13.
「ごめんなさい」
シャルル殿下に手を引かれて向かった先は応接室だった。
扉を閉め、二人きりになったところでそう口にして頭を下げると、彼は驚いたように口にした。
「どうして君が謝る?」
「……私は、陛下の御不興を買ってしまいました」
彼は私を長椅子に座らせると、自分もその隣に腰を下ろして言った。
「君は何故あの発言をしたんだ。
君なら、陛下の発言をいくらでも躱せたはず。
何故そうしなかった」
その言葉に、私は膝の上でギュッと拳を握って言った。
「殿下の仰る通りです。 ……ですが、私はあの場で自分の心を偽ってまで嘘を申し上げたくはありませんでした」
嘘をつく、ということは、陛下が指示する戦争そのものを肯定することになる。
それを例え一時でも是と唱えることが、前世の記憶を持つ私には出来なかった。
(大切な人を、家族を、民を、傷付けることを認めたくなかった)
「……ですが、それは私の一方的な思いです。 決して最善ではない判断でした。
シャルル殿下のご期待に沿えず申し訳ございませんでした」
シャルル殿下の仮の妃としてここにいるのに、私情を挟んだ挙句陛下に妃とは認めてもらえなかった。
(陛下にはここから出て行けとまで言われてしまったし……、どうすれば良いのかしら)
シャルル殿下には時が来るまでここにいるよう言われているし、と考え込む私の頭にポンと温かな手が乗った。
驚き見上げた先で、シャルル殿下は……微笑んでいた。
(彼が、笑っている?)
初めて見た、彼が笑う姿……、それも柔らかく温かな表情を浮かべているところなんて。
思わず惚けてしまう私に、彼は言った。
「私は怒ってなどいない。 むしろ、あの場で自分の芯を曲げずに意思を貫き、戦争には断固として加担しないその姿勢を好ましいと思った」
「こ、好ましい!?」
その言葉に、カッと頬に熱が集中する。
そんな私を見て、彼は言葉を続けた。
「最初から陛下が君を気に入るとは思っていなかったし、逆に君が陛下に媚を売るような女性であったら、私は妃にはしていない。
だから、陛下に嫌われるというのが私の求める妃の条件ということになる」
「で、では、私の判断で間違いはない、と……?」
「あぁ、正解だ」
「……っ」
「リリィ!?」
張り詰めていた緊張が解けたのか、目からは涙が自然と溢れ落ちる。
彼はそんな私に慌てたようにハンカチを差し出してくれながら「こちらこそ」と言葉を続けた。
「謝るべきは私の方だ。 結果的に君を試すような真似をしてしまってすまなかった」
シャルル殿下の言葉に首を横に振れば、彼は少し息を吐いてから「でも」と口を開いた。
「君ならば、そう言うのではないかと……、私と同じ考えでいてくれるのではないかと、そう思っていた」
「殿下と、同じ考え……?」
彼は小さく頷くと、立ち上がり窓の方へ歩み寄って言った。
「私は、君と同じで如何なる理由があっても戦争には反対だ」
「!」
「……意外、という顔をしているな」
窓に手をつきこちらを見て言ったシャルル殿下に対し、慌てて首を横に振り口にする。
「い、いえ……、ですが、ご家族である陛下があのようなお考えをなさっていらっしゃるのに、それでも考えが違うというのが不思議で……」
「……そうか、君は家族ならば同じ考えではないか、と思っているんだな」
「!」
図星を突かれて思わず息を飲む私に対し、シャルル殿下はポツリと呟くように言った。
「君は、幸せな家庭で育ったんだな」
シャルル殿下はそう言うと、自嘲めいた笑みを浮かべて言葉を続けた。
「残念ながら、私と陛下との間に親子関係というものは存在しない。
……私には母もいないから、家族というもの自体を私は知らない」
彼の口から飛び出た“母”という単語に、思わず反応してしまう。
「……シャルル殿下のお母様であらせられる皇妃殿下は……」
「そうか、君には話していなかったな。
……皆が口にしないことだから」
彼はそう言うと、こちらを見て告げた。
「皇妃である私の母親は、私を産んですぐに亡くなったんだ」
「亡くなった……?」
「それ以上のことは私も知らない。
この話は陛下が頑なに拒むものだから、どうして亡くなったのかも、どんな人だったのかも私は知らないんだ」
「っ、そんな……」
(本当のお母様のことを、何一つ知らされていないだなんて)
思わず言葉を失ってしまう私に対し、彼は言った。
「そんな顔をしなくて良い。 私は会ったことなどないから、別に寂しいと感じたこともない。
だから、君がそんな顔をする必要はないんだ」
(……でも)
彼にそんな過去が……、家族の愛情を受けたことがないなんて知らなかった。
(それに)
「……私は貴方が陛下を嫌うほど、戦争することを反対しているとは思いませんでした」
私の言葉に、彼が少し目を見開く。
(私の記憶にある前世で、私の国に攻め入った時の貴方も、陛下と同じ残忍な方なのだとそう勝手に決めつけていた)
けれどここへ来て、彼と接して分かったことがある。
(前世での貴方が言っていた、“私達を助けたい”という言葉は、本心だったのではないかと)
あの時は信じられなかったけれど、今は。
「私は、貴方を信じます」
「え……」
私は立ち上がると、彼の隣に並び空を見上げて言った。
「貴方から出された“仮”の妃の意味は分かりませんが、貴方の言う“時”が来るまで、私……、リリィ・フランセルは貴方の妃でいることをここに誓います」
「……!」
それは、あの日行われるはずだった結婚式の代わりの言葉。
(そして、これは貴方のことをこれから良く知るための私の決意)
色々な意味を込めてそう言葉を口にすれば、彼は大きく目を見開いたかと思うと、私に向き直り跪いた。
驚く私に向かって、彼は私の手を取ると……、私の目を見て言った。
「私、シャルル・クラヴェルは、この命に代えて貴方を守ることを、ここに誓います」
「……!」
シャルル殿下のその言葉に、表情に目が離せなくなる。
「……それではまるで、貴方が私の騎士みたいじゃない」
照れ隠しにそんなことを呟いてしまった私に対し、彼は小さく笑い、取られた私の手に口づけを落とす……刹那。
―――キィンッ
「「!」」
いつか、どこかで聞いた耳鳴りのような音がした。
また私だけに聞こえたものかと思ったが、彼は弾かれたように顔を上げた。
そして、私と目合わせて大きく目を見開くと、何かを呟いた。
(……今度は、シャルル殿下にも聞こえたの?)
尋ねようと口を開きかけた私だったけれど、その前に彼は立ち上がり、まるで何事もなかったかのように言った。
「もう寝る時間だな。
今日は勉強せず、ゆっくり休むと良い。 部屋まで送ろう」
「は、はい……」
彼に聞ける雰囲気ではないため、その音についての謎は深まる一方だったけれど。
(少しだけ……、彼にまた、近付けた気がする)
そう隣を歩く彼を見て思うのだった。




