15.明かされた真実
シェリーはうつむきながら、こつこつと階段を上って一階へと戻ってきた。本当はクロエにもっと話を聞きたかったのだが、あれほどはっきりと拒絶されてしまったら、どうにもできない。
「……領主という立場は、綺麗事だけでは成り立たないというのはわかっていたけど……」
クロエは領主アデルを暗殺しようとした。だから彼女の処遇も理解できる。でも――あんなふうに痛々しく弱っている人を見るのは、つらい。
重い足取りで、シェリーは館の反対側にある、アデルの書斎へと向かった。
鍵のかかっていない扉。ここでアデルの仕事内容を知ることができれば、何かがわかるかもしれない。
シェリーは扉を開いた。部屋の中には本がびっしり詰まった本棚と暖炉、それに書類の置かれた机がある。
棚にも書類がたくさん収納されていて、綺麗に整理されていた。それは、なんとなく触るのがためらわれるような整然とした空間だった。
「これが、アデル様の書斎……」
シェリーは軽く部屋を見回って、机の上の書類に目を通す。アデルは領主として、しっかりと仕事をしているのがわかる。
彼は昔から、頭の回転の速い人だった。街での噂通り、きっと素晴らしい働きをしているのだろう。そう思うと、なんだかシェリーも誇らしかった。
暗く沈んでいた心が少しだけ温かくなった、そのとき――。
ふと、視線のようなものを感じて、シェリーは顔を上げた。
しかし、目の前には本棚があるだけ。気のせいだろうかと一瞬だけ思ったが、そのとき、シェリーはどことなく奇妙な点があることに気がついた。
本棚の位置が、不自然な気がする。
アデルの性格からすると、なんとなく部屋の四隅に置きそうなものだが、その本棚は壁の中央に、存在を主張するように置かれていた。
ここでは暖炉にも近くて危ない。それに、よく見ると本棚の脇に、何かを引きずったような痕跡がある。
その痕跡は、まだ新しい。
「この……傷は……」
小さな違和感だけど、気づいてしまえば止まらなかった。シェリーはまるで導かれるように、本棚の位置をずらす。
人形の体になってから、生前よりも少しだけ力も強くなった気がする。
それを踏まえても、本棚は思った以上に軽々と動いた。留め具などもなく、まるで動かすことを想定されているように。
そうして少し動かすと、本棚の裏から、人が通れそうな穴が出てきた。
「こんなところに……」
シェリーは驚きに目を見開く。
階段だ。そこには、地下へと続く階段があった。
覗き込むと、ほんのり冷たい空気が伝わってくる。氷室だろうか。だとしたら、どうして、こんなふうに隠してあるのか――。
怖い。どうしてか、この先に行くことを体が拒否している。
でも、知りたい。真実を。愛しい主のことを、すべて。
シェリーは意を決してうなずくと、一段ずつ階段を下り始めた。
長い階段は、やがて螺旋を描いていく。ここは、ちょうど黒薔薇の温室の真下だろう。
そして、階段を最下層まで下りると鉄の扉があった。
言いようのない恐怖に駆られながらも、シェリーは扉を開ける。金属の擦れる音を立てて、冷気を吹き出しながら、扉が開く。
「こ、これは……」
そこには、無数の棺があった。
まるで死者に手向ける献花のように黒薔薇が敷き詰められ、中央には、まるで何か儀式をするためのような鉄の机がある。
美しく装飾された無数の棺の中には、眠るように目を閉じた、少女たちの亡骸が収められていた。皆が同じ死装束を身にまとって。
漂う香りは、甘く重い黒薔薇、そして血のにおい。
「この……少女たちは……」
シェリーはこの匂いに覚えがあった。
魂を定着させるための魔法の薬だと、いつも飲まされていた、血のように甘い、紅い潤滑油の匂い――。
「アデル様は……いえ、わたくしは、まさか――」
呪われた人形という、クロエの言葉が脳裏に走る。
そのとき、部屋の奥にある棺の陰から、少年と少女が姿を現した。
同じ背丈の、よく似た顔立ちの二人。双子だろうか。シェリーよりも幼い、おしゃれな礼服をまとった男の子と女の子。
先ほどまで、そこには誰もいなかったはずなのに。
「見たんだね」「見てしまったのね」
クスクス、と笑う双子。
「もう、気づいているよね?」「アナタが、どうやって生み出されたか」
シェリーは声を震わせながら、二人に尋ねる。
「どういう……こと? あなたたちは、だれ?」
二人は笑みを浮かべたまま、深淵のように暗い瞳で答える。
「ボクたちは、キミたちが悪魔と呼ぶもの」「優雅で、邪悪で、かわいらしい悪魔よ」
悪魔。どうしてこの館に悪魔が――。
困惑するシェリーだが、彼らの言うことが嘘ではないこともわかった。
無数の少女の亡骸。幻のように現れた悪魔。
「アデル様は、まさか……」
愕然とするシェリーを囲んで回るように歩きながら、双子悪魔は歌うように言った。
「キミがいつも飲んでる『生命のワイン』があるよね」「その材料は、なにかしら?」
思わず、耳を塞ぎたくなったシェリーだが、体が動かなかった。
双子悪魔の歌が続く。
「それは、人の心臓さ」「無垢な少女たちの命が、ワインの材料なの」
あまりにも。
あまりにも、それはシェリーにとって大きな衝撃だった。
かすれた声を、なんとか絞り出す。
「……では……わたくしは……わたくしが、こうして生きているのは……」
無数の命を犠牲にしているから。
死者の魂を呼び戻す、蘇生の秘術。そんなもの、代償がないわけがない。
少し考えれば、わかることだった。それなのに。
「……わたくしは……アデル様といっしょにいられる、しあわせに酔って……」
呪われた悪魔の人形。クロエの言葉が、耳の奥でこだまする。
カクン、とシェリーの脚から力が抜け、氷室の床に膝をついた。
「……わたくしは、生きていることが……罪……」
この人形の体は、アデル・ウィーグバルトの罪――そして、シェリー自身の罪の象徴。
「ホントはね。もっと長い間、キミたちを観察していたかったんだけど」「こうなってしまっては、仕方がないわ」
気を失いそうなほどの絶望の中にいるシェリーを見て、何が楽しいのか、双子悪魔は満足げに笑う。
「名残惜しいけど、劇はもうすぐ閉幕だね」「さあ見せて。アナタたちの狂気を!」
愛は、狂気にもっとも近い感情なのだから。
現れたときと同じように、どこへともなく消え去る双子悪魔。彼らの笑い声の反響が聞こえなくなるまで、シェリーはそこで跪いていた。
――こんなときでも、人形の体は涙を流すことができなかった。




