第97話 無限と有限
いざ、決戦!
という直前で、突然訪れた神・アスカ。
戦いの前にアドバイスをくれるというが……何をしでかすかわからない相手。
俺は訝しげに問いかける。
「アドバイスねぇ。管理者の弱点とか教えてくれるの?」
「いや、アドバイスというよりは……そうじゃなぁ、ワシらとおぬしの違いを理解してもらおうと思うての」
「違い?」
アスカは自身の胸に、そっと小さな手を置く。
「神や管理者は人とは違い、無限の時間を生きる。そのため、有限の時間を生きる存在とは思考の在り方が全く違う。その違いが……悲劇を生むのじゃ」
「……その悲劇ってのは?」
アスカは寂しげな笑顔を見せる。
「思考を行うための、チケットの数じゃよ」
「ん?」
俺が疑問を抱いたとき、本来ありえないはずの気配が、スッと現れた。
「あ~、なるほど。機会が全然違いますものねぇ」
「「「――っ!?」」」
この少女の声に俺・アスカ・看板は驚いて、一斉にそちらへ振り返った。
そこにいたのは……ミュール!?
彼女は驚く俺たちに向かって、キョトンとした表情を見せている。
それにアスカが大粒の唾を飛ばしながら驚きの声を上げた。
「な、な、なんでミュールがここにおるんじゃ!?」
「アスカさんの姿が見えないので、どこに行ったのかなと思ったら、道を開けた空間の痕跡があったので、ちょっと覗いたらここに」
「じゃから、それは神専用の道で普通は――いやそれ以上に、ここは招待客以外は来られんルールなんじゃぞ! ワシですら、結構頑張って来ておるのに! 人間のおぬしでは、肉体の維持すらできぬはずなんじゃが?」
「私も結構頑張ったら来れました。体は少しつらいけど、まぁ、許容範囲です」
「かっ……」
にこやかなスマイルを見せるミュールを前に、アスカは短い言葉を残して固まった。だけどすぐに頭を激しく横に振り、自分を取り戻す。
「……はぁ、そうじゃな。おぬしはそういうやつじゃった。もう、問うても詮無い」
「なんだかお疲れのようですけど、お話は続けないんですか?」
「誰のせいで疲れとると思っておるんじゃ!」
怒鳴り声に対して、ミュールは糸のような細目をしながら疑問符を周囲にばらまいてる。
それにアスカはもう一度首を横に振って、俺に向き直った。
「話を……続けても、よいかの?」
「あ、ああ、頼むよ」
「ゴホン、それでは……何かを行うという行為があったとする」
「うん」
「その行為は有限の存在にとっては、一つ一つがとても重要な時間じゃ。特に失敗は、その貴重な時間を失ったことになる。ゆえに焦りを覚える。時に諦めることもある。同じ動作に飽きを覚えることもある。これは理解できるな?」
「ああ、上手くいかなかったらイライラしたり、もうやめちゃえと思ったりするし。繰り返しに飽きたりするしな」
「うむ、そうじゃな。制限はそういった負の部分がある。しかしの、同時に成長を促すものでもある。限られた時間の中で思考を深化し、解を得ようと、もがく。じゃが……無限の時間を生きる存在にとってそれらは、とても希薄なのじゃ」
「希薄……?」
俺はアスカの言葉を紐解こうとして、首を傾ける仕草を見せた。
すると、その絡んだ紐の小口をミュールが漏らす。
「人間は一手ごとに寿命を削り、神は一手ごとに永遠を削る。失敗であっても、神は人のように環境を変えることはなく、同じことを繰り返すんです。何百、何千と」
「同じことを繰り返す?」
「はい……人に与えられた時間は少ない。だから、短い時間の間に、あれこれを試そうとする。だけど、神は機会が無限。数百……いえ、数万の失敗を重ねても、人間の一回にも値しない行為、ということですよ、リョウさん」
「数万が、一回……」
「そして厄介なのは、飽きるという感情を持っていないかも、という点です。仮に飽きるとしても、その時は一体、どれだけの失敗を重ねているんでしょうね」
ミュールはそこで言葉を閉じて、視線をアスカへ動かす。
視線を受け取ったアスカは、自嘲気味の笑みを見せた。
「まぁ、リョウが遭遇した女神のような存在もおるからの、一概に言えぬが……」
「不思議ですよねぇ。神の中にはとても感情豊かな方、いかにも全知全能という方。そして、アスカさんみたいなろくでなしもいますし」
「最後! ワシの扱いがひどすぎるのじゃ!!」
「私のおうちにアスカさんが住み始めてから、ご近所に謝らない日はないんですよ。これを真っ当な方ですね、と評価できますか? ……フフフ」
ミュールはどす黒い微笑みを見せながら、アスカに詰め寄ってる。
アスカは漫画に出てきそうなでっかい汗を流して、顔を青ざめさせた。
「ま、まぁ、その話は脇に置くとしてじゃな。ともかく! 今の話を頭の片隅に置いておくといいのじゃ、リョウよ。有限と無限存在の違いをの」
「ああ、わかった……ちなみに、アスカは神としてどうなんだ?」
「ワシか? ワシは――」
「コントローラーをぶん投げる派ですよね」
「ミュ、ミュール!?」
「きぃぃ、いらいらするの~!! と言って、ゲームのコントローラーを投げて、一時間後にはまたコントローラーを握りしめてプレイしてます。本体やゲームソフトには当たらない。なんだかんだで諦めない。これがアスカさんのスタイルです」
「めっちゃ、矮小化されてて、なんか嫌なんじゃが……」
神の威厳もへったくれもないアスカと、神を相手に親しい友人のように接するミュール。
そんな奇妙な二人を見て、自然と笑みが零れる。
「ふふ、いいコンビだな。看板」
「そうだね。アスカという神は問題が多い神。関わらない方がいいと言われてるけど、違うのかも」
「そうなのか?」
「うん。宇宙の9割くらいの厄介事が、アスカに起因していると言われるから」
「……それ、関わらない方がいいの証明では?」
「くすっ、そうだね。でも、それは神や連邦といった管理する側の視点。日常を生きる存在の立場からだと、アスカという神は、有限の存在を支えてくれる善神そのものなんだよ、きっと」
看板の言葉が、耳から心へと浸透していく。
たしかに、アスカは俺を何度も手助けしてくれた。
それは直接的なものじゃない。
あくまでもそっと背中を支える程度。
今だって、俺のためにわざわざ訪ねてくれている。
(人にとって善い神でも、神にとっては甘すぎる神ってところなのかな? でも……)
「俺のことパチンコで飛ばして笑ってたからなぁ……素直にそうだなと言えない」




