14.
「建国祭、ですか?」
「あぁ」
シャルル殿下はそう言って頷いた。
更に月日は流れ、ここへ来て一ヶ月が経とうとしていた。
陛下の逆鱗に触れてしまったあの日以降、城を出ろとまで言われた私はどうなるかと思ったけれど、シャルル殿下は「大丈夫」と言ってくれて今に至るため、その件は殿下が何とかしてくれたのだろう。
―――私、シャルル・クラヴェルは、この命に代えて貴方を守ることを、ここに誓います。
(っ、今思い出すなんて……)
最近の私は変だ。
あの日……、彼が私に誓ってくれた言葉とその表情が頭から離れないでいるのだから。
「リリィ、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です。 続けてください」
私の言葉に、彼はそのまま話を続ける。
「建国祭には本来、皇太子もその妃にも仕事があるんだが……、今回はなしになった」
(そうよね)
私は皇太子妃として陛下には認められていない上、結婚式もお披露目式もしていない“仮”の皇太子妃。
妃教育こそ受けているものの、私の立場は宙に浮いている状態なのだ。
(彼に協力するとは言ったものの、期間限定の、しかも名ばかりの皇太子妃の意味は一体)
そんなことを考える私に、シャルル殿下は言った。
「建国祭は二週間後に開催される。 私も陛下に盾をついた結果、お役御免となった。
……そこで提案がある」
「何でしょう?」
私は首を傾げれば、彼は少し身を乗り出すようにして尋ねた。
「その日を一日、私にくれないだろうか」
「え?」
「建国祭の日は妃教育も休み……、つまり君も私もその日は休みだ。
折角だからその日一日、私と共に過ごす時間をくれないだろうか」
「!」
そう尋ねる彼の顔は、心なしかほんのり顔が赤いような気がして。
その言葉の意味をようやく理解した私は、恐る恐る尋ねた。
「……つまり、建国祭当日、私と一緒にいたいと……?」
「そ、そういうことになる」
そう彼は呟くように言うと、ふいっと顔を逸らした。
(……どうして?)
そんな彼に対して疑問を抱いたものの、こちはも断る理由がない。
「良いですよ」
「!」
私の言葉に、彼は驚いたように顔を上げる。
私は「ですが」と言葉を続けた。
「建国祭当日に私と何をするご予定なのか、伺っても?」
「……建国祭は、国を挙げて大々的に行われる催しであるから、その祭りを見に、一緒に城下へ行こうと思ったんだ」
「! 城下、ですか」
「あぁ」
殿下が頷いたのを見て私は思う。
(まさか、殿下の方から城下へ行こうなんてお誘いがあるなんて、思ってもみなかったわ)
実はというと、私は城下へ行きたいと思っていたのだ。 理由は一つ。
この国の民がどのような暮らしをしていて、また彼らは幸せなのだろうかと思っていたから。
(王国から帝国に変わり、戦争をすることで国を強くしてきたこの国に住む人々のことを知りたかった)
だから、殿下の提案は正直願ってもない機会であり、ますます断る理由はなかったため、私はすぐに返答した。
「行ってみたいです、城下に」
「……そうか」
彼はそう口にすると、頷き言った。
「では、二週間後の建国祭当日、昼頃に城下へ向かおう。
当日は服装だけこちらから指定して贈らせてくれ」
「分かりました」
彼の言葉に、私も頷き返したのだった。
「リリィ様、それはデートですね!」
「!?」
侍女のアンナから飛び出た発言に、思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになる。
慌てて堪えたものの、咳き込んでしまいながら何とか口を開いた。
「ど、どうしてそうなるの!」
私の言葉にアンナはきょとんとした顔をして言った。
「皇太子殿下と城下へお忍びでお二人で行かれるのですよね?
それは正真正銘のデートではないですか!」
「デ、デートではないわよ! だ、だって私達の間に、好きとかそういう感情はないのだし……」
「リリィ様は殿下のことがお嫌いですか?」
「べ、別に、嫌いとかでは……」
「それなら良いではないですか。 未来の皇帝陛下と皇妃殿下が仲睦まじくされているのは喜ばしいことです。
ご親睦を深められるためにも、ここは私共も全力でお手伝いさせて頂きますので!」
「ほ、ほどほどにね……」
私の言葉は既にアンナの耳には届いていないようで、他に控えていた侍女達と早速髪型の話をし始めた。
どこか生き生きとしている侍女達を横目に、私は頬を押さえた。
(そうよね、二人でお出かけをするのは傍目から見れば“デート”なのよね!
もしかしなくても、最初から彼はそのつもりで私を誘っていてくれた……?)
だからどこか、彼は緊張していたのだとしたら合点がいく。
(〜〜〜あーもう! それではまるで、彼が私のことを……)
導き出された答えに、私はないないと全力で頭を左右に振ったのだった。
「まあ、そうなんですね」
シャルル殿下とお忍びで城下へ行くことになった旨をレア先生に伝えると、先生はにこにこと笑みを浮かべた。
(うぅ、その笑みの意味は一体……)
内心少し落ち着かない気持ちでいると、レア先生は口を開いた。
「殿下と街を歩かれることは良いことだと思います。
祭りを楽しむことはもちろん、これを機にクラヴェルの国民の暮らしを見てみて下さい」
「! はい」
レア先生の言葉に頷くと、先生は「そうだわ」と手を叩き言った。
「もしお時間があれば、私が勤めている孤児院へいらっしゃいませんか?」
「よろしいのですか?」
「えぇ。 私はその日、孤児院に顔を出しに行こうと思っていたところですし、その孤児院も皇太子殿下が支援して下さっているので、もしご興味があれば是非」
「是非伺わせて下さい」
(シャルル殿下の公務の様子も見ることができるし、この国の孤児院がどのように運営されているのかも興味があるわ)
私の返事に、レア先生は「お待ちしております」と笑みを浮かべて言ってくれたのだった。




