14.少女と人形少女の邂逅
寝室を出たシェリーは、館の廊下をこつこつと歩く。
人形として二度目の生を受けた日から、この東棟の中であれば自由に行動していいと言われていたけど、こうしてしっかりと探索するのは初めてだ。今までは、とくに寝室から出る必要性を感じなかったから。
寝室と、外の温室を行き来するだけの日々。それで満足だった。――彼といっしょなら。
(でも……それはきっと、長くは続かない)
こんなしあわせな日々は、一度死んだ自分には過ぎたものだ。だから、この幸福な夢は、いつか終わりが来る。
ずっと、そう感じていた。
そんな想いにふけりながら、シェリーは館の一階まで来た。無意識のうちに温室に足を運ぼうとしていたようだ。
この先にあるのは、温室と、アデルの書斎――そして反対側には、地下への長い階段がある。
シェリーはなんとなく、アデルの書斎の扉に手をかけてみた。
「……開いてる……?」
以前に一度だけ館の中を見て回ったときは、鍵がかかっていた書斎。その扉が開いている。鍵をかけ忘れたのだろうか。いや――。
「……アデル様は、しっかりしたお方だから……こんなふうに、鍵をかけ忘れるなんてなさそうなのに……」
シェリーが部屋の中を覗いてみようか迷っていると、かすかに声が聞こえた気がした。
本当に気づかない程度だが、地下への階段のほうからだった。人形の体になってから、聴覚も反射神経も、人間だった頃より優れている気がする。
「……アデル様は、できれば地下には行かないようにと言っていたけど」
でも、禁止されているわけではない。
首から下げた懐中時計が、心音のようにカチカチと鳴る。
シェリーは迷った末に、地下への階段へと向かった。
こつ、こつ、と階段を下りる。
すると、ほんのわずかに感じる、血と尿と吐瀉物の生々しいにおいに、シェリーはぶるりと背筋を震わせた。
同時に、声が確かに下の階から聞こえてくる。
これは――。
「誰かが……歌ってる?」
少女の歌声。これは、聖歌だろうか。
そして階段を下りると、シェリーはふたたび戦慄した。
埃っぽい通路の先には、地下牢と呼ぶべき部屋があり、その鉄格子の中に、薄い肌着だけをまとったボロボロの少女がいたからだ。
「……身もたまも……主に……捧げ……御心……委ねま……ら……ん……主のもとに……ゆく日まで……いと、清く……まもら……せたまえ……」
枷をつけられ、鎖に繋がれた少女が、身を寝かせることもできずに、へたり込みながら歌っている。虚ろな瞳で、神に祈るように。
あまりにも悲愴なその姿に、シェリーが思わず後ずさると、こちらに気づいて歌うのをやめた少女が、じろりと暗い視線を向ける。
「……呪われた人形が、何をしに来たの……?」
強い言葉だが、声は弱々しかった。もう限界だとでも言うように。
「あなたは、……昨夜の……」
シェリーはやっとの思いで声を発する。
雰囲気が違うけど、この濡れ羽色の黒髪を持つ美しい少女は、たしかに昨夜の暗殺者だった。
名前はたしか――。
「アーシュライン……いえ、クロエさんというのが本名でしょうか?」
「……どっちでもいい」
わずかに苛立ちの込められた声で、クロエという少女は吐き捨てた。
「どうして、こんな……」
シェリーが困惑の声を漏らすと、クロエは「ふっ」と小さく笑う。
「わかるでしょう? あたしは領主を殺そうとしたのだもの。……まだ首を刎ねられていないのが驚きよ」
「暗殺なんて……なぜ、アデル様を……」
悲しかった。あんなに街の人に好かれているアデルが、刃を向けられるなんて。
すると、クロエが涙で腫れた目をわずかに見開く。
「あなた……もしかして、何も知らないの?」
「え……」
「あなたは、アデル・ウィーグバルトの罪そのものなのよ!?」
びくりと震えるシェリーを見て、クロエは重々しくため息をついた。
「……あなたと話すことは、何もないわ」
拒絶の言葉。瞳を閉じて顔を背けるクロエを見て、シェリーは慌てて鉄格子にしがみつく。
「ま、待ってください! わたくしは、あなたに聞きたいことがあって――」
「なら、あなたもあたしを痛めつけて吐かせればいいでしょ。……だってあなたは、呪われた悪魔の人形なんだから」
愕然とするシェリーに対し、それ以降、クロエは何も言葉を発することがなく。
ただ、泣き出しそうな様子で、肩を震わせていた。




