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ヤドリギ姫と錆犬の双王  作者: 根占桐守
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第5話 錆犬の魔法


 ◇◇◇


 三人は、大陸の三分の一を占めると云われている巨大な森を進んでいた。

 オルトラとクルアハは森歩きに随分慣れているのか、難なくすいすいと足場の悪い道なき道を進んでゆく。

 クルアハに抱えられているアルシャは、殆ど揺れすらないクルアハの腕の中の快適さに、密かに感動していた。

 そんなアルシャを疲れた様子もなく抱いているクルアハが、辺りに視線を巡らせながらも、斜め前を進むオルトラへ声をかける。


「気を付けて。人間たちの追跡からは逃(のが)れたいけど、森の奥に入り過ぎると危険だ。迷うどころじゃ済まなくなるだろうからね」

「わかっている。黙ってついてこい」


 相変わらずオルトラの返事はぶっきらぼうだ。

 そこでアルシャはふと、思い出したように二人へと問いかける。


「ねえ。どうしてふたりは、人間さんたちにおわれているの?」


 首を傾げたアルシャに答えたのは、前を進むオルトラだった。


「俺たち〈錆犬(さびいぬ)〉が生まれ持つ魔法が、人間共の国家連合体……〈大陸連合〉に禁忌の力だと認定されたゆえだ。異人類だけが生まれ持つ奇跡の力、魔法の殆どが今や人間共の間では害悪と法によって決め付けられ……俺たち魔法使いは罪人以下の扱いをされる。そういうくそったれな理由で、俺たちはここ数年、大陸連合に追われ続けているわけだ。反吐が出る」


 オルトラが振り向きもせず、吐き捨てるように悪態を吐く。

 しかしアルシャは、機嫌が悪そうなオルトラを知ってか知らずか、目をきらきらとしばたたかせた。


「あなたたちも魔法使いなの? わたくしとおそろい! 錆犬の魔法、みてみたいわ!」

「誰が見せるか。クソガキ」


 アルシャの願いを、オルトラは鼻を鳴らして一蹴する。それにアルシャはしょぼんと顔を俯かせたが、すぐにクルアハが助け舟を出してくれた。


「見せてあげなさい。オルトラ。あとアルシャに乱暴な呼び方はよせ。君の口の悪さは教育に悪い」

「てめぇはガキの父親かよ……はあ……」


 オルトラは錆色の髪を掻き乱すと、大きくため息を吐き出して、歩きながら左腕を掲げる。すると、その左手からは美しい細工の金属器が創り出された。

 アルシャは目を丸くし感嘆を上げる。クルアハが解説するようにアルシャへと語り掛けた。


「わあ! きれい……!」

「あれは〈錆犬の左腕〉という魔法。錆犬の左腕は、あらゆる鉱物を生み出すことができる」


 次にオルトラは、近くで生い茂っている木々へと右腕を伸ばした。オルトラの右手が木々に触れてゆくと、たちまち木々は錆び付き、錆屑となって崩れ落ちてゆく。

 今度はオルトラが、錆屑がついた右手を払いながら、独り言ちるように説明した。


「これは〈錆犬の右腕〉。俺の右手は、触れた遍くものを錆び付かせる……恐ろしく、醜い魔法だ」


 オルトラはどこか、自嘲するように鼻で嗤った。そんなオルトラを見たクルアハが、無言で目を細める。


「そんなことないわ!」


 一方アルシャは、やはり橙色の目をきらきらさせたまま、大きく声を上げた。


「オルトラの魔法はすてきね。だってあらゆるものを錆びつかせるということは、武器も錆びつかせることができるのでしょう? その魔法は平和をもたらす、とってもやさしい魔法よ。わたくし、オルトラの魔法がだいすきになったわ」


 アルシャの言葉に、オルトラとクルアハが同時に面食らったような顔をして、アルシャを振り向く。ぽかんとしていた二人は、すぐに二様な反応をした。

 クルアハは無表情のままだが、片手で口を押さえて「くふ」と笑みのような吐息を零し、オルトラはどこか居心地悪そうに瞳を揺らして「これだから無知なガキは……」とそっぽを向いてしまう。

 ふとアルシャはクルアハを振り向いて、じっとクルアハを見つめながら不思議そうに尋ねた。


「クルアハは魔法をつかえないの? クルアハも、錆犬でしょう?」

「ああ。僕は両腕を失っているから、使えないんだ。錆犬の魔法は両腕に宿るからね。この腕は義手だよ」


 何てことないようにクルアハは答える。それでもアルシャは、痛いほどにクルアハの気持ちがわかる気がした。己も両足を失っている。ゆえに、己の肉体の一部が欠損してしまうことの喪失感は、並々ならぬものだと知っていた。

 アルシャは目を細めて、慈しむように、アルシャを抱いてくれているクルアハの義手を撫でる。


「やっぱり。クルアハ、わたくしとおそろいだったのね。わたくしも両足は、人間さんたちの『ふろうふし?』のお願いのためにあげちゃったから」


 アルシャの独り言に、二人は揃って目を大きく瞠った。次いですぐに、二人とも同じくらいに眉間に深い皺を寄せて、何か言いたげな顔をしている。

 アルシャはそんな二人の視線を気にした風もなく、またクルアハに問いかけた。


「でも、どうして? どうしてクルアハは、両腕をうしなってしまったの?」

「……そうだね。それは……」


 アルシャの無垢なる好奇心の問いかけに、どこか困ったような声をしてクルアハが言いよどむ。そんなクルアハに代わって、オルトラがいつもよりも一層低い声で、唸るように答えた。


「人間共に裏切られたせいだ。クルアハの腕も、俺たちの国が滅びたのも、こんなくだらねぇ逃亡生活を送ることになったのも全て……憎き人間共が原因だ。人間なぞ、皆(みな)……死ねばいい」


 オルトラの低い声は、びりびりと肌を突き刺すような、激しい怒りの念が込められていた。その怒りに呼応するかのように、オルトラの足元の草や大地が錆び付いて砂へとなってゆき、オルトラの周囲の木々が錆屑と化して次々と崩れていく。


「あ……!」

「! アルシャ!」


 オルトラから放たれる錆が、アルシャの髪をも掠めた。アルシャは反射的に声を上げる。咄嗟にクルアハがオルトラから飛び退いて距離を取ったことで、それ以上の被害は免れた。


「は……ちっ。くそ……!」


 そこで我に返ったオルトラが、己の右腕を押さえ込む。すると、錆の魔法は不安定ながらも徐々に収まっていった。

 三人はその場に立ち止まると、クルアハが黙り込んでしまったオルトラに淡々と声をかける。


「今日はここで夜をこそう。オルトラ、君は少し頭を冷やしてくるといい。ここから九時の方角より、水の匂いがする」

「……悪い」


 オルトラはクルアハとアルシャに視線だけを向けて、そう小さく零すと、すぐに川辺の方へと一人で行ってしまった。

 クルアハに小さく「大丈夫かい? 怖くない?」と問われて、アルシャは「だいじょうぶ。なにもこわくないわ」と返し、ふるふると首を横に振る。

 ただアルシャは、オルトラの心が鎮まることを祈っていた。

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