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ヤドリギ姫と錆犬の双王  作者: 根占桐守
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第11話 この世界でいちばん怖いもの


 ◇◇◇


 アルシャ一行は、それから数刻をかけて森の中を更に移動し、天幕を張ったのは真夜中だった。

 クルアハは不寝番のため、夕餉を終えてから天幕周辺を見回っている。なので、焚火を挟むのは、アルシャとオルトラだけだった。

 アルシャは外套に包(くる)まりながら、向かい側で黙って目を伏せているオルトラへと声をかける。ほんのり眠気があるせいか、少しばかり舌ったらずになってしまった。


「ねえ、オルトラ。ましょくしって、なあに」


 アルシャの疑問に、間を置いてオルトラが答える。


「〈魔喰師(ましょくし)〉……俺たちのような異人類を喰らい、魔法の力を手に入れた人間の術者共のことだ」

「くらい……? たべる、ということ?」


 目を丸くしたアルシャに、オルトラが頷く。


「ああ。たとえば、魔女族(プーカ・クイーラ)の目を喰らえば、結界魔法が発現し。鳥人族(ガラヴァン)の心臓を喰らえば風魔法が発現する。そして俺たち錆犬(さびいぬ)の腕を喰らえば――錆と鉱物を生み出す魔法が発現する」


 伏せていた目を上げて、オルトラが星空を仰いだ。

 今夜の星空は、何だかいつもよりも闇が深くて、昏(くら)い気がする。


「人間共は愚かだ。異人類の魔法を害悪と法で定め、恐れながら、それを貪(むさぼ)り喰らって己のものとせんと如何(いか)なる手段も厭(いと)わない。例にもれず、クルアハの腕も錆犬の魔法が原因で奪われた。俺の腕も狙われている。こんなにもおぞましいことはねぇ」


 オルトラの語る残酷な現実に、アルシャは己の身体を抱きしめて摩(さす)った。冷え冷えとした恐怖が背筋(せすじ)を伝ってきて、心底ぞっとしたのだ。


「それは……なんて、おそろしいのかしら。わたくし、こわいわ……」

「……つまらねぇ話をした。とっとと寝ろ」

「……ねえ、オルトラ。きょうはわたくしといっしょに、ねてくれないかしら」

「ああ?」


 アルシャのせがむような声に、オルトラがあからさまに眉を顰めて、低い声を漏らす。

 それでもアルシャは、小さく震えながらオルトラに訴えた。


「こわくて、ねむれないの」

「あの山賊共がか」

「ちがうわ――オルトラとクルアハが、つれていかれてしまうかもしれないって。それがいちばん、こわいの」


 アルシャはそそくさと立ち上がると、「おい」と嫌そうな声を零すオルトラにも構わず、オルトラの真横へと座った。


「まだ、こわいわ……どこにもいかないで。オルトラ、クルアハ」

「はあ……何を言っている。クルアハも俺も見張っててやるから、早く寝ろ」


 ぶっきらぼうにオルトラは吐き捨てる。

 アルシャは己を包(くる)んでいる外套から顔を出すと、小さく歌い始めた。

 突如歌い始めたアルシャに、怪訝そうな顔をするオルトラ。アルシャは歌いながら、流し目で隣に座るオルトラを見上げた。


「オルトラは、うたうみたいにきれいに吠えるでしょう? だからね。わたくし、お歌のれんしゅうをして、もっとじょうずに吠えられるようになりたいの」


 アルシャは歌の合間に、願うように、独り言を零す。


「もし、オルトラとクルアハが迷子になってしまったら……わたくし、お歌をうたうように吠えるわ。だから、わたくしのお歌をきいて、わたくしを迎えにきてね。オルトラ」

「結局、迷子の俺たちがお前を迎えに行くのか。はあ、なんともとんちきな……」


 オルトラが呆れ果てたように息を吐く。

 それでもアルシャは歌って、祈って、心から願った。


「わたくし、いっしゅんたりともひとりぼっちになるのはいやよ……きっともう、耐えられないわ」


 アルシャの願いの言葉が、歌になる。


「鼻のおくがツンとして、いたくて。心の臓もいたくなって、息もくるしくなって……うごけなくなってしまうの。せっかく、あるけるようになったのに」


 そんなアルシャの歌へと応えるように、オルトラが流し目を寄越してアルシャに短く尋ねてくる。


「……やはり泣けないのか。お前」

「……そうよ。なけないわ。わたくし。もう、なきかたがわからないの。わすれて、しまったの。ひとりぼっちになっても、なけないの」


 アルシャの目蓋が、徐々に重くなって、橙色の瞳を覆い隠してゆく。

 アルシャはこてんと、オルトラの大きな身体に寄りかかって、眠りに落ちる寸前まで、お願いを呟いていた。


「だから、迷子にならないでね。オルトラ」

「……」


 オルトラの外套で更にその身が包まれたことも知らず、アルシャは眠る。

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