第5話 錆犬の魔法
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三人は、大陸の三分の一を占めると云われている巨大な森を進んでいた。
オルトラとクルアハは森歩きに随分慣れているのか、難なくすいすいと足場の悪い道なき道を進んでゆく。
クルアハに抱えられているアルシャは、殆ど揺れすらないクルアハの腕の中の快適さに、密かに感動していた。
そんなアルシャを疲れた様子もなく抱いているクルアハが、辺りに視線を巡らせながらも、斜め前を進むオルトラへ声をかける。
「気を付けて。人間たちの追跡からは逃れたいけど、森の奥に入り過ぎると危険だ。迷うどころじゃ済まなくなるだろうからね」
「わかっている。黙ってついてこい」
相変わらずオルトラの返事はぶっきらぼうだ。
そこでアルシャはふと、思い出したように二人へと問いかける。
「ねえ。どうしてふたりは、人間さんたちにおわれているの?」
首を傾げたアルシャに答えたのは、前を進むオルトラだった。
「俺たち〈錆犬〉が生まれ持つ魔法が、人間共の国家連合体……〈大陸連合〉に禁忌の力だと認定されたゆえだ。異人類だけが生まれ持つ奇跡の力、魔法の殆どが今や人間共の間では害悪と法によって決め付けられ……俺たち魔法使いは罪人以下の扱いをされる。そういうくそったれな理由で、俺たちはここ数年、大陸連合に追われ続けているわけだ。反吐が出る」
オルトラが振り向きもせず、吐き捨てるように悪態を吐く。
しかしアルシャは、機嫌が悪そうなオルトラを知ってか知らずか、目をきらきらとしばたたかせた。
「あなたたちも魔法使いなの? わたくしとおそろい! 錆犬の魔法、みてみたいわ!」
「誰が見せるか。クソガキ」
アルシャの願いを、オルトラは鼻を鳴らして一蹴する。それにアルシャはしょぼんと顔を俯かせたが、すぐにクルアハが助け舟を出してくれた。
「見せてあげなさい。オルトラ。あとアルシャに乱暴な呼び方はよせ。君の口の悪さは教育に悪い」
「てめぇはガキの父親かよ……はあ……」
オルトラは錆色の髪を掻き乱すと、大きくため息を吐き出して、歩きながら左腕を掲げる。すると、その左手からは美しい細工の金属器が創り出された。
アルシャは目を丸くし感嘆を上げる。クルアハが解説するようにアルシャへと語り掛けた。
「わあ! きれい……!」
「あれは〈錆犬の左腕〉という魔法。錆犬の左腕は、あらゆる鉱物を生み出すことができる」
次にオルトラは、近くで生い茂っている木々へと右腕を伸ばした。オルトラの右手が木々に触れてゆくと、たちまち木々は錆び付き、錆屑となって崩れ落ちてゆく。
今度はオルトラが、錆屑がついた右手を払いながら、独り言ちるように説明した。
「これは〈錆犬の右腕〉。俺の右手は、触れた遍くものを錆び付かせる……恐ろしく、醜い魔法だ」
オルトラはどこか、自嘲するように鼻で嗤った。そんなオルトラを見たクルアハが、無言で目を細める。
「そんなことないわ!」
一方アルシャは、やはり橙色の目をきらきらさせたまま、大きく声を上げた。
「オルトラの魔法はすてきね。だってあらゆるものを錆びつかせるということは、武器も錆びつかせることができるのでしょう? その魔法は平和をもたらす、とってもやさしい魔法よ。わたくし、オルトラの魔法がだいすきになったわ」
アルシャの言葉に、オルトラとクルアハが同時に面食らったような顔をして、アルシャを振り向く。ぽかんとしていた二人は、すぐに二様な反応をした。
クルアハは無表情のままだが、片手で口を押さえて「くふ」と笑みのような吐息を零し、オルトラはどこか居心地悪そうに瞳を揺らして「これだから無知なガキは……」とそっぽを向いてしまう。
ふとアルシャはクルアハを振り向いて、じっとクルアハを見つめながら不思議そうに尋ねた。
「クルアハは魔法をつかえないの? クルアハも、錆犬でしょう?」
「ああ。僕は両腕を失っているから、使えないんだ。錆犬の魔法は両腕に宿るからね。この腕は義手だよ」
何てことないようにクルアハは答える。それでもアルシャは、痛いほどにクルアハの気持ちがわかる気がした。己も両足を失っている。ゆえに、己の肉体の一部が欠損してしまうことの喪失感は、並々ならぬものだと知っていた。
アルシャは目を細めて、慈しむように、アルシャを抱いてくれているクルアハの義手を撫でる。
「やっぱり。クルアハ、わたくしとおそろいだったのね。わたくしも両足は、人間さんたちの『ふろうふし?』のお願いのためにあげちゃったから」
アルシャの独り言に、二人は揃って目を大きく瞠った。次いですぐに、二人とも同じくらいに眉間に深い皺を寄せて、何か言いたげな顔をしている。
アルシャはそんな二人の視線を気にした風もなく、またクルアハに問いかけた。
「でも、どうして? どうしてクルアハは、両腕をうしなってしまったの?」
「……そうだね。それは……」
アルシャの無垢なる好奇心の問いかけに、どこか困ったような声をしてクルアハが言いよどむ。そんなクルアハに代わって、オルトラがいつもよりも一層低い声で、唸るように答えた。
「人間共に裏切られたせいだ。クルアハの腕も、俺たちの国が滅びたのも、こんなくだらねぇ逃亡生活を送ることになったのも全て……憎き人間共が原因だ。人間なぞ、皆……死ねばいい」
オルトラの低い声は、びりびりと肌を突き刺すような、激しい怒りの念が込められていた。その怒りに呼応するかのように、オルトラの足元の草や大地が錆び付いて砂へとなってゆき、オルトラの周囲の木々が錆屑と化して次々と崩れていく。
「あ……!」
「! アルシャ!」
オルトラから放たれる錆が、アルシャの髪をも掠めた。アルシャは反射的に声を上げる。咄嗟にクルアハがオルトラから飛び退いて距離を取ったことで、それ以上の被害は免れた。
「は……ちっ。くそ……!」
そこで我に返ったオルトラが、己の右腕を押さえ込む。すると、錆の魔法は不安定ながらも徐々に収まっていった。
三人はその場に立ち止まると、クルアハが黙り込んでしまったオルトラに淡々と声をかける。
「今日はここで夜をこそう。オルトラ、君は少し頭を冷やしてくるといい。ここから九時の方角より、水の匂いがする」
「……悪い」
オルトラはクルアハとアルシャに視線だけを向けて、そう小さく零すと、すぐに川辺の方へと一人で行ってしまった。
クルアハに小さく「大丈夫かい? 怖くない?」と問われて、アルシャは「だいじょうぶ。なにもこわくないわ」と返し、ふるふると首を横に振る。
ただアルシャは、オルトラの心が鎮まることを祈っていた。




