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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第二十章 管理者の世界

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第100話 届かぬ拳

 手首をほぐすように両手を振り、後ろを振り向く。

 そして、軽く首を回しながら、管理者へ話しかけた。


「世間話はここまでにして、本題に入らせてもらおうか」

「いいぜ。もう、分かり切ってるが一応、聞いとく。用向きはなんだ?」



 俺は右拳を突き出す。


「てめぇをぶん殴る!!」

「ふふ、いいねぇ、ストレートな暴力。ぞくぞくするぜ。だけど、俺を殴るってことが、どういう結末を迎えるのか……ちゃんと理解してるんだろうな?」



 問いに対し、無言で突き出した拳を天へと掲げ、ゆっくりと引き戻す。

 自分の顔の正面で拳を止め、じっと見つめる。

 その手で何を成し、何が起こるのか……口元を緩め、すぐに引き締める。

 俺は一切の迷いを捨て去った瞳で、正面に佇む管理者を凝視した。



「俺が……お前になるってことだろ! 管理者!!」


「人でなくなるぞ、リョウ」

「わかってる!」


「お前が手にしてきたすべてを失うぞ、リョウ」

「覚悟の上だ!」


「そこまでして俺を殴りたいのか、リョウ!!」

「ったりめぇだろうが! 道具として作って、偽りの思い出を与えて――」


 看板の姿を両眼(りょうまなこ)に取り込む。


「大切な友達を利用した落とし前! つけてもらうぞ、管理者!!」



 大地を蹴り上げ、散って舞う草を背後に置き去りにし、駆け出す。

「ぶっ飛べや!!」

 

 大きく振り被った渾身の右打ち下ろし!

 しかし、それは空(くう)を切り、スウェーだけで躱した管理者が人差し指を左右に動かす。


「チッチッチ、そいつぁ、いくら何でも大振りすぎるだろ」

「うるせえよ! おらおらおらぁぁあああ!」


 右ストレート、左ジャブ、前蹴り、回し蹴り、左フック。

 息継ぎの間もなく、拳や蹴りをお見舞いし続けるが、管理者はスカートを翻し、円を描くように軽やかに避けていく。


「おいおい、しっかりしてくれよ。ぶんぶんと拳を回すだけって。はは、お子ちゃまのケンカかよ」

「くそったれ、ちょこまかと! まだまだぁ!!」


(当たれ!)

 右フック――躱される。


(当たれ、当たれ!)

 左拳でボディを狙う――管理者がそっと片手で触れただけで、拳の軌道はガクンと真横へ逸らされる。


(この! まだだ! 当たれ、当たれ!)

 ひたすらに拳を振るい続ける――だけど、管理者はその場で動きを止めて、上半身の体捌きだけで拳をすべて躱していく。


(当たれ、当たれ、当たれ、当たれよおおお!!)



 心でいくらそう唱えても、全ては空(くう)を切り、かすりもしない。

「はぁ、はぁ、はぁ、くそが!」

「あ~あ、てんで駄目だな。直情的に手や足を振り回すだけって……。ま、出来損ないじゃ仕方ないか」

「――っ!? てめぇ!!」



 俺はさらに間合いを詰めて、殴りかかった。

 その時――管理者が薄く笑った。

「フフ、殴るってのはこうやるんだよ」



――パンッ!



 炸裂音と共に、突然、視界に空が広がる。

(あが……なにが……そら? ――殴られた?)


 管理者に殴られた拳の勢いに負けて、顔がのけぞったことに気づく。鼻先がじんじんと痛むが堪(こら)えて、再び殴りかかる。

「負けてたまるかぁ!!」

「わき腹がお留守だぜ」

「ぐはぁ!」


 右拳で腹を殴られた。体がくの字に折れる。それでも、拳を振るおうとしたが……。

「この……」

「ここは距離を取るところだろうが、ハン」

「ゲフッ!?」


 左頬に痛みが走る。今、俺は殴られたのか?

「ぼやっとしてる場合じゃないぞ、ほらほら、ほらほらほら」

「がっ、ぎはっ、ぎゃ、うげ、のごっ、ごばぁ!」


 管理者は艶やかな黒髪を滑(なめ)らかに揺らし、拳や蹴りを間断なく叩き込んでくる。

 俺はそれを満足に避けることもできずに、無防備に全身に浴び続ける。


「ほい、とどめだ!」


 管理者の右ストレートが俺の左頬に炸裂した。

 俺は殴られた衝撃で体を回転させて、地面に膝をつく。

「ガハッ!」


 血が喉と鼻に流れ込み、鼻奥がツンとする痛みと同時に、生臭さが広がる。

 喉にたまった血を嘔吐のように吐き出す。

 草原には血しぶきが散らばり、鼻と口からは止め処なく血が噴き出して、緑の大地を真っ赤に染め上げていく。


(こ、こいつ……つ、つえぇ)

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