↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヤドリギ姫と錆犬の双王  作者: 根占桐守
PR
14/16

第14話 金枝王、降臨す


 ◇◇◇


 アルシャは、苔が生えているような古びた石畳の上で、目を覚ました。


「……?」


 頭を動かすと、首で「じゃら」と金属音が鳴る。それに触れてみると、冷たい鎖の感触がした。しかも呪いの気配がある――魔封じの鎖だ。


「! ……オル、トラ……クルアハ……!」


 そこまで思い至って、アルシャの脳内はようやく覚醒した。

 嗄れた声を絞り出しながら上体を起こすと、アルシャはすぐにオルトラとクルアハの姿を捜す。しかし、やはり二人の姿は無い。

 アルシャは、石造りの古い城の中にいるようだった。あちこちに苔が生え、蔦が絡まっている。

 アルシャがきょろきょろと辺りを見回していると、アルシャの傍にある扉がぎぎ、と開かれた。


「目覚めたか」


 アルシャの前に現れたのは、花畑でアルシャを襲った仮面の魔喰師(ましょくし)たちだった。アルシャは息を呑んで、魔喰師(ましょくし)たちを見上げる。


「お前という餌を捕獲出来て良かった。お前のおかげで、ようやく錆犬(さびいぬ)共の強大な魔法を喰らうことができる。礼を言うぞ」


 魔喰師(ましょくし)の言葉に、アルシャは大きく目を見開いた。

 この魔喰師(ましょくし)たちの狙いは、オルトラとクルアハなのだ。二人を食べて、その魔法の力を手に入れようとしている――悪い人。アルシャの敵。

 アルシャはふるふると小刻みに身体を震わせると、きっと魔喰師(ましょくし)たちを睨み上げた。


「だめ……だめよ。オルトラとクルアハをたべる? そんなこと、ぜったいにだめ。ぜったいにさせないわ……!」

「ふん。愚かな」


 魔喰師(ましょくし)の一人が、アルシャの首に巻き付けてある魔封じの鎖を強く引っ張り上げる。アルシャは「く、あぁ……!」と苦悶の声を上げて、身をよじらせた。

 アルシャの小さくてか細い身体が、宙に浮く。魔法を封じられたアルシャには、何もできない。

 魔喰師(ましょくし)が鎖を操って、アルシャを石畳の上に放り捨てる。アルシャは硬い石畳に全身を打ち付けてしまい、痛みに身を縮こまらせた。


「お前のような只の幼子に、何ができるというのか。口を慎め」


 魔喰師(ましょくし)の言葉に、アルシャは血が滲むほどに唇を嚙み締める。

 確かに今のアルシャには、力がない。

 オルトラとクルアハに貰った、歩くための足も失ってしまった。このままでは、オルトラとクルアハを守れない。

 もし、二人が居なくなってしまったら、どうしよう。

 アルシャは途方もなく、心許なくなって、胸の奥がぎゅうっと痛くなった。呼吸の仕方を忘れそうになって、苦しくなった。

 アルシャの視界が、心が、魂が、どうしようもない絶望に蝕まれてゆく。

 また千年。ひとりぼっちになってしまうのかと。

 そんな時。アルシャの鼓膜が、揺さぶられた。

 美しい、遠吠えだった。二匹の獣の、気高い遠吠え。

 それらの遠吠えが誰のものなのか、アルシャはすぐに理解する。


(あ……オルトラ、クルアハ……!)


 アルシャの世界が鮮やかに色づく。心が跳ねる。魂が燃える。


(ああ。ふたりとも……そこに、いるのね……!)


 二匹の錆犬の遠吠えがあれば、アルシャの千年の絶望も、一瞬にして消え失せる。

 しかも、オルトラは歌っているようだった。オルトラの歌の詩まで、アルシャには聴こえてくる。オルトラの歌が、こちらに向かって近づいてくるのがわかる。


「急報! 錆犬です! 錆犬が来ました!」


 ふと、魔喰師(ましょくし)たちの背後の扉から、伝令役の叫び声が聞こえた。

 魔喰師(ましょくし)たちがアルシャに背を向ける。アルシャは血のついた桃色の唇で、ゆるりと弧を描いて、笑みを綻ばせた。


「お迎えに、きてくれた……わたくしも、いかなくちゃ」


 アルシャはゆっくりと上体を起こして、首に嵌められた魔封じの鎖に触れる。


(でも、魔封じの鎖のせいで、お(・)そ(・)と(・)と(・)わ(・)た(・)く(・)し(・)を(・)つ(・)な(・)げ(・)る(・)ヤドリギ魔法がほとんどつかえない。いまのちいさなわたくしでは、つかえない。ならば……)


 アルシャはまるで「魔女」の如き、国をも傾けそうな妖艶な笑みを零すと、楽しそうに声を上げた。


「ならば、借りうけましょう――未(・)来(・)の(・)わ(・)た(・)く(・)し(・)のおちからを」


 アルシャは錆犬たちに応えるように、拙くも美しい遠吠えを上げた。


(オルトラとクルアハが居てくれたら。わたくしはね、なんだってできるのよ)


 すると、アルシャの全身から黄金の寄生木(ヤドリギ)が生い茂ってくる。そのままアルシャの全身が見えなくなってしまうくらいに、たちまち黄金の寄生木に包まれた。

 それはまるで、寄生木の揺り籠のよう。

 刹那。寄生木の揺り籠が、眩い光を噴水の如く迸らせ、花のように開いた。


「な……何事だ!?」


 アルシャの傍に立っていた魔喰師(ましょくし)たちが、狼狽したように寄生木の揺り籠を振り向く。

 魔喰師(ましょくし)たちの前に佇むその揺り籠から、一人の美しい女が現れた。


「時超え魔法――懐かしい。これは、錆犬たちが初めて迷子になった時分か」


 女の亜麻色の髪は、黄金の寄生木が放つ光を反射して金色(こんじき)に輝いているようだった。女の黄昏の瞳は、猛禽のように金色(こんじき)に瞬いているようだった。女の足は――黄金の寄生木の細工が美しい、立派な義足だった。女の首には、アルシャと同じ魔封じの鎖が嵌められていた。

 突如現れた女へと、魔喰師(ましょくし)たちが剣を向ける。


「貴様、何者だ!? いったいどこから侵入した!?」


 女にはそんな魔喰師(ましょくし)たちの言葉など、耳に入っていないようだった。


「よかろう。お(・)前(・)の(・)願(・)い(・)に、このわたくしが応えよう」


 女は、花のように開かれた空(から)の揺り籠を流し目で見やると、ようやく魔喰師(ましょくし)たちを振り向く。そうして、朗々と名乗りを上げた。


「我が名は〈金枝王(きんしおう)〉――アルシャンドラ・グロウ・ミスティルテイン」


 その女――アルシャンドラは覇王の如く睥睨(へいげい)し、しかし恋する乙女の如く可憐に首を傾げて、凛と言った。


「さあ、血祭り……否。寄生木祭りといこうか?」


 アルシャンドラが首に片手を当てると、まるで玩具のように魔封じの鎖が容易く砕け散る。

 それを目の当たりにした魔喰師(ましょくし)たちが、一瞬にして慄(おのの)き、一斉に魔法で巨石を投石した。だがその全てが、アルシャンドラが操る黄金の寄生木によって包まれて、天井に吊るされる。

 ならばと、魔喰師(ましょくし)たちが剣を振るって炎の魔法を繰り出した。寄生木が次々と燃えてゆくが、アルシャンドラは艶やかな笑みを浮かべる。


「炎如きで、わたくしの寄生木は灰にはならんぞ」


 アルシャンドラは、激しい炎の渦に包まれる。


「いざやいざや、征(ゆ)こう。わたくしの寄生木」


 それでもアルシャンドラは魔性の笑みを絶やさず、伸びやかに歌い、軽やかに舞い始めた。


『飛べや 飛べ

 金枝(きんし)の揺籃(ゆりかご)

 シダーが枝の下(もと)

 剣(つるぎ)の葉を持て 薔薇(ばら)を持て

 高く舞え いざや歌おう

 シダーの枝に降り立ち 巨(おお)いなる王に見(まみ)える花鳥と成ろう

 待ち惚け 待ち惚け

 節巡る度 涙の種は降り積もる

 積もれど 積もれど

 君は彼方を待ちましょう

 その身を穿つ剣(つるぎ)よ そよぎなさい

 夢見し花よ そよぎなさい

 不滅の薔薇が咲きほころうと

 君は彼方を待ちましょう』


 アルシャンドラが歌う度。

 アルシャンドラが「トッ、トッ、トッ、トッ!」と跳ねて、回って、優雅に踊る度。

 黄金の寄生木たちが無数にあちこちから生え伸びた。

 城中を寄生木たちが蔓延(はびこ)り、内側から怪物のように蠢いて、呑み込んでゆく。

 アルシャンドラの足元には、白銀(しろがね)の根が大地を呑み込むほどの大魔法陣となって、「どくん、どくん」と脈打つ。森羅万象から、様々な力を借り受けているのだ。

 アルシャンドラが借り受けた力を糧として、古城を貫くように、一本の巨大なシダーウッドの大樹がみるみるうちに天高く成長して、聳(そび)え立つ。

 シダーウッドが枝をしならせると、古城の前で錆犬たちと戦っていた兵たちが次々と眠りにつき、寄生木の揺り籠に包まれてシダーウッドの枝に吊るされてゆく。

 無論、アルシャンドラに襲い掛かった魔喰師(ましょくし)たちも瞬く間に寄生木の揺り籠に囚われ、封印の眠りにつくと、シダーウッドの大樹に吊るされた。

 シダーウッドと寄生木の城を築き上げたアルシャンドラは、歌い終わると、祈るように目を伏せて、揺り籠で眠る者たちに語り掛ける。大いなる母のような声を以て。


「わたくしの金枝の揺籃を解けるのは、〈真実の愛〉のみ。いつかの世で愛すべき誰かとの出逢いを夢見て、今は安らかに眠れ。者共(ものども)――さて」


 アルシャンドラは目を開くと、丸い眉を少しだけ下げて、少女のようにきらりと目を輝かせた。


「わたくしの遠吠え……応えてくれるだろうか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。