第99話 兄としてはわかるけどさぁ……
管理者を名乗る、地味な赤茶色の服に身を包んだ少女は、装飾もなく素朴そのものだった。
だけど、腰まで届く艶やかな黒髪と黒翡翠のような瞳、雪肌と柔らかな唇は、息を呑むほど妖艶な美貌を形作っている。
それは、人を狂わせる類の美女――穏やかな湖面の静けさと、氷雨のような鋭さを併せ持つその佇まいは、慈愛の微笑すら魔性へ変える。
ジワリと冷や汗が浮かび上がる。これは恐怖か?
いや、それ以上に、嫌悪感が先立つ。
その感情は顰めた眉に表れた。
管理者の少女はその眉を見て、美しさとは真逆の品のない笑いを噴き出す。
「あはははは、俺の姿が気持ち悪いか? まぁ、それは仕方ねぇよな」
「仕方がない?」
俺は小首をかしげる。それに管理者は片眉を上げて、こちらを試すような笑みを浮かべる。
この雰囲気に、態度。そして口調……どこか俺に似ているような――――まさか!?
「お、お前は……俺なのか?」
「ご名答~。正確には、素体となったリョウの姿だけどな」
「あいつの? いやいやいや、そんなわけないだろ! あいつと直接会ったけど、俺と姿がそっくりで、そんな美少女やってなかったぞ!!」
「やってたんだよ、異世界で」
「――はっ?」
管理者はくるりと体を回し、ふわりとスカートを舞わせる。
「この姿で、無と呼ばれる領域に生まれた有の世界を旅してたのさ」
「無? 有の世界? あ、そう言えば、あいつもそんなことを言ってたな」
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『まぁ、ざっくり話すと、『無』という世界に生まれた『有』の世界を旅してた』
『そこは……想像が反映する世界。多くの人々の想像が創造となって表れ、有の世界を築き上げているという不思議な世界なんだよ』
<※第十章・40話 考えてもわからないことは考えない>
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俺は辺りを見回す。
「もしかして、この場所が?」
「ああ、旅をしていた世界の模倣だ。そしてこの草原は、リョウが初めて訪れた場所。訪れたばかりでいきなり盗賊に犯されそうになったところを、騎士様に助けてもらったってわけさ」
「騎士が、助けに? ベタだけど、その騎士様とやらといい感じになったりは?」
「そういう展開はなかった。リョウの奴はこんな姿だってのに、自分を一切崩さず、俺口調で通したんでな。だけど、このとおり美少女だからな。騎士様の方は騙されて惹かれてたぞ」
そう言って、管理者は腕を組み、その上に胸を置いて、わざとらしく強調している。
だが、どんなに美しい姿でも、気持ち悪さしか覚えない。
……自分自身だから、なのか?
「なんでまた、そんな姿で……いや、待て。これについてもそれっぽいこと言ってたな」
――地球でリョウと出会ったときのやりとり――
俺はオリジナルのリョウに尋ねる。
「一体、どんな冒険をしたんだ?」
この問いに、彼は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「……普通の姿で、冒険してたぞ」
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あの時はなんのこっちゃと思ったが、この秘密を言いたくなくて普通だと言ってたのか。
「にしても、なんでまた女の姿で?」
「あははは。ま、いろいろあったってことさ。そして、この姿がのちのち、面倒な問題を引き起こす」
「なんだ、その問題ってのは?」
「妹の柚迩が、兄の冒険や力について知らない。知ってはならないって話をリョウから聞いたよな」
「ああ」
「それはな、この姿が原因だ」
管理者は手を解き、全身を見せつけつつ話を続けた。
「リョウの奴、妹に異世界で美少女やりながら旅をしていたってのを知られたくなくて、絶対に妹には知られないというルールをこの宇宙に課したんだよ」
「……は?」
「あははは、傑作だろ! その気になれば宇宙そのものを生み出すことのできる力を手にしておきながら、行使した力は、妹に女をやってた事実を知られないようにする、だぞ。ははははは!」
腹を抱えて笑う管理者を横目に、俺は頭を抱えた。
「下らねぇ……」
「あはは、たしかに。だけど、気持ちはわかるだろ。兄のプライドって気持ちをな。お前だって、こんな姿をしてた事実を妹に知られたいとは思わないだろ」
「……まぁ、たしかに」
どういうわけか、オリジナルのあいつは女になった。だけど、心は男のまま。あいつにとってあの姿は、不本意な女装姿に等しかったのかもしれない。
そんな姿を兄として妹に見られるわけにはいかない。
その気持ち、同じ兄としてわかる。
俺は看板を草原に突き刺し、瞼を閉じた。
(いろいろと面白そうな話を聞けそうだけど、俺はそんなことのために来たわけじゃない)
気持ちを切り替えて、瞳を開き、看板を正面から見据える。
「看板、見守っててくれ」
「うん、応援してるよ」




