先程はとても穏やかな雰囲気ではありませんでした」
「それは….」
なんだろう。
「つい最近まで、あんなんじゃなかったの。そりゃ中には変な人も居たけど。何も知らなかった私に良くしてくれて。冒険者の話とか、魔法のことも沢山教えてくれたの。なのに……」
メスショタの表情がみるみる曇っていく。
最後には俯いてしまった。
「最近まで?」
「なんか急に、親切は親切なんだけど、何ていうか目の色が変だし、ニヤニヤして見てくるし、なんで……」
「…….…」
ちょっと考える。
「なるほど」
恐らく宿屋のオヤジが原因である。
何処からか漏れたのか知らないが、コイツとオヤジと揉めてたのは僕も聞いたし、そんな事してたらどっかから話が漏れてもおかしくない。
コイツの肉便器化計画が、冒険者間に流出した可能性がある。
ギルドの連中は見るからにチンピラの寄せ集めだし、コイツに優しくしてたのは元々下心があったからだろう。
情報を耳にした冒険者がオヤジに詰め寄り、有料で便器を貸す流れになるのは想像に難くない。
そしてチンピラは武勇伝と自慢話を語るのが大好きだ。
万引きを自慢話として語るゴミの思考回路と同じであり、その手の連中に遵法意識や倫理観を期待するのは間違いだ。
便器自慢に噂が流れ、我も我もとオヤジに詰め寄り、宿屋のオヤジの愉快な有料公衆肉便所がオープン予定となった運びだ。
ちょっと覗いてみたいよな。
それなら態度が豹変したのも納得できるよな。
みんなの共有便所という認識が蔓延して、それが態度に出るのだろう。
今は露骨に性的に見られてるんだと思う。
つらつらと頭を回していると、メスショタがじれったそうに僕の身体を揺すった。
「山田? あの、なにかわかったの?」
「ええとですね……」
気忙しげに見上げてくるメスショタ。
これはどう言えばいいのかな。
チンピラに性的な目で見られてる事は一応気付いているんだろう。
そうでなければ、自分が何か嫌われるような事でもしたのかと先程言っただろう。
コイツはそういう思考をする。
そもそも相手は一目でチンピラだとわかるような風貌の相手だし、何故コイツはチンピラを信用したのだろう。
……ああなるほど。
絵に描いたようなチンピラをコイツが信用したのは、相手が下心を隠していた事もあるだろうが、そもそも人を疑えるような余裕など無かったからだろう。
コイツは当時、言葉も常識も違う、生活基盤も何もない環境にいきなり放り出され、どうしていいかわからなくて本当に不安だったのだろう。
そんなとき、周囲から親切にされ、それをコイツは本当に嬉しくて感謝していたのだ。
今までの表情を見ればそうだとわかる。
ただ全員が善人ではなかった。
一度信用した相手を再び疑うのは難しい。
コイツが懐いた事で、他のチンピラも群がるのは想像に難くない。
コイツが冒険者は安全だという認識を刷り込まれても不思議な状況ではない。
理由もわからず態度が変わればそりゃショックなんだろうが、コレ言っていいのかな。
コイツ一応成人超えてるんだよな。
君を助けてくれた大勢の人達は、君に便器としての役割を求めているんだよ、とか言えばいいのか。
「すいません。僕からはなんとも……」
すげえ言いにくいぞ。まあ追々話していこう。
ー◆メスショタ視点◆ー
「……」
現在やや昼過ぎ、コミュ障の拠点だという場所に私達は居た。
生活に必要なのだろう。
すぐそばに川が流れており、せせらぎの音が耳に心地いい。
竈と積まれた薪。
樹木にハンモックを組んで、その上に獣の皮だろう、枝を骨組にして屋根まで設置していた。
ハンモックを吊った樹に荷物も吊るしているのは、動物に荒らされるのを防ぐ為だろう。
周囲からは微かにミントの匂いが漂っていた。
私達は竈の近くで腰を下ろしている。
コミュ障が手頃な岩を抱えてきて、そこに獣の皮を敷き、椅子を作ってくれたのだ。
「本当にここで生活してるんだね……」
「ええ。今では結構快適に過ごしていますよ」
そう言うホームレスは、竈に薪を組んでいる。
私は地面にハンカチを敷き、昼食として持ってきたパンと干し肉、レーズンを鞄から取り出す。
水筒には薄めたワイン。
これが野外での冒険者の基本的な食事と教わった。
これで活動に必要とされるエネルギーは摂れるので、あとは個々人の好みで何か持つらしい。
私はお金があまりないので、嗜好品には手が回らない。
*★*
拠点に向かう道中、奴は突然スルスルと木に登り、果物と、何故か蛇を捕まえてきた。
昼食というか、間食にするという。
ちょっと待ってて下さいと言うと、ナイフで首を切り落とし、血を抜くのもそこそこに皮を剥き、肉を水筒の水で洗う。
血の匂いを残したくないそうだ。
「本当は皮も持って帰りたいんですが」
聞くとなめしに必要な、タンニンの代わりになる植物を探しているらしい。
そりゃあ噛んで皮をなめすのは大変な手間だろう。
ギルドは冒険者として必要な、基本的な知識が得られるよう本や資料も置いてある。
この時代に於いて紙は高級品のようで、職員の監視付きだとは思うが、閲覧ができるはずだ。
紙を汚すのが怖くて私は利用したことはないが、字が読めない冒険者成り立ての子が、職員に代読して貰っていたのを見たことがある。
閲覧料は必要だろうが、恐らく私でも手が出せるだろう。
なめし革を作るのに必要な素材なら、需要の関係から載っている目算は高い。
奴にこの話をするととても喜んでいた。
あまり表情の変化はないが、些細な声の調子などでそれが伝わってくる。
肉も皮もギルドに持ち込めば多分現金に換わるだろうと思ったが、それを言う気にはなれなかった。
*★*
奴が蛇を焼いている。
淡白な見た目で、剥き身は魚にも似ていた。
枝にグルグルと巻きつけた蛇の肉はテラテラと汗をかき、焚き火に滴り落ちた肉汁がジュウと音を立てる。
この三ヶ月、ギルドか宿屋で出た貧弱な食事しか食べてなかった私には刺激的過ぎる。
今食べてるよりもっと硬いパンにスープを朝晩の2回。
活動日でなければそれが全てだった。
私がよほど物欲しそうな顔をしていたのか、奴がとても申し訳なさそうな表情をする。
コイツは基本表情筋が死んでいるが、気の知れた相手か、社会人ムーブしてるときは必要に応じて表情を動かす。
緊張してる時は顔面に力が入り過ぎて、逆に表情筋が死んで見えるのだ。
見慣れると区別がつく。
「あの、本当に申し訳ないのですが……」
話によると、どうやら何度も腹を壊し丈夫な胃腸を手に入れたらしい。
私が食べて大丈夫かどうか自信がないという。
余りにも間抜けな面を晒してしまった事実と、目の前のご馳走を食べられないショックで二重に落ち込む。
自分の用意した食事が不味いのもそれに拍車を立てた。
パンは硬く、干し肉は塩辛いだけで旨味などなく、レーズンは甘さより酸っぱさのほうが際立った。
仕方なく機械的にモソモソと食べ進める。
コイツの方が明らかに良いもん食ってるよな。
そう思って半目で睨んでいると、なにか考えを改めたのか、肉と果物を差し出してきた。
「あの、恐らくこれらは佐藤さんが口にしても大丈夫だと思います。決して確約は出来ませんが」
気を使われてしまった。
卑しい事は自覚してるが、嬉しくてすぐに受けとる。
換わりにクソまずいメシを、テーブル代わりのハンカチごと渡す。
蛇肉をかじる。
少し冷めたが、まだ十分に熱さを保った肉は当然のようにうまい。
想像通りやはり淡白な味だが、塩辛い干し肉に辟易していたので薄味の味付けも気に入った。
夢中で食べたので、結構な量がすぐに無くなってしまった。
「これは、なるほど……」
奴は何やら神妙な顔つきで、堅いパンに挑戦していた。
とりあえず全部食べてみることを目標にしたらしい。
果物もいただく。
ナイフで皮を剥いてかじる。
とても瑞々しくて、経験したことのない味だったが、強いて言えば甘味の薄いラフランスに青臭さを足した味だった。
問題なくうまい。
満足して一息ついていると、奴は干し肉に顔を歪ませながら、おもむろに話し始めた。
「佐藤さん、これはあくまで僕の推測なのですが……」
ー◆ー
「……」
脳がクラクラする。
いや待て、冷静になれ。
考えを整理しよう。
宿屋のジジイの借用書は、今の私の収入では奴隷契約書に等しい。
実際何度も借用書を振り翳し、私に関係を迫った。
身の危機を感じた私は、逃げる算段を立てる為にギルドに貼られた地図を頭に叩き込み、夜逃げの準備を進めていたところだった。
ただ、逃げたところで先立つものはなく、二の足を踏んでいた。
そこに冒険者が絡んでくるとは思いもしなかった。
視線の意味に腑が落ちてゾッとする。
品性下劣なあのジジイと同じ手合いが増えるのは恐怖しか感じない。
しかも相手は暴力が日常の冒険者だ。
恐怖から身体が震え、無意識に身体を掻き抱く。
「山田、どうしよう。もうあの町に入れない……」
「この際オークの事は置いておきましょう。身の安全が第一ですから。佐藤さん、他の町へ逃げる事は可能でしょうか?」
「えっと……」
頭の中の地図を取り出す。
ついでだし地面に描いてみよう。
その方がコイツもわかりやすい。
足下にあった枝を手に取る。
「これがあの町で、この山がここにあって……」
ー◆ー
地図を見ながら色々話した結果、町から見て、今居る山の向こう側にある町に行く事になった。
向こうでもオークの被害が出ていて、同じ依頼が受けられるようなのだ。
山道を移動すれば、ホームレスの食糧調達が容易であるという理由も大きい。
川の配置も地図に載っていたのでおおよその位置はわかる。
飲み水の確保もそれで問題ないだろう。
「……えっと山田、じゃあ当面は向こうを拠点としてお金を稼いで、貯まったら借金を返しに行くっていう方針でいいんだよね?」
「……」
「山田?」
明後日の方向を向いている。
一瞬また幻覚を見ているのかと思ったが、何か考えているようだ。
奴はしばらく黙考したのち口を開いた。
「考えたのですが、踏み倒しても問題ないのでは?」
コイツ凄いこと言うな。
「話を聞く限り、佐藤さんは正規の料金分は支払っているのでしょう?」
「うん、でも利子があるからって」
「言葉の通じないあなたに店主が泊めると言い出して、ただしそれは利子付きだと言って、あなたはそれを了承したんですか? 違いますよね? 町の住人は佐藤さんの事情を知っているのですから、店主の言う理屈が通らないのは誰が聞いてもわかる話の筈です」
まあ正論だが。
「……」
「これは推測なので確認が必要ですが、このようなケースでは領主や町長が出張るのではなく、あくまで個人間の取引として見做される筈です。自警団が介入しないのはそのような理由だと思います。当事者同士で解決しろという事でしょう。ですから、取り立てる側は必要な取り立て能力というものが求められます。借用書の正当性と、取り立てを担保する暴力です。この場合店主にはどちらもありません」
やけに詳しいなコイツ。
「う、うん」
「借用書にサインがあろうと同じ事です。正当性無いのは明らかですから。佐藤さん、親切にしてくれた方々と言うのは冒険者だけでは無いのでしょう?」
一緒に薬草取りをした子供達や、その親御さん。
言葉も話せない私を、何かと気に掛けてくれたおじさんやおばさん。
仕事仲間の冒険者の女の子達。
他にも沢山の人にお世話になった。
彼等は何も変わらない。
困り果てた私を、何も聞かずに匿ってくれた事も何度もある。
揉めている事を知ってか怒ってくれた人もいたが、その人達にこれ以上迷惑をかけるのが嫌で、ちょっと困っているだけだと何でもないように振る舞ってしまった。
コミュ障を頼ったのは、気心の知れた相手だからというのもあるが、町の住人ではないからという理由が私の中では一番大きいと思う。
「うん」
「わかりました。どうも話を聞いていると、田舎娘を騙して喰い物にしている小悪党のイメージしか湧かないんですよね。正規料金は支払ってる訳ですし、店主は損をしていないのですから、大っぴらに騒いでも彼にメリットがありません。騒ぎが大きくなった結果、本格的に自警団に介入されたらまずいと彼は考えるでしょうから」
「……なるほど」
なんか何とかなりそうな気がしてきた。
「ですから、佐藤さんは毅然としていれば問題ないんですよ。料金は支払った、そんな契約はしていないと言うだけでいいんです」
「…………」
コイツの口から出る毅然という言葉に、こんなに違和感を覚えるのは何故だろう。
コイツこんだけ口も頭も回るのに、高校時代といい今回といい、どうしてあんな事になるんだろう。
特に今回は本当に酷い。
町に入れて貰う目的でヒーロームーブしておいて、目立つのヤダから入りたくないって顔してた時には、自分の都合ながらなんだコイツってちょっと思った。
でもコイツの話を聞いて、頭の中が整理された。
怖くて怖くて頭の中が、ずっと逃げる事でいっぱいだったのだ。
戦う気持ちが湧いてくる。
「町を去るのも選択肢のひとつでしょうが、僕としては一度町へ戻って、早いうちに借用書をどうにかした方が宜しいかと思います。勿論僕もついていきますから」
青白い顔でそう言うコミュ障。
あんだけテンパる癖に、当然のようについてくると言うコミュ障は本当に良い奴だ。
ちょっと目が潤んじゃうぜ。
「ありがとう、山田……」
「いえ、佐藤さんは何も悪くありませんから。気にしないで下さい。しかしどのように動くしても手順を詰める必要があります。佐藤さん、必要な情報を一度共有して……」
サイコさんが唐突に宙を睨む。
一瞬わからなかったが、奴のスタンド(立ち向かうもの)が反応したのだろう。
「モンスター?」
「いえ、あの……、そうですか。どうやら人のようですね。3人こちらに向かって来ているようです」
空中の存在しない見えない人と会話しながら、剣の柄に手を掛け立ち上がるサイコさん。
釣られて私も杖を手にして、サイコさんの視線の先を睨む。
しばらくして、ガサガサという音と共に、人影が私達に向け近づいてきた。
『……やはり、あなた達でしたか』
爽やかイケメンと、その取り巻きが姿を現した。
ギルドでも色々な意味で有名な連中である。
見た目に負けない高い実力のパーティで、ギルドでは硬いパンを齧る私を尻目に、高そうなメシをいつも注文していた。
いけすかないリア充のテンプレみたいな連中である。
一方こちらは借金持ちの貧乏人と浮浪者のコンビだ。
私達に勝ち目はない。
隣の童貞は、イケメンを目にして露骨にテンパり始めた。
友好的な笑みを浮かべ、こちらに近づくイケメン。
リア充が底辺に何の用だよ。




