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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十九章 歩んできた世界

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第85話 真理は育むもの

 紫のなすびの胴体に、丸太のように大きな両腕と、木の根のように太い両足を生やした、筋肉ムキムキのなすびの王様。


 彼は深紅のガウンを翻して、言葉を続けた。


「相容れぬ存在は生まれる。だから、貴様らも生きるために抵抗しろ。我らもそうする」

「王様!?」


「ふん、久しいな。くっさい哺乳類よ」

「久しぶりに会ってそれかよ! でも、どうしてここに?」


「創造主ナスノウより経緯は聞いている。貴様の旅、得たもの。その先にあるものも……」



 王様は錫杖をゆらりと動かした。それはどこか、もの悲しげ。

 その胸中を、王様は訥々と語る。


「ナスノウは我らに、病気のナスを刈ることを禁じた。だが、それは命題であったのだ」

「え?」

「神を絶対視し、安寧の下に安らぐか。疑問を抱き、己の道を見出すか。ナスノウはどちらを選んでも我らを祝福するだろう。余は安寧を選んだ。だが……それは……」



 錫杖を強く地面へ突き刺し、彼は言葉に鋼よりも固い思いを込める。

「それは――貴様のような存在に押しつける行為! 己の生存のために、他者に負担を強いるなどあってはならぬ!! いまさらながら、その答えに至った…………兵士たちよ」


 なすびの兵士たちは横一列に並び、何かを手にした。

 

「あれは……剪定ばさみ!!」

「ナスノウへ覚悟を示し、神器を賜った。余は己の心に問いかけ、己の力で道を歩まねばならぬ、と……皆の者! ナス畑に生るナスは、我らの原初。だが、病に侵され、助けてはやれぬ。我らの意思で――彼らを刈り、救おうぞ!!」



 王の声には、長い懊悩(おうのう)の果てに辿り着いた答えの重さがあった。

 なすびの兵士たちはナス畑に足を踏み入れ、苦悶に色づいた表皮を震わせながらも、病気のナスたちを刈り取っていく。


「いや~、死にたくない!!」

「助けて、助けて!!」

「お願い、痛いのは嫌なの!!」


 悲鳴・叫び・命乞い。

 だが、兵士たちは自身のヘタを軋(きし)むほど強張(こわば)らせながらも、剪定ばさみを振るい、彼らの命を奪っていく。


 その光景は――

「虐殺、だね」


 看板は短く言葉を置いた。

 虐殺……同族であればそうだろう。動物に対して行えば、駆除。植物に行えば、森林破壊。病原菌に行えば、殺菌や滅菌。


 ナス畑に実をつける病気のナスに知性はなく、俺たちの『罪悪感を刺激する言葉』を、防御反応として模倣しているだけだ。

 だけど、生きるために紡いだ模倣(うそ)だからこそ、そこにある「死にたくない」という叫びは本物の思いだろう。


 でも、だけど……そうであっても、放置すればなすびたちは知性を失い、文明も失う。


 相容れないものがある。受け入れられないものがたしかに存在する。これが、この宇宙では避けられない論理。弱肉強食。



 だけど――


「……看板、俺の汚染率はどうなってるんだ?」

「あ、そのこと覚えてたんだ?」

「もちろん、って言いたいけど、いま思い出した。で、どうなってる?」

「汚染率72%だね」


 記された数字が淡く明滅する。

「あはは、随分汚染されたなぁ。その数字はこのまま世界を再生した場合に、俺の経験や意思が反映する数字と思っていいか?」


「そだよ。現状だと、この宇宙とは別物になっちゃうね」

「そうか……でも、その数字は――」



――俺が経験して得た、俺だけの世界を表しているんじゃないだろうか?――



「……よし、決めた!」


 俺は王様と兵士に向かって、こう叫んだ。


「もうやめろ! 彼らを殺すな!!」

 兵士たちは驚き、剪定ばさみを止めて、王様が戸惑いを見せつつ問いかけてくる。


「何を言っている、哺乳類?」

「こいつらは俺が生み出したもの。あんたらに関係ないし、あんたらのための試練でもない」

「だが……」

「それに、王様たちはナスノウに対して、十分に覚悟を示しただろ。だからもう、いいじゃないか」

「哺乳類……」



 俺はナス畑に近づき、病気の影響で赤い葉っぱを頭に生やしたナスに、そっと手を添えた。

「こいつらは俺が連れていく。王様の世界にいる病気のナスたちもな」

「それが、貴様の選択なのか?」


「ああ、実に甘っちょろい選択だと思うけど……このナスたちがいてもいい世界があってもいいんじゃないか、って考えちゃったわけよ」

「本当に甘い選択だ。だが……ふふ、余の知らぬ世界があるのもまた一興」


 王様が錫杖を振るうと、兵士たちは畑から離れていった。

 俺は王様にこう言葉を渡す。

「また、似たような困難が現れたら、王様はその路(みち)を迷わず歩めばいい」

「もちろんだ。それは、我らが生きるために選ばなければならない選択にして、罪」


「うん」



 俺は彼らの覚悟を受け取り、ナス畑へ語りかける。

「それでいいか、お前ら」

「わたしたち……生きていいの?」


「う~ん、とりあえずな。あとはどうなるか知らんけど」

「……いい加減だよ」


「一から十まで、俺に決めてほしいか?」

「それは……嫌かも」


「なら、決まりだな! 場は用意する。あとは好きに生きろ。でもな、いずれお前たちも、同じ選択肢に迷う日が来るぞ」

「……うん」


 俺はナスをそっと撫でる。

「迷え。めっちゃ迷え。そして、弱肉強食を越えろ。乗り越えろ。そして、この宇宙に見せつけてやれ。違う世界があるってな!」

「うん!!」


 力強い返事。ナスは見たまんまのナスなので表情はわからないが、たぶん笑っているんだろう。

 俺は立ち上がり、王様に別れを告げる。



「来てくれてありがとう。本当は迷う俺の代わりに、ナス畑を刈るつもりだったんだろう?」

「ふん、くっさい哺乳類め。手を煩わしおって……だが、余も良い薫陶を受けた」

「くっさいのに?」


「ふふ、それがまた癖になる」


「あはは、そっか。じゃあな、王様!!」



 王様と兵士たちが手を振る。

 ナス畑に風が舞い、葉が囁きを生む。

 彼らの姿は虚ろとなり、薄らぎ、やがては消えた。

 森も、青空も……。


 残ったのは、暗黒の空間。

 そこに、木製の扉だけが現れる。


「今のは管理者の問いだったのか?」

「うん、そうだよ」

「で、次ってか?」

「だろうね」


 扉のノブに手をかける。

「もし、訪れた世界の順番どおりに問いが行われるなら、次は…………行くしかないか」


 胸の深いところに突き刺さった、鈍い痛みを伴う罪悪感。

――それでも俺は、扉のノブを回し、次の場所へと向かった。

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