第6話 愛とは不確か
オルトラが戻るまで、アルシャとクルアハは二人で天幕を張りながら語り合った。
双子の錆犬の過去を。
オルトラとクルアハはかつて、異人類と人間が共存する国を治めていたのだという。
しかし、二人の強力な錆犬の魔法を恐れた人間たちが、〈大陸連合〉と結託し、国を滅ぼした。
しかも、オルトラを裏切った首謀者はオルトラの婚約者――愛する者だったのだ。
それからオルトラとクルアハは何年も大陸連合に命を狙われ続け、こうして逃亡生活を送っている。その際に、クルアハも両腕を失ったらしい。
クルアハは語る。
オルトラは、婚約者や愛した人間たちに裏切られたことによって、完全に他者へと心を閉ざしてしまったのだと。
国を滅ぼされてからのオルトラは、何故か無差別で全てを攻撃してしまうほどに錆の魔法が制御できなくなってしまったため、滅多に使うことは無いらしい。
クルアハの話を聞いたアルシャは、焚火を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……そのせいでオルトラは、錆犬の魔法もじょうずにつかえないのかもしれないわ」
「……というと?」
アルシャの呟きに、焚火の向こう側にいるクルアハが静かに問うてくる。アルシャは短く答えた。
「だって、魔法は心だもの」
アルシャは己の胸に両手を当てて、細く息を吐き出す。
「オルトラにも、真実の愛がひつようなのね。わたくしとおなじだわ」
「真実の愛?」
目を丸くして訊き返してくるクルアハに、アルシャが焚火に照らされて燃える瞳を上げる。
「そうよ。エルフは、真実の愛をそそいでもらわないと、にくたいがせいちょうしないのですって。だからわたくしは、千年いじょうもずっと、このすがたのままなの」
アルシャは傍にある樹に凭れかかって、ぽつぽつと、覚束ないような声を漏らす。
「わたくし、おおきくなりたいわ。そうしたら、きっと……もっと……オルトラとクルアハに、なにかしてあげられる気がする、の……」
そこまで語って、アルシャの意識は浅い眠りへと沈んでいった。
◇◇◇
クルアハは、眠ってしまったアルシャを抱き上げると、己の外套でアルシャを丁寧に包み、その小さな頭を己の膝に乗せてやる。これで少しは寝やすくなるだろう。
クルアハはアルシャの丸い頬を撫でながら、いつもの無表情を少しだけ崩して、くすりと笑いを零す。
「君は昔から本当に、盗み聞きが好きだな?」
「うるせぇ」
クルアハの背後にある樹木の陰から出てきたのは、オルトラだった。
どうやら頭は冷えたらしい。
クルアハの片割れは昔から冷静なようでいてその実、誰よりも愛情深くて、激情を持て余していて、どうにも不器用なのだ。
オルトラは焚火を挟んで、クルアハの向かい側に胡坐をかいて座る。
「流石は神代を生きた古代種、エルフだ。その生態も御伽噺じみてやがる」
オルトラが小さなエルフを見下ろしながら、嘲るように薄い唇の端を吊り上げる。
「真実の愛なんぞ、馬鹿馬鹿しい。そんなものは存在しねぇだろうが」
そう吐き捨てたオルトラに、クルアハは小さく息を吐いた。
本当に己の片割れは捻くれている。しかし、クルアハも実を言えば――オルトラと同意見だった。
「僕たちにとってはそうかもしれない。だがきっと、この子は違う」
クルアハは己の膝で無防備に眠るエルフを見下ろして、ぽつりと独り言ちた。
「この子には、真実の愛が見つかって欲しいと。そう強く願わずにはいられないよ」




