第3話 少女イリヤ
アルン校外 アパラス山脈麓の森
「それじゃあ始めようか。まずイリヤは8系統の中で使える系統の一番弱い初級魔法を使ってみて」
「分かりました」
イリヤはそう答えると、目を閉じて意識を集中させる。
漏れ出る魔力光が、無色から風の系統を示す緑に変わる。
「我放つは、大気を揺るがす緑の風
『撫でそよぐ風』」
そう呟いたイリヤの周りで、疾風が走った。
自分が思い描いたよりも強かった風に、身体を持って行かれかけるイリヤ。
イリヤの使う魔法が風系統である事が分かっていた時点で、飛ばされそうになるのを予想していたから、腕を掴むことでそれを防ぐ。
エリスとレオンは姿勢を低くし、重心を下げる事で飛ばされないようにしていた。
「大丈夫か?」
「・・・はい。あの、もう大丈夫ですので・・その、手を」
「ん?ああ、悪い」
手を離す時にイリヤの顔が僅かに朱に染まっているように見えたのは俺の目の錯覚だろうか?
今は前と変わらずなので確かめられない。わざわざ聞くのも野暮ってものだろう。
「それで、感想は?」
「想像していたのと全然違いました」
「だろうな」
イリヤの使った『撫でそよぐ風』は本来辺りに微風を吹かせる程度の魔法だ。
初級魔法ということで魔法に込めた魔力が少なかったから疾風で済んだが、魔力の込めようによっては台風や嵐並の風を吹かせる事が可能だ。
そうなるともはや初級の範疇を飛び出して中級並の威力になる。
ちなみに魔法には発動する為に必要な魔力量が決まっている。もちろん、魔力光を使う魔法系統の色に染める必要はあるけど。
そして、込められる魔力に制限は、無い。込めた魔力の量によって威力は変わるが、比例して威力変換効率が悪くなるので、その分余計な魔力を使うことになる。
だから、一流の魔法使い言われる者達は必要に迫られない限りは発動可能な最低限量の魔力で魔法を発動させている。
「さてと、普通の状態とどれくらい違うか分かった所で制御の鍛錬をしようか。ちょっと失礼するよ」
俺はそう言うとイリヤの背後に回り込み、抱きかかえるようにしてイリヤの両手を握る。
「え、あの・・・これは?」
「?・・・ああ、このやり方の方が早く感覚掴めるから。さっきと同じ様に魔法使ってみて」
戸惑いの声を上げるイリヤにそう説明し、さっさと魔力光を風系統を示す緑色に染める。
イリヤは何か言いたげそうだったが、何かを悟ったのか結局何も言わないまま俺の言葉に従った。
レオン達はやれやれ、といった様子でこちらを見ていた。
とりあえず二人の事は無視。
「よし、始めよう」
俺の合図にこくりと頷き、イリヤは『撫でそよぐ風』を唱える。
俺はその最中に魔法の規模や込められる魔力を、握っているイリヤの両手を通して制御する。
そうすることで疑似的にしっかりとした制御の感覚を得る事が出来る。
要は、”習うより慣れろ”と言うことだ。
結果を言えば、無事に心地よい風が俺達の周りに吹いた。
イリヤにはその反復練習を申しつけて離れる。
中々筋は良いようで今はまだ力の制御にばらつきは有るけど、すぐにちゃんとした制御が出来るようになるはずだ。
「僕達も始めるか」
「そうだな。レオンは身体強化の鍛錬をするからいいとして、エリスは何かある?」
「私も、今日は制御の鍛練」
「そっか、僕は・・・新しい系統の中級魔法にチャレンジでもしてみようかな」
「・・・トーヤは本当に規格外(ボソッ」
「何か言った?」
「何でもない、少し向こうでやってくる」
「ああ、気をつけてな」
エリスが俺達の居る所から少し先の場所で鍛錬を開始する。
それに合わせるようにしてレオンの全身が赤茶色の光に包まれる。
最初は陽炎のように揺ら揺らと揺れていたが、出力を制御して一番効率の良い状態にするとそのまま高速スクワットを始めた。
身体強化を使っている為、その速度は目を疑うほどだ。
「僕も始めよう」
そう呟き、俺はその場に座り込み精神集中をする。
ある程度精神が落ち着いたら何処までも広がる茶色い大地をイメージする。
次に、魔力光を土系統の茶色に染めて、その茶色い大地から土を拾い上げて拳大の礫を構成するイメージをしながら詠唱を始める。
「我放つは、大地を形作りし茶色き土
浮遊せし礫、我が意に従い虚空を駆けよ
『群れる礫』!」
詠唱を締めくくると、俺の周りには四つの土塊が浮遊していた。
試しに意識を集中させて四つを動かそうとする。
が、
「ぬ、ぐぉおお・・・何、だこれ?滅茶苦茶、動かし、づらいぞ!」
浮遊する礫はピクリ、ピクリと動きはするが思い描いたようには到底動かない。
「仕方ない、数を減らすか・・・」
四つの内の二つの制御を手放し、ただの土へと戻す。
そして、再チャレンジ。
「お、今度は動かしやすいぞ」
二つの礫は多少のブレはあるものの、大体望んだ通りに動きまわる。
右へ、左へ、交差、回転、二つ同時の不規則運動、様々な動きを練習して制御のコツを覚えていく。
それで分かった事だけど、全て自分の思い通りにしようとするとかなりの集中力が必要となる。
だが、そこに”遊び”を入れると途端に制御しやすくなる。
要は”直進”という指示を送り礫をA地点からB地点へ移動させる時、最初から最後までガッチガチに制御するのではなくA地点で加速させB地点で減速もしくはそのまま突っ切らせるというように途中の制御を緩めることで少ない集中力で礫を操作できるようになるなるのだ。
それを理解した俺は礫の数を2つ増やして、4つ同時制御を試みる。
そうして俺達は各々の魔法鍛錬を消化していった。
☆★☆
「ハイド3よりハイド1、対象には依然動きなし。というより、近くに居る子供がしきりに対象の事を気にしているせいで全く攫えませんよ!それより、あいつら本当に子供ですか?本国の魔導師レベルじゃないですか」
「こちらハイド1、そう焦るな。我が娘の事だから、相手も万全の護衛を手配したのだろう。元々こういう事態は想定していた。それとも魔力酔いでも起こしそうなのか?」
「いえ、それに関しては問題ないのですが・・・あ、対象が動きました」
「了解、対象が完全に一人になるまで現状維持。充分離れたら確保しろ。・・・とちるなよ?」
「もちろんですよ、隊長」
☆★☆
「あの・・・」
遠慮がちにかけられた声に俺は精神集中を解き、視線を向ける。
目の前には、声で分かってはいたがイリヤが立っていた。
「どうし・・・ああ」
どうした、と聞こうとしてイリヤの様子に俺は気付いた。
内また気味にモジモジとしている。あれだ。
お花を摘みに行きたいのだ。
「すまないけど、近くには無いんだ。少し行くと川があるからその近くでお願い。ちなみに、川の水の魔力濃度は空気中の魔力濃度よりも高いから間違っても入らないようにしてね」
「分かりました」
短くそれだけを言うと脇目も振らずに森の奥へと消えた。
よっぽど言いだそうか悩んだんだろうなと、苦笑しながら俺は自分の鍛錬に戻った。
アパラス山脈麓の森 川原
用を足し終わった私は川のほとりに座っていました。
お母様が天に召されてから早2ヶ月、悲しみは幾らか和らいだもののどうしても胸の中の何かが足りない、という感覚は残っています。
王族としての習い事や学び事は普段通りにこなしてはいますが、部屋へ戻り一人になると今でも時々泣いてしまいます。
お父様はそんな私の姿に見かねたのか、近衛隊隊長のビンセント様と宮廷魔導師隊隊長のフェルニス様に頼み、今日のように私を王宮の外へ行くことで気分転換をさせてくれようとしたのでしょう。
今朝、私を迎えに来て下さったお二方の心がそうおっしゃっていました。
”心読みの力”それは代々スベイルーン王家に必ず現れる魔法系統、「精神感応」の力。
普通より強いこの力を完全に制御しきれていない私は、魔法発動に必要な精神集中を行わなくても心の表層で思っている事がある程度分かってしまいます。
この「精神感応」の力は、このスベイルーン王国が永世中立国でいられる理由の一つでもあります。
臣下の謀反の芽を早めに摘み取り、各国代表との対談で自国に害を及ぼそうとするならば先手を打ってそれを防ぐ事が出来る。
とても強力な力です。私は、歴代の王族の中でも目を瞠るほどの力の強さを誇った母からその才能を受け継ぎました。
この坡璃色の髪はその証。
「染色」と呼ばれるその現象は、人がその身で扱える魔法系統で最も相性の良い系統の系統色に髪や瞳の色を影響されるという現象です。
ビンセント様の御子息であるレオン様の赤茶色の髪や、フェルニス様のご息女であるエリス様のスカイブルーの髪、そしてお二人のご友人であるトーヤ様の黄色の髪もその例にもれません。
そこまで考えた時でした。
ガサガサと後ろの茂みから音がしたかと思うと、一人の男の人が出てきました。
顔は隠されているので見えませんが、”心読みの力”はその人の心を読み取りました。
「あなた、まさか!うッ」
滑るように近づいてきた男の人が一言も言葉を発さず私の鳩尾に握った拳を入れてきました。
こういった事に不慣れな私は何を思う間もなく、意識を手放すしかありませんでした。
「ハイド1より各員、ハイド3が対象の捕獲に成功した。撤退する」
「「「了解」」」
男は”通信”で仲間にそう伝えると、自らが気絶させた少女、スベイルーン王国王女イリヤを肩に乗せ、静かにその場を後にした。
☆★☆
異変に気付いたのはイリヤを見送ってから10分程経った後のことだ。
遅い。女の子のトイレが長いのは知っているからある程度長いのは気にしなかったけど、少し嫌な予感がする。
「おーい、エリス!」
俺の呼びかけに青白い魔力光を纏っていたエリスがその光を消し、傍に寄ってくる。
それに続くようにレオンも来た。
「ちょっと川の所まで行って、イリヤがどうしてるか見てきてくれない?トイレに行ったみたいなんだけど、ちょっと遅くって」
「分かった」
短く答えて森の奥へ向かうエリス。
「トーヤ、イリヤが向こうに言ってからどれくらい経った?」
「10分ちょっとぐらいだな。どうした?」
「いや、親父がさ、出かける前に”気をつけろ”って言ってたのを思い出してな」
「気をつけろ?・・・・まさか!」
俺の思考が与えられた情報を元に一つの答えを導き出す。
王宮勤めのエリスの母親とレオンの父親の知り合いの子、自己紹介の時に名乗られなかった性、綺麗な坡璃色の髪、おっちゃんの”気をつけろ”という警告・・・
恐らくこの考えは高確率でこの状況に一致する。
これでもし、エリスがイリヤを見つけられなかったら?
「トーヤ!」
普段ではありえない大声で俺の名を呼ぶエリスの横に、イリヤが居ない事を確認した俺は自分の考えが正しかった事を知った。
「レオン、一つ確認したい事がある」
「なんだ?」
普段より固い俺の声にレオンの顔が引き締まる。
「時間がなさそうだから単刀直入に聞く。イリヤは王家の関係者か?」
「・・・・そうだ。イリヤはスベイルーン王の一人娘、イリヤ・スベイルーン様だ」
「トーヤ、イリヤが居ない」
戻って来たエリスの顔には僅かに焦りの色が見て取れる。
「ああ、どうやらヤバイ状況らしいな」
「おい、それってまさか!?」
「恐らくお前が考えてる状況だと思うよ、レオン」
「じゃあ・・・」
「イリヤが誘拐された可能性がある」
読んで頂きありがとうございました!
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