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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十九章 歩んできた世界

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第93話 ありがとう

 女神は去り、お菓子の世界に扉が現れる。

 俺は扉の前でぼそりと呟く。

「今回の問いと答えは何だったんだろうな?」


 すると看板は、ふにゃふにゃになった文字を描いてきた。

「え~、気づいてないの~?」

「文字で呆れ具合を表すなよ。で、なんだったか教えろよ」


「はぁ……まずは孤独に対する解――協力。そして、過ちを止めるのではなく見守ること」

「ふ~ん」

「ふ~んって……自分のやったことを言語化できないって問題だよ」



「こんなこと言語化なんてしなくていいだろ。大したことじゃないし。それにさ――」


 俺は親指で胸元を指す。

「心がわかってるんだから十分だ」

「……フフ、君は。面白いけど、言語化は必要だよ。みんなにその思いを託すには」

「別に俺は神みたいに、教えを説く気ないんで必要ありません!」



 プイっと俺は顔をそむけた。

 そむけた先で勇者と魔王が笑ってる。


 俺は一度片手で顔を撫でてから、二人に礼を述べた。

「ありがとう、助かったよ」

「なに、大したことはしてないさ」

「女神の憤りを受け止めただけにすぎん」


「そっか、くすっ」

「ふふ」

「フッ」


 俺たち三人は小さな笑いを漏らし、勇者と魔王は寂しげな笑みを見せる。


「……永遠の別れになるんだね」

「二度と会えぬのだな」


 二人の言葉を前に、俺も同じく寂しげな笑みを見せた。

「ああ、そうなる。最後の最後に、二人に会えてよかった」

「私たちもだよ」

「貴様のことは忘れぬ……と言いたいが、それは無理なのだろうな」



 俺が管理者を殴る……それはすなわち、無かったことになる。つまり、誰の記憶からも消え去るということ。

 それは神である二人であっても認知されない存在として……俺という存在は、全知の枠から外れる。


 

 だけど、看板はこう書き記す。

「神の根源たる零領域には記録が残るはずだよ。連邦や他の種族も、管理者の影響を受けない領域にデータを保存してるはず」


 しかし二人は――

「それは、保証のないもの」

「残ったとしても、それは記録であり、記憶としては残らない」



 勇者は自身の胸を強く掴み、魔王はそっと胸に手を置く。

「君と出会い、得た喜びも悲しみも、全ての感情が記録として存在するだけ」

「今こうして心に宿している思いは、記録に触れることで蘇るが、それは……記憶とは別物だ」



 俺は、零領域とやらがどんなものかわからない。

 でも、おそらく、そこにある記録に触れると、その時の感情そのものを味わうことが可能な場所なんだろう。


 二人と出会い、共に過ごした思い出、心に宿った暖かな思い。それらを実際に起こったこととして感じることができる。

 つまりは、記録と記憶は同列の力。



 そうであっても勇者と魔王は、『それ』は違うと言う。


 勇者は軽く手を払い、魔王は腰に両手を置く。

「まぁ、新参の神だから、こう人間っぽく考えてしまうのかもしれないね」

「我はこのままでよいと思っているぞ。完璧な神など――つまらぬ」


 看板は新たな時代の神をこう評する。

「全知全能を拒絶する神。これは神の定義に背くと同義。でも、それは、進歩と呼べる事象なのかもしれない」


 完全であることを否定すれば、完全ではなくなる。

 だけど、完全性を失うことで、新たな完全へと導く。

 後退することで進歩する存在。



 俺は軽く頭を掻く。

「前へ前へ進むことで、新しい自分を得ようとしている俺たちとは真逆か。ようわからん存在だよ、神って奴は。さて……と」


 ドアノブに手を置き、後ろを振り返り、別れを告げた。短く。

「さよなら」

「ああ」

「さらばだ」


 扉に向き直り、ドアノブに手を置く。その手に力が入り、ドアノブがミシミシと泣く。

(覚悟は決めてる。俺にやれることは一つしかない――行くか!!)


 カチャリと、ドアノブが回る。

 そうして、最後の世界へ――俺が最も恐れる、罪の世界へと向かう。

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