第14話 金枝王、降臨す
◇◇◇
アルシャは、苔が生えているような古びた石畳の上で、目を覚ました。
「……?」
頭を動かすと、首で「じゃら」と金属音が鳴る。それに触れてみると、冷たい鎖の感触がした。しかも呪いの気配がある――魔封じの鎖だ。
「! ……オル、トラ……クルアハ……!」
そこまで思い至って、アルシャの脳内はようやく覚醒した。
嗄れた声を絞り出しながら上体を起こすと、アルシャはすぐにオルトラとクルアハの姿を捜す。しかし、やはり二人の姿は無い。
アルシャは、石造りの古い城の中にいるようだった。あちこちに苔が生え、蔦が絡まっている。
アルシャがきょろきょろと辺りを見回していると、アルシャの傍にある扉がぎぎ、と開かれた。
「目覚めたか」
アルシャの前に現れたのは、花畑でアルシャを襲った仮面の魔喰師たちだった。アルシャは息を呑んで、魔喰師たちを見上げる。
「お前という餌を捕獲出来て良かった。お前のおかげで、ようやく錆犬共の強大な魔法を喰らうことができる。礼を言うぞ」
魔喰師の言葉に、アルシャは大きく目を見開いた。
この魔喰師たちの狙いは、オルトラとクルアハなのだ。二人を食べて、その魔法の力を手に入れようとしている――悪い人。アルシャの敵。
アルシャはふるふると小刻みに身体を震わせると、きっと魔喰師たちを睨み上げた。
「だめ……だめよ。オルトラとクルアハをたべる? そんなこと、ぜったいにだめ。ぜったいにさせないわ……!」
「ふん。愚かな」
魔喰師の一人が、アルシャの首に巻き付けてある魔封じの鎖を強く引っ張り上げる。アルシャは「く、あぁ……!」と苦悶の声を上げて、身をよじらせた。
アルシャの小さくてか細い身体が、宙に浮く。魔法を封じられたアルシャには、何もできない。
魔喰師が鎖を操って、アルシャを石畳の上に放り捨てる。アルシャは硬い石畳に全身を打ち付けてしまい、痛みに身を縮こまらせた。
「お前のような只の幼子に、何ができるというのか。口を慎め」
魔喰師の言葉に、アルシャは血が滲むほどに唇を嚙み締める。
確かに今のアルシャには、力がない。
オルトラとクルアハに貰った、歩くための足も失ってしまった。このままでは、オルトラとクルアハを守れない。
もし、二人が居なくなってしまったら、どうしよう。
アルシャは途方もなく、心許なくなって、胸の奥がぎゅうっと痛くなった。呼吸の仕方を忘れそうになって、苦しくなった。
アルシャの視界が、心が、魂が、どうしようもない絶望に蝕まれてゆく。
また千年。ひとりぼっちになってしまうのかと。
そんな時。アルシャの鼓膜が、揺さぶられた。
美しい、遠吠えだった。二匹の獣の、気高い遠吠え。
それらの遠吠えが誰のものなのか、アルシャはすぐに理解する。
(あ……オルトラ、クルアハ……!)
アルシャの世界が鮮やかに色づく。心が跳ねる。魂が燃える。
(ああ。ふたりとも……そこに、いるのね……!)
二匹の錆犬の遠吠えがあれば、アルシャの千年の絶望も、一瞬にして消え失せる。
しかも、オルトラは歌っているようだった。オルトラの歌の詩まで、アルシャには聴こえてくる。オルトラの歌が、こちらに向かって近づいてくるのがわかる。
「急報! 錆犬です! 錆犬が来ました!」
ふと、魔喰師たちの背後の扉から、伝令役の叫び声が聞こえた。
魔喰師たちがアルシャに背を向ける。アルシャは血のついた桃色の唇で、ゆるりと弧を描いて、笑みを綻ばせた。
「お迎えに、きてくれた……わたくしも、いかなくちゃ」
アルシャはゆっくりと上体を起こして、首に嵌められた魔封じの鎖に触れる。
(でも、魔封じの鎖のせいで、おそととわたくしをつなげるヤドリギ魔法がほとんどつかえない。いまのちいさなわたくしでは、つかえない。ならば……)
アルシャはまるで「魔女」の如き、国をも傾けそうな妖艶な笑みを零すと、楽しそうに声を上げた。
「ならば、借りうけましょう――未来のわたくしのおちからを」
アルシャは錆犬たちに応えるように、拙くも美しい遠吠えを上げた。
(オルトラとクルアハが居てくれたら。わたくしはね、なんだってできるのよ)
すると、アルシャの全身から黄金の寄生木が生い茂ってくる。そのままアルシャの全身が見えなくなってしまうくらいに、たちまち黄金の寄生木に包まれた。
それはまるで、寄生木の揺り籠のよう。
刹那。寄生木の揺り籠が、眩い光を噴水の如く迸らせ、花のように開いた。
「な……何事だ!?」
アルシャの傍に立っていた魔喰師たちが、狼狽したように寄生木の揺り籠を振り向く。
魔喰師たちの前に佇むその揺り籠から、一人の美しい女が現れた。
「時超え魔法――懐かしい。これは、錆犬たちが初めて迷子になった時分か」
女の亜麻色の髪は、黄金の寄生木が放つ光を反射して金色に輝いているようだった。女の黄昏の瞳は、猛禽のように金色に瞬いているようだった。女の足は――黄金の寄生木の細工が美しい、立派な義足だった。女の首には、アルシャと同じ魔封じの鎖が嵌められていた。
突如現れた女へと、魔喰師たちが剣を向ける。
「貴様、何者だ!? いったいどこから侵入した!?」
女にはそんな魔喰師たちの言葉など、耳に入っていないようだった。
「よかろう。お前の願いに、このわたくしが応えよう」
女は、花のように開かれた空の揺り籠を流し目で見やると、ようやく魔喰師たちを振り向く。そうして、朗々と名乗りを上げた。
「我が名は〈金枝王〉――アルシャンドラ・グロウ・ミスティルテイン」
その女――アルシャンドラは覇王の如く睥睨し、しかし恋する乙女の如く可憐に首を傾げて、凛と言った。
「さあ、血祭り……否。寄生木祭りといこうか?」
アルシャンドラが首に片手を当てると、まるで玩具のように魔封じの鎖が容易く砕け散る。
それを目の当たりにした魔喰師たちが、一瞬にして慄き、一斉に魔法で巨石を投石した。だがその全てが、アルシャンドラが操る黄金の寄生木によって包まれて、天井に吊るされる。
ならばと、魔喰師たちが剣を振るって炎の魔法を繰り出した。寄生木が次々と燃えてゆくが、アルシャンドラは艶やかな笑みを浮かべる。
「炎如きで、わたくしの寄生木は灰にはならんぞ」
アルシャンドラは、激しい炎の渦に包まれる。
「いざやいざや、征こう。わたくしの寄生木」
それでもアルシャンドラは魔性の笑みを絶やさず、伸びやかに歌い、軽やかに舞い始めた。
『飛べや 飛べ
金枝の揺籃
シダーが枝の下
剣の葉を持て 薔薇を持て
高く舞え いざや歌おう
シダーの枝に降り立ち 巨いなる王に見える花鳥と成ろう
待ち惚け 待ち惚け
節巡る度 涙の種は降り積もる
積もれど 積もれど
君は彼方を待ちましょう
その身を穿つ剣よ そよぎなさい
夢見し花よ そよぎなさい
不滅の薔薇が咲きほころうと
君は彼方を待ちましょう』
アルシャンドラが歌う度。
アルシャンドラが「トッ、トッ、トッ、トッ!」と跳ねて、回って、優雅に踊る度。
黄金の寄生木たちが無数にあちこちから生え伸びた。
城中を寄生木たちが蔓延り、内側から怪物のように蠢いて、呑み込んでゆく。
アルシャンドラの足元には、白銀の根が大地を呑み込むほどの大魔法陣となって、「どくん、どくん」と脈打つ。森羅万象から、様々な力を借り受けているのだ。
アルシャンドラが借り受けた力を糧として、古城を貫くように、一本の巨大なシダーウッドの大樹がみるみるうちに天高く成長して、聳え立つ。
シダーウッドが枝をしならせると、古城の前で錆犬たちと戦っていた兵たちが次々と眠りにつき、寄生木の揺り籠に包まれてシダーウッドの枝に吊るされてゆく。
無論、アルシャンドラに襲い掛かった魔喰師たちも瞬く間に寄生木の揺り籠に囚われ、封印の眠りにつくと、シダーウッドの大樹に吊るされた。
シダーウッドと寄生木の城を築き上げたアルシャンドラは、歌い終わると、祈るように目を伏せて、揺り籠で眠る者たちに語り掛ける。大いなる母のような声を以て。
「わたくしの金枝の揺籃を解けるのは、〈真実の愛〉のみ。いつかの世で愛すべき誰かとの出逢いを夢見て、今は安らかに眠れ。者共――さて」
アルシャンドラは目を開くと、丸い眉を少しだけ下げて、少女のようにきらりと目を輝かせた。
「わたくしの遠吠え……応えてくれるだろうか」




