15.
建国祭当日。
朝食を食べ終えてからすぐに、お忍びで城下へ行くための準備に取り掛かった。
シャルル殿下から予め贈られた洋服は、今城下で流行りのデザインなのだそうで、袖を通してみると機能性も良くて、新鮮な感じがする。 ブラウスのリボンには花の刺繍が施されており、スカートは茶で肩からの吊りになっていて、お腹の部分は編み上げになっている。
見た目も可愛いその洋服に、私以上にアンナが喜んでいた。
「よくお似合いです、リリィ様。
まさにリリィ様の可愛らしさが引き立つファッションです。
これをシャルル殿下がお選びになったと思うと、さすがよく分かっていらっしゃると思います!」
そう言って、どこか意味ありげに笑う侍女達の姿に、私は「そんな感じではないわ」と口にする。
「私とシャルル殿下は、あくまで城下の視察に行くのよ」
そう、これはデートではなく、皇妃教育の一環のために殿下は誘ってくれたのだから。
(勘違いなんてしていないわ)
「……まぁ、リリィ様ですからねぇ……」
アンナの深いため息と共に吐き出された言葉には反応せず席を立つ。
(今日の待ち合わせは、城の裏口なのよね)
城の正面は、建国祭の式典で多くの民を招くための準備があるらしい。
それに、私とシャルル殿下は妃の件で陛下に怒りを買ってしまったことから、今日の式典での公務はなく、陛下とも顔を合わさない方が良いという判断で、外出しようと殿下が声をかけて下さったらしい。
(それを聞いているんだもの、これがデートだなんて勘違いはしないわ)
そんなことを考えながら待ち合わせ場所へ向かうと、既にシャルル殿下の姿がそこにあった。
「お待たせ致しました」
そう私が声をかけると、彼は手を差し伸べ言った。
「少し早いが、早速城下へ向かおう。 話は馬車の中でする」
陛下の目に触れない内に、ということだろう。
私は頷きその手を取ると、馬車の中に足を踏み入れる。
「お忍び用の馬車だから、少し乗り心地が悪いかもしれない」
「いえ、全く問題ありません」
確かに、外見は以前入国した際の馬車に比べたら地味に見えるけれど、それでも中の造りは豪華なため、長時間座っていても疲れを知らないだろう。
殿下が乗り込み合図をしたところで、馬車は静かに発車した。
(それにしても)
「殿下の護衛はどちらに?」
「あぁ、後方からこちらを追っているから心配はいらない」
「そうですか……」
私はギュッと拳を握った。
(っ、そ、そうよね、侍従が私達と同じ馬車に乗ることなんて滅多にないわよね……!)
今更ながら、馬車の中に殿下と二人きりという空間に緊張してしまう。
でも、と窓の外を眺めている彼を思わず観察してしまう。
(私より殿下の方があまり変装していないような気がするわ)
桃色の髪を隠すために茶のウィッグをつけた私とは違い、殿下は青の髪をそのままに、服装も貴族の服と何ら変わらない恰好をしいる。
そんな私の視線に気付いた彼がこちらを見て言った。
「何だ、何かおかしいか?」
「い、いえ、その、私に比べてシャルル殿下はあまりいつもと変わらないように見えるので……、皇子だとバレてしまうのではないかと思って」
「あぁ、そのことか」
彼は自身の紺の髪に触れ言った。
「私の髪色は特別珍しい髪色でもない。
それに、今日は祭りだから私達と同様他の貴族も城下に来ているから目立ちはしないだろう」
「では、何故私はここまで変装を……?」
「流石に君のその髪色は珍しいから。 念のため、服装も指定させてもらった。
その方が君も気兼ねなく街を探索しやすいだろうと思って」
「あ、ありがとうございます」
私が礼を述べれば、「それと」と彼は言葉を続けた。
「街では“殿下”と呼ぶのは禁止だ。 後、敬語もなしだ」
「そ、それは不敬にあたるのでは」
「心配には及ばない。
私も……、いや、僕もお忍びの際はこのように、いつも別人として過ごしているから」
「……!」
シャルル殿下の言う通り、彼の口調が変わったのと同時に、心なしか雰囲気も柔らかくなった気がした。
その変化に驚く私に、彼は更に私を驚かせる言動を取る。
「今日だけは、僕と君は恋人同士という設定だ。
ほら、僕の名前を呼んでみて、リリィ」
「!!」
そうふわりと穏やかな笑みを浮かべられた挙句、名前を呼ばれて戸惑ってしまう。
そんな私を見て彼は言った。
「一度だけで良いから、僕の名前を呼んで」
(い、いきなりどうしたの?)
いくらお忍びで街を訪れるからと言って、ここまで彼が別人のフリをすることが必要なのだろうか。 いつも向けられている言動と真逆なことに、私の頭はついていかない。
けれど、名前を呼んでほしいと願う彼の顔が、急にどうしたのと笑い飛ばすことが出来ないほど切実に見えるのは、どうしてなのだろうか。
私は意を決して、恐る恐る口を開いた。
「……シャルル」
「!」
そう名を呼べば、彼は目を丸くしたかと思うと……、やがて大きく頷き破顔した。
しかもよく見れば、彼のそのアイスブルーの瞳にはうっすらと涙が滲んでいるようにも見えて。
「ど、どうかしま、いえ、どうかしたの?」
「……いや、何でもないよ。 大丈夫」
彼はそう言って数度瞬きをすると、また笑みを浮かべて言った。
「そう。 今日はそれでよろしくね」
「え、えぇ」
驚きを隠せないながらも何とか頷けば、彼は再度窓の外に目を向けた。
(な、何だったのかしら……)
いつもの彼からは想像もつかない柔らかな雰囲気は、まさしく別人だった。
(まるで二面性があるみたい)
しかも、この心臓に悪い状態が一日中続くなんて!
(今日一日やっていけるのかしら)
城を出発して早々、私は一気に疲労と心配の波がドッと押し寄せた気がしたのだった。




