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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十九章 歩んできた世界

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第96話 償いは新たな道を指し示す

 俺は女性へ話しかける。


「あなたたちの望みを知った。俺が管理者を殴ることができれば、その望みを贈ることが可能だ。だから、俺を信じて、この道を通してくれ」

「あなたを、信じる?」


「ああ、信じて、支えてほしい。俺があなたたちに償えるとしたら、憎悪と向き合う力を伝えることだ」


「力? ですけど、わたしたちは必要以上の意識を求めていません」

「ああ、わかっているさ。でも、だからこそ、意識と向き合う必要がある。もう二度と、翻弄されないために……」


 俺は頭を横に振り、彼女へ崩れた笑顔を見せる。

「俺にはあなたたちの憎悪を消すことはできない。忘れさせることもできない。でも、期待で上書きすることはできる。いや……そんなことしかできないんだ」


 闇に向かって、手を差し伸ばす。

「信頼という思いで、憎悪を薄めることしかできない。これが俺にできる精一杯の、贖罪」


 伸ばした手は空虚な闇に浮かんだまま。

 女性は戸惑っている様子で触れようとしてこない。

 すると、男性の声が響く。



「一度生まれた感情は消せない。だが、新たな感情が加わることで変化する……か。お前は恐ろしい」


 男性の声がより一層高くなる。

「お前ならば私たちに『元の私たちを』与えることが可能だろう。だが、それを良しとしない。お前は、感情を知ったうえで、揺蕩(たゆた)う己を望めというのだな」


 男性の気配を近くに感じる。

「ふん、期待という名の上書きだと? よく言ったものだ。お前が渡そうとしている真の意味での、わたしたちに対する償い……それは――――成長だ!」



 男性が俺の手をぐっと握りしめた。

 完全な暗闇の中に、微細な黒い結晶のような光が生まれる。   

 その光には、眩い太陽にも負けない熱さを感じる。


「お前に対する憎悪は消えない。だが、それを上回る期待を持とう」

「ああ、任せてくれ」


 闇の奥から、微かな熱だけが胸に触れ、男性は小さな笑いを生む。

 

「ふふ、期待という言葉を口に出した瞬間、憎悪は希薄となり、代わりにお前という存在を強く意識するようになった」


 彼の言葉が胸に突き刺さり、心臓の奥に錘(おもり)が落ちたような感覚が走る。

「あはは、俺も期待という言葉を耳した途端、罪意識は薄れた気がする。だけど代わりに、信頼というプレッシャーをズシリと心に感じるようになったよ」


「感情とは、なんとも漠然として曖昧なものなのか」

「だからこそ知らないと」

「……そうだな。もう二度と翻弄されないために。希薄な世界で微睡(まどろ)みを覚えるために」


 男性の気配が揺らめき、女性へ話しかける。

「君が声を上げなければ、憎悪に支配されて、ただ断罪を求めるだけだった。ありがとう」

「ううん、あなたこそ、わたしの一歩先を歩んでくれた。答えを見つけてくれてありがとう」



 闇たちの気配がかすみ、消えていく。

「期待しているぞ、少年」

「期待はあなたの心に碇(いかり)を下ろす。でも、同時に支えとなる。そのことを覚えていてね」



 闇は消えて、光の世界が現れる。

 白日の閃光は微睡みとは程遠く、炯眼(けいがん)。

「見えすぎる世界ってのも、問題ありかもな。真理・真実を追い求めやすい反面、あまりの眩しさで、逆に見えないってこともある」


 自分が明確であること。それは当然で、正解だと思っていた。

 だけど闇の住民たちは違った。

 曖昧であることこそが、彼ら。


 俺は彼らがこれからも曖昧であり続けるために、明確を知ることを渡した。彼らからは曖昧であることの大切さを知った。



 看板を手に取り、正面を見据える。

 すると、木製の扉が現れた。

 扉には安っぽいネームプレートがぶら下がり、ゲストルームと書かれてある。

「ようやく、管理者とご対面か」

「ああ……そうだね」

 

 看板の柄(え)から微妙な振動を感じる。震えているのだろうか?

「看板、管理者に会うのが怖いのか?」

「それもある。でも、それ以上に……これを見て」

 

 看板に数字が浮かび上がる。



――創生率343%――



「343? この数字はどういうことなんだ?」

「君が管理者を殴った後に起こること。数字はこの世界を0%とした場合のもの。0だとそっくりそのままの世界が誕生する」

「その数字が0からかけ離れた343%。ふむ、どんな世界が生まれるんだか」


「安定したこの宇宙からかけ離れた世界。もはや、維持できるかどうかもわからない。生まれた瞬間に消失する可能性も」


「消させない」


「え?」

「消えないように、また、俺たちで同じことをやればいいだけさ」

「それって……」



――どうやら、おぬしの旅も佳境のようじゃな――



 少女の声なのに、この老人言葉は……。

「アスカか?」


 後ろを振り返ると、長い桃色の髪をさらりと流す、白いワンピース姿の少女。

 アスカは太陽のように眩しい黄金の瞳を輝かせて、山羊の角の生えた頭とお尻から飛び出した巨大な尾っぽを振った。


「くはは、なかなか面白そうな世界が生まれそうで何よりじゃ」

「何が面白いんだよ。で、何しに来たんだ?」


 アスカは不敵に唇を吊り上げ、その巨大な尾っぽでゲストルームの扉を小突いた。

「なに、大したことではない。決戦前に、ちょいとばかりアドバイスをな」

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