第10話 叙勲
「面を上げよ」
その言葉に、折り曲げていた上体を起こす。
謁見の間の左右には八人の大臣と近衛隊隊長のビンセント、魔導師隊隊長フェルニスに加え、剣士隊隊長ティーダ・ランスロットが正装で立っている。
正面にはこの国の王、ガルド・スベイルーン。その横にイリヤが座している。
対する俺は、白のズボンと豪奢な造りの上着に身を包んでいる。所謂、正装というやつだ。俺の左右にいるレオン、エリスも正装だ。何故こんな事になったのかと、俺は大臣の一人が発する口上を聞きながら、数時間前を思い返していた。
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「王宮から使い、ですか?」
シャサさんの作ってくれた朝食を家族で食べるいつも通りの朝、そこで発せられた父さんの言葉に、俺は口に入れかけたパンを皿に戻す。
「そうだ、”この前の礼をしたいから城へ来るように”とのことだ」
食事の手を休めて話す父さん。その横では母さんが誇らしげな顔をしている。
「僕一人で、ですか?」
「いや、レオンくんとエリスくんも一緒だ」
二人も一緒となると、イリヤのことかな?
そういえば、褒美は後日って言ってたな。
「時間と場所は?」
「一の鐘に迎えに来るそうだ」
「分かりました。それはそうと、父さんは驚かないんですね」
「商人を舐めるな、と言いたい所だが、今回はツァリから大体の報告は受けているからな」
あ~、そういえばそうだった。
「トーヤ」
今まで微笑むだけだった母さんが口を開く。
「何ですか?」
「貴方は私達の誇りよ」
「え?あ、ありがとうございます?」
「ふふ、ほら早くしないと時間に遅れるわよ」
「あ!」
母さんの言葉に、大急ぎで朝食をかき込む。
「行ってきます!」
ナプキンで口を拭い、ツァリさんから木刀を受け取って俺は家を後にした。
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いつもより早い十一の鐘に戻ってきた俺を、母さんと眼鏡に三つ編みの洗濯兼裁縫担当、フェイさんが待ち構えていた。
それから半鐘(約30分)程度は着せ替え人形の如く、なされるがままだった。
元々俺用の正装は幾つか揃えてあったそうだが、今の今まで出番がなかったそうだ。
ようやく終わったと思えば、また脱がされた。
勿論、正装だけだ。
なんでも、微調整するらしい。
フェイさんが仕事をしている間に、シャサさんの昼食で舌鼓を打つ。
12の半の鐘が鳴ると、フェイさんが正装を持ってきた。
「うん!よくお似合いですよ、坊ちゃま!」
「本当!よく似合ってるわ」
「あ、ありがとう。フェイさん、母さん」
やたらテンションの高い二人に気圧されながら待っていると、一の鐘丁度に馬車がやってきた。
老紳士という言葉がピッタリな執事に促され、馬車に乗り込み王宮へ向かう。
イリヤの誘拐事件が起こったばかりだから、鍛練は王宮の鍛練場でやっていた。
再び王宮の門をくぐる。
どうやらレオンとエリスは先に着いているらしい。
白い廊下を抜けると、見覚えのある大きな扉の前に二人が居た。
「二人とも早いね」
「ま、家がすぐそこだからな」
「同じく」
「そうなんだけどね。にしても、レオンは似合わないな」
「ほっとけ!そんなことは俺も分かってるよ」
半ズボンにTシャツというコーディネートを見慣れているせいか、白を基調とした正装がとても違和感がある。
「それにくらべ、エリスは違和感無いな」
「一応、女の子」
「一応なんだ………」
スカイブルーの髪に合わせた青いドレスを、動きづらそうに弄りながら答える。
「そういうトーヤは意外と様になってるよな」
「そうなんだったらよかった。………そうじゃなかったらあの時間を耐えた意味がなかった」
「お疲れ様」
若干遠い目をする俺を、エリスが言葉少なく労ってくれる。
「お三方、国王の準備が整いました」
二人と話し緊張が解れると、それを見計らったかの様に俺を此処まで連れて来た執事が現れ、彼に促されるままに俺達は謁見の間に足を踏み入れた。
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回想を終えて、意識が戻ってくる。
「――以上の功績を讃え、国王よりお言葉と褒美が与えられる」
丁度よく大臣の口上も終わったようだ。
「トーヤ・ハインツ、レオン・スチュアート、エリス・マーガレット、我が娘イリヤの護衛ご苦労だった。褒美をとらす、近う寄れ」
王の言葉を合図に、奥の扉から三人の執事が入ってくる。
その手にはそれぞれ、剣、盾、指輪が捧げ持たれている。
「トーヤ・ハインツ」
「はい」
一歩踏み出し、片膝をつく。
「汝には我が王家に伝わる宝剣、エクスブラントを与えよう」
剣を持った執事が俺の目の前に来る。
「有り難く頂戴致します」
黄金に輝く宝剣を受け取り、後ろに下がる。
「レオン・スチュアート」
「はい」
俺と同じ様に一歩踏み出し、片膝をつく。
「汝には古の魔導師が”守護”の魔法を込めた盾を与えよう」
差し出されたのは、鋼の鈍い輝きとその表面を緑色のレリーフが彩る盾だ。
”守護”の魔法は俗に、古代魔法と呼ばれる類のものだ。
古代魔法は現在使われている魔法よりも強力な魔法で、”守護”は確認されている中で防御に特化した代物だ。
「有り難く頂戴致します」
次はエリスの番だ。
「エリス・マーガレット」
「はい」
レオンと入れ代わるように前へ出る。
「汝には輝度Sの魔法石を使った、魔導細工師メリダの魔法環を与えよう」
輝度は魔法石が溜めている魔力量のことで、度が高くなるにつれて魔法発動の触媒としての能力が高くなる。
輝度Sともなれば、大陸一の魔法石産出量を誇るこの国でも、一年に一つ出るか出ないかといったところだ。
そして、魔導細工師とは魔法石を加工して魔導具にしたりする職人のことだ。
中でもメリダは史上最高の魔導細工師と呼ばれ、その作品は全て国宝級とされる程で、全魔導師の憧れなのだ。
「有り難く、頂戴致します」
ここからでも、エリスの目が輝いているのが見える。
「そして此度の事を受け、イリヤに親衛隊を付けることとなった。ついては、汝らにその任を任せたいと考えているが如何に?」
「「慎んでお受けいたします」」
エリスとレオンが即答した。
二人は両親が両親なだけに、断るという選択肢はないのだろう。
俺はどうするか。
別に成りたくない、という訳ではない。
だが、親衛隊に成ったことで、色々と束縛されると考えると躊躇せざるをえない。
「何、汝が親衛隊になったからといって束縛するようなことはせぬよ」
俺の考えはお見通しか……
なら――
「分かりました。慎んでお受けいたします」
「うむ。ではイリヤ、三人に騎士の短剣を。親衛隊は騎士扱いだ」
「はい、お父様」
側に控えるメイドから短剣を受け取り、エリス、レオン、俺の順番で手渡してくる。
「よし、ではこれにて謁見は終了だ。下がってよいぞ」
謁見の間を後にすると、どこからともなく執事が現れ、ある部屋に導かれた。
少々お待ち下さい、という言葉に従い部屋でくつろいでいると、程なくしてイリヤが入ってきた。
「皆さん、お疲れ様でした」
「イリヤもお疲れ様」
「結構緊張したな」
イリヤの言葉に俺とレオンはそう返すが、エリスは黙ったままだ。
見ると、下賜された指輪を飽きずに眺めている。
「気に入って頂けたようで、私も嬉しいです」
「それで、僕たちに話でも?」
「あ、はい。お父様から伝言です。”娘を助けてくれてありがとう。何か困った事があったら何時でも来なさい。親衛隊の短剣を見せれば案内させるようにするから”だそうです」
……凄いコネが出来たな。
「それと、”学院で娘を頼む”とも言っていました」
「それには勿論!と答えさせてもらうよ。な、二人とも?」
「勿論だぜ!」
「うん」
「ありがとうございます!」
それから俺達は、日が暮れるまでこれからの生活について語らったのだった。




