第11話 この世界でいちばん怖いもの
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アルシャ一行は、それから数刻をかけて森の中を更に移動し、天幕を張ったのは真夜中だった。
クルアハは不寝番のため、夕餉を終えてから天幕周辺を見回っている。なので、焚火を挟むのは、アルシャとオルトラだけだった。
アルシャは外套に包まりながら、向かい側で黙って目を伏せているオルトラへと声をかける。ほんのり眠気があるせいか、少しばかり舌ったらずになってしまった。
「ねえ、オルトラ。ましょくしって、なあに」
アルシャの疑問に、間を置いてオルトラが答える。
「〈魔喰師〉……俺たちのような異人類を喰らい、魔法の力を手に入れた人間の術者共のことだ」
「くらい……? たべる、ということ?」
目を丸くしたアルシャに、オルトラが頷く。
「ああ。たとえば、魔女族の目を喰らえば、結界魔法が発現し。鳥人族の心臓を喰らえば風魔法が発現する。そして俺たち錆犬の腕を喰らえば――錆と鉱物を生み出す魔法が発現する」
伏せていた目を上げて、オルトラが星空を仰いだ。
今夜の星空は、何だかいつもよりも闇が深くて、昏い気がする。
「人間共は愚かだ。異人類の魔法を害悪と法で定め、恐れながら、それを貪り喰らって己のものとせんと如何なる手段も厭わない。例にもれず、クルアハの腕も錆犬の魔法が原因で奪われた。俺の腕も狙われている。こんなにもおぞましいことはねぇ」
オルトラの語る残酷な現実に、アルシャは己の身体を抱きしめて摩った。冷え冷えとした恐怖が背筋を伝ってきて、心底ぞっとしたのだ。
「それは……なんて、おそろしいのかしら。わたくし、こわいわ……」
「……つまらねぇ話をした。とっとと寝ろ」
「……ねえ、オルトラ。きょうはわたくしといっしょに、ねてくれないかしら」
「ああ?」
アルシャのせがむような声に、オルトラがあからさまに眉を顰めて、低い声を漏らす。
それでもアルシャは、小さく震えながらオルトラに訴えた。
「こわくて、ねむれないの」
「あの山賊共がか」
「ちがうわ――オルトラとクルアハが、つれていかれてしまうかもしれないって。それがいちばん、こわいの」
アルシャはそそくさと立ち上がると、「おい」と嫌そうな声を零すオルトラにも構わず、オルトラの真横へと座った。
「まだ、こわいわ……どこにもいかないで。オルトラ、クルアハ」
「はあ……何を言っている。クルアハも俺も見張っててやるから、早く寝ろ」
ぶっきらぼうにオルトラは吐き捨てる。
アルシャは己を包んでいる外套から顔を出すと、小さく歌い始めた。
突如歌い始めたアルシャに、怪訝そうな顔をするオルトラ。アルシャは歌いながら、流し目で隣に座るオルトラを見上げた。
「オルトラは、うたうみたいにきれいに吠えるでしょう? だからね。わたくし、お歌のれんしゅうをして、もっとじょうずに吠えられるようになりたいの」
アルシャは歌の合間に、願うように、独り言を零す。
「もし、オルトラとクルアハが迷子になってしまったら……わたくし、お歌をうたうように吠えるわ。だから、わたくしのお歌をきいて、わたくしを迎えにきてね。オルトラ」
「結局、迷子の俺たちがお前を迎えに行くのか。はあ、なんともとんちきな……」
オルトラが呆れ果てたように息を吐く。
それでもアルシャは歌って、祈って、心から願った。
「わたくし、いっしゅんたりともひとりぼっちになるのはいやよ……きっともう、耐えられないわ」
アルシャの願いの言葉が、歌になる。
「鼻のおくがツンとして、いたくて。心の臓もいたくなって、息もくるしくなって……うごけなくなってしまうの。せっかく、あるけるようになったのに」
そんなアルシャの歌へと応えるように、オルトラが流し目を寄越してアルシャに短く尋ねてくる。
「……やはり泣けないのか。お前」
「……そうよ。なけないわ。わたくし。もう、なきかたがわからないの。わすれて、しまったの。ひとりぼっちになっても、なけないの」
アルシャの目蓋が、徐々に重くなって、橙色の瞳を覆い隠してゆく。
アルシャはこてんと、オルトラの大きな身体に寄りかかって、眠りに落ちる寸前まで、お願いを呟いていた。
「だから、迷子にならないでね。オルトラ」
「……」
オルトラの外套で更にその身が包まれたことも知らず、アルシャは眠る。




