第91話 頼れる友たち
――球体内・お菓子の楽園
神をやめたという女神。今は只の女性というべきだろうか?
たしかに神々しさは失われたが、彼女が放つ威圧感は女神だった時と何ら変わらない。
「看板、彼女は力を失っていないのか?」
「うん。神をやめたと言っても、善神であることをやめただけみたい」
「じゃあ、今は悪神?」
「そうとも言えない。大まかな区分けは自然災害を表す荒ぶる神といったところ。もっとも彼女の場合は、自然というよりも、心を表す荒ぶる神かもしれないけど」
「感情を司る神、か。だったら、冷静であってほしいものだけど」
女神へ瞳を動かす。
「リョウ……」
深く、そして重く漏れ出た声は、殺意の棘に覆われている。
自分を見失った彼女に、俺の声が届くかわからない。
だけど……
(創造神経験者なんだよなぁ。で、今はフリー。お買い得な物件のような?)
「リョウ、何を考えてるの?」
「ああ、先のことをちょっと」
「先のこと? よくわからないけど、今は現在のことを考えた方がいい。ポイントはゼロ。彼女に対抗する術がない」
「そうだな。だけど、ここは心の想いが力となる場所。そして、その想いは……」
俺は軽く辺りを見回す。
お菓子の世界・女神に追い詰められた自分。
そんな状況に、自然と笑みが零れた。
「――懐かしさと一緒に、信頼を呼ぶ」
――つまりは、私たちの出番と言うわけかい――
――たしかに懐かしいとも言える、光景かもしれぬな――
「ああ、そうだな――勇者と魔王」
二人は背後から現れ、俺を庇うように陣取った。
「久しぶりだね。状況はクライマックスかな」
「半端に終えた戦いの続き、となろうか」
俺の想いは彼らを呼んだ。
そう、形作ったわけではなく、本物の彼らに助けを求めた。
そして、その想いに応じて、再び彼らは姿を現した。
ポイントを集めた仲という、奇妙な友人たちを見つめる。
彼らは以前とは少し違い、妙に神々しい雰囲気を纏っている。
具体的に言えば、後光が射してるような?
「……あのさ、二人とも、なんか眩しいんですけど?」
「それは神気のせいだね」
「溢れ出た神の力が、人の目には光に見えるのだろう」
「神?」
短い疑問符に、勇者は頭を掻き、魔王は力なく首を振った。
「君と別れたあと、神と会い、私たちの存在を認めるよう交渉を行った」
「だが、決裂。戦いとなり――我らが勝利した」
「神様に勝ったの!?」
「ああ。だけど、神に勝ってしまった以上、私たちが神に比類する存在として振舞うよう、世界が改変される」
「我らはそのような役目など負う気はなかったが、負わねばさらなる強力な神によって、我らは消滅させられる。ゆえに、仕方なくな……」
そう言って、魔王は肩を竦めた。
看板が彼らの言葉に、軽い補足を加える。
「神殺しを行うと、神に成り代わるか、神に抵抗をし続けるかを選ぶことになる。抵抗を選んだ場合、零領域によって消滅させられるんだ」
「零領域?」
「宇宙中に存在する神は零にして無限。その零を表す場所。神を単一存在として、定義づける場所。それが零領域。その領域に抵抗できる力を持っていれば、神殺しを行っても何ら変わらぬ日常を送れるけど、できないなら」
看板は猫の目を生んで、二人へ動かす。
「私たちにそこまでの力はなかったんだ。で、神になることにした」
「我が魔族の神で、勇者が人間の神として、世界が再構成されたというわけだ」
「ふざけるな……」
低く籠った声……それは感情の猛りが言葉となって湧き出た女神の心。
「神を殺した者が神になる機構そのものが――間違っている!!」
「ああ、私たちもそう思う。だけど、放置すれば、神を超える存在を認めるということになり、そのこと自体が、神の定義を揺るがすことになる」
「だが、神を殺した者が神であったならば、神は神としての秩序を保てる。なんとも欺瞞に満ちた機構だ」
魔王は力ない笑みを見せるが……俺へ顔を向けると、その顔を引き締めた。
「それはリョウ。お前が為すことにも言えるぞ」
「わかってるさ。俺はもう、選んだんだ」
「フフ、そうか。寂しくなるな……さて、勇者。いや、人の神よ」
「ああ、魔族の神よ」
人の神は青白い静謐の光を纏う剣を抜き、魔族の神は深紅の光が瞬く錫杖を構えて、神の根源を指す力――神気を集める。
二人を前に、女神は苛立ちを隠さず声を荒げた。
「矮小な存在が神になるだと! 務まるはずがない!!」
「同感だ」
勇者は片耳を塞ぐ。その耳の内側には、誰とも知れぬ、大勢の者たちの独りよがりな願いが響く。
「神になって以来、正直ストレスが溜まりっぱなしだよ」
魔王は瞳の内側に、獣の如く全てを刈り取っていく未熟なる存在を映す。
「導くが、まったくいうことを聞かない。すぐに欲望に負けて、奪い、争う」
「魔族の神の言うとおりだ。実際、何度世界を滅ぼしてやろうかと思ったことやら」
「フン、神になって初めてわかる苛立ちだな」
――だが――
二人は剣と錫杖を女神へ突きつける。
「私たちはあなたのようにはならない」
「我らに世界を滅ぼすなどという選択肢はない」
――――光の階段前広場
広場ではミュール・ヤマタノ・メル・ミシャがモニターを見つめ続けている。
そんな中で、ここまでのやり取りを見ていたアスカが、か細く声を落とす。
「フフ、創生に必要なものを理解しておるようじゃな、若き神は」
アスカは散々食い散らかした食べかすをビニール袋に詰めて、ギュッと結ぶ。
「では、ちょいとばかし、行かねばならぬかの。このままでは、リョウに分が悪すぎるゆえな」
そう言葉を残し、四人には知られぬよう姿を消した。




