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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十九章 歩んできた世界

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第94話 怒りと謝罪という名の茶番

 扉をくぐると、暗闇しかなかった。

 何も見えない世界。だけど、そこには何かが蠢いている。


「闇の世界……俺はここで、光をつけてしまった」

「リョウ……」


 看板の文字が淡く光っている。それは初めて訪れた感覚を呼び起こす。

 闇の向こうから、声が聞こえる。


「いたい、いたい、いたい」

「灼(や)けるぅ……」


 彼らは闇の中であっても、光の痛みを呪い、悶え苦しんでいる。


「私たちを殺した」

「痛みを忘れられない。ずっと、ずっと、ずっと」


 俺は何も言葉を返せずに、ただ拳を握りしめて震えるだけ。

 そんな情けない俺の代わりに、看板が文字を描こうとした。


「リョウを責めるのは間違っている。あの時のリョウは何も知らな――」

「看板、いいんだ」

「だけど――」

「いいんだ。言い訳はしたくない。理由はどうあれ、俺は彼らの命を奪った。世界を破壊したんだ」



「そうだ、お前は奪った」

「私たちを苦痛へと追いやった」



 闇の密度が濃くなったような気がする。

 彼らの姿は目に見えないが、俺を取り囲んでいる。


 俺を許せないと……。


 

 犯した罪は消せない。償いを乞うても、彼らは受け入れないだろう。俺にやれることはこれだけしかない。


 俺は看板を地面へ突き刺して、体をかがめる。

 両膝を折り、額(ひたい)を闇の大地につけて、こう言った。


「ごめんなさい」



 俺にできることは……謝罪だけだ。

 その謝罪は、許しを乞いたいという身勝手なもの。だけど、俺にはもうこれしかできない。


 自分の命を渡すという、言葉は吐かない。

 俺の命はすでに俺だけのものじゃない。だから、生きる。

 彼らが俺の命を求めても、渡すわけにはいかない。


 だから、ただ、謝るしかできない。


 闇が激しく揺らぎ、大気の密度に重みが増す。

「ふざけるな! 頭を下げた程度で私たちの怒りが収まると思っているのか!?」

「思わない……だけど、俺は頭を下げるしかできない」


「何がしかできないだ! 私たちと同じ苦痛をお前に味わわせてやる!!」


 闇の中にある、さらに濃い闇が、俺の背中に触れた。

 その途端、焼き鏝(ごて)を当てられたような耐え難い痛みが走った。


「うがあああああ!」

「リョウ!」

「だ、大丈夫だ。看板、何もするな」

「だけど――」



「「「苦しめ、苦しめ、苦しめ」」」


 声だけが四方八方から響き、距離すら判別できない。

 彼らが憎しみを吐き出すたびに、熱い雷が落ちたかのような衝撃が走る。

 皮膚の下の組織が悲鳴を上げながら、溶けていくような痛みを覚え、脳髄を直接揺さぶる。


「がぁ、いぎぃ、あああああ!!」

「足らない足らない足らない!」


 彼らが言葉を発すると、闇の中に赤い熱を宿したノイズが走る。

 そのノイズに向かって、看板が文字を激しく明滅させて怒りをぶつける。

 だけど俺は――


「やめろ! これ以上、リョウへ攻撃したら僕が許さない」

「看板、引っ込んでろ!!」

「いいや、引っ込まないね! 彼らの矛先は彼らの世界の神に向けるのが筋。これは道理が通らない!」


「道理が通らないってのが感情だろうが!!」

「リョウ……?」



 痛みと恐怖によって絞り出された冷や汗に身を震わせながら、俺は闇の地面に置いた額(ひたい)を、少しだけ上げた。

「痛みや苦しみを受けた人は、誰かに怒りをぶつけたくなるもんだ。それが理不尽な行為ってことは自分でもわかってる。それでもぶつけられずにはいられない」

「そうだとしても――」



「俺も同じなんだよ、看板」

「え?」


「俺の罪意識はなんだ? 神に言われたとおりにやった。感じる必要のない罪意識だ。だけど、感じてしまう。そこに道理なんてない……道理なんてないけど、償いたい。罰せられたいと思う。だから、こうして自分を慰めるために、責め苦を受けている」

「なにを馬鹿なことを言って――」



「では、お前の謝罪は自分のためだというのか!!」



 看板の声を遮って、闇の一人が俺に罵倒を浴びせた。

 俺はそれに答えを返す。

「違う、お互いのためだよ」

「なに!?」

「俺は罰せられたい。あんたらは嘆きをぶつけたい。そこに誠意や正義なんてない。ただの――」


 俺は自嘲に口元を歪め、そっと言葉を置いた。

「……茶番だよ」

「私たちの怒りが、茶番、だと……」


 姿は見えずとも言葉が震え、そこに怒りが宿っていることは感じ取れる。

 俺は土下座をやめて、立ち上がり、闇へ視線を向けた。



 何も見えないはずの闇へ向け、俺は眼光を研ぎ澄ます。

 その視線は白い光条へと変貌し、闇を鋭く突き刺した。


「何故、怒りの矛先を神へ向けない?」

「――っ!? そ、それは」


「まぁ、言わなくていいさ。怖いってことはわかるからな。だからぶつけやすい俺にぶつける。それだけのことだ」

「ひ、ひ、開き直るつもりか!?」


「かもしれない。俺でもよくわからないんだよ」

「な、なんだと……?」



「あんたたちに対して申し訳ないと思う気持ちがある。その一方で、俺のせいじゃないよなという思いもある。でも、罪意識は残る。その罪意識を軽くしたいから謝る。責め苦も受ける。これが誠意なんて、とても呼べない。独りよがりの偽善」



 俺は、闇に潜む怨嗟(えんさ)の主(あるじ)たちを、射竦めるように見据えた。

「あんたらはどうなんだ? 俺に向ける怒りは本物なのか?」

「と、当然だ。お前は私たちを――」

「俺を責め殺しても、神がいるぞ。放っておくのか? 怒りを覚えないのか?」

「グ……黙れっ」


 手を自分の胸に当てる。

「あんたたちが本当にしたいことはなんだ? それを教えてくれ。教えてくれたら、償いができるかもしれない」


 

――看板


 リョウと闇の住民のやり取りを見て、看板はリョウの思想の中核にあるものが何か、その確信を得ていた。

(彼の思想は一貫している。自らの問いに自ら向き合うこと。本来ならば神が示す道を、自ら生み出せと訴える。これは独坐(どくざ)を超える、独露(どくろ)――逃げ場のない真実を、自ら暴き出す行為)


 看板は汚染率ならぬ創生率の数字に触れる。

(創生率278%。今の宇宙からかけ離れた世界。誕生しても維持できず崩壊する可能性が高い。だけど、崩壊せずに歩みを始めたら……今の宇宙よりも、遥かに強靭な心を持つ存在が生まれるだろうね)

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