第85話 真理は育むもの
紫のなすびの胴体に、丸太のように大きな両腕と、木の根のように太い両足を生やした、筋肉ムキムキのなすびの王様。
彼は深紅のガウンを翻して、言葉を続けた。
「相容れぬ存在は生まれる。だから、貴様らも生きるために抵抗しろ。我らもそうする」
「王様!?」
「ふん、久しいな。くっさい哺乳類よ」
「久しぶりに会ってそれかよ! でも、どうしてここに?」
「創造主ナスノウより経緯は聞いている。貴様の旅、得たもの。その先にあるものも……」
王様は錫杖をゆらりと動かした。それはどこか、もの悲しげ。
その胸中を、王様は訥々と語る。
「ナスノウは我らに、病気のナスを刈ることを禁じた。だが、それは命題であったのだ」
「え?」
「神を絶対視し、安寧の下に安らぐか。疑問を抱き、己の道を見出すか。ナスノウはどちらを選んでも我らを祝福するだろう。余は安寧を選んだ。だが……それは……」
錫杖を強く地面へ突き刺し、彼は言葉に鋼よりも固い思いを込める。
「それは――貴様のような存在に押しつける行為! 己の生存のために、他者に負担を強いるなどあってはならぬ!! いまさらながら、その答えに至った…………兵士たちよ」
なすびの兵士たちは横一列に並び、何かを手にした。
「あれは……剪定ばさみ!!」
「ナスノウへ覚悟を示し、神器を賜った。余は己の心に問いかけ、己の力で道を歩まねばならぬ、と……皆の者! ナス畑に生るナスは、我らの原初。だが、病に侵され、助けてはやれぬ。我らの意思で――彼らを刈り、救おうぞ!!」
王の声には、長い懊悩の果てに辿り着いた答えの重さがあった。
なすびの兵士たちはナス畑に足を踏み入れ、苦悶に色づいた表皮を震わせながらも、病気のナスたちを刈り取っていく。
「いや~、死にたくない!!」
「助けて、助けて!!」
「お願い、痛いのは嫌なの!!」
悲鳴・叫び・命乞い。
だが、兵士たちは自身のヘタを軋むほど強張らせながらも、剪定ばさみを振るい、彼らの命を奪っていく。
その光景は――
「虐殺、だね」
看板は短く言葉を置いた。
虐殺……同族であればそうだろう。動物に対して行えば、駆除。植物に行えば、森林破壊。病原菌に行えば、殺菌や滅菌。
ナス畑に実をつける病気のナスに知性はなく、俺たちの『罪悪感を刺激する言葉』を、防御反応として模倣しているだけだ。
だけど、生きるために紡いだ模倣だからこそ、そこにある「死にたくない」という叫びは本物の思いだろう。
でも、だけど……そうであっても、放置すればなすびたちは知性を失い、文明も失う。
相容れないものがある。受け入れられないものがたしかに存在する。これが、この宇宙では避けられない論理。弱肉強食。
だけど――
「……看板、俺の汚染率はどうなってるんだ?」
「あ、そのこと覚えてたんだ?」
「もちろん、って言いたいけど、いま思い出した。で、どうなってる?」
「汚染率72%だね」
記された数字が淡く明滅する。
「あはは、随分汚染されたなぁ。その数字はこのまま世界を再生した場合に、俺の経験や意思が反映する数字と思っていいか?」
「そだよ。現状だと、この宇宙とは別物になっちゃうね」
「そうか……でも、その数字は――」
――俺が経験して得た、俺だけの世界を表しているんじゃないだろうか?――
「……よし、決めた!」
俺は王様と兵士に向かって、こう叫んだ。
「もうやめろ! 彼らを殺すな!!」
兵士たちは驚き、剪定ばさみを止めて、王様が戸惑いを見せつつ問いかけてくる。
「何を言っている、哺乳類?」
「こいつらは俺が生み出したもの。あんたらに関係ないし、あんたらのための試練でもない」
「だが……」
「それに、王様たちはナスノウに対して、十分に覚悟を示しただろ。だからもう、いいじゃないか」
「哺乳類……」
俺はナス畑に近づき、病気の影響で赤い葉っぱを頭に生やしたナスに、そっと手を添えた。
「こいつらは俺が連れていく。王様の世界にいる病気のナスたちもな」
「それが、貴様の選択なのか?」
「ああ、実に甘っちょろい選択だと思うけど……このナスたちがいてもいい世界があってもいいんじゃないか、って考えちゃったわけよ」
「本当に甘い選択だ。だが……ふふ、余の知らぬ世界があるのもまた一興」
王様が錫杖を振るうと、兵士たちは畑から離れていった。
俺は王様にこう言葉を渡す。
「また、似たような困難が現れたら、王様はその路を迷わず歩めばいい」
「もちろんだ。それは、我らが生きるために選ばなければならない選択にして、罪」
「うん」
俺は彼らの覚悟を受け取り、ナス畑へ語りかける。
「それでいいか、お前ら」
「わたしたち……生きていいの?」
「う~ん、とりあえずな。あとはどうなるか知らんけど」
「……いい加減だよ」
「一から十まで、俺に決めてほしいか?」
「それは……嫌かも」
「なら、決まりだな! 場は用意する。あとは好きに生きろ。でもな、いずれお前たちも、同じ選択肢に迷う日が来るぞ」
「……うん」
俺はナスをそっと撫でる。
「迷え。めっちゃ迷え。そして、弱肉強食を越えろ。乗り越えろ。そして、この宇宙に見せつけてやれ。違う世界があるってな!」
「うん!!」
力強い返事。ナスは見たまんまのナスなので表情はわからないが、たぶん笑っているんだろう。
俺は立ち上がり、王様に別れを告げる。
「来てくれてありがとう。本当は迷う俺の代わりに、ナス畑を刈るつもりだったんだろう?」
「ふん、くっさい哺乳類め。手を煩わしおって……だが、余も良い薫陶を受けた」
「くっさいのに?」
「ふふ、それがまた癖になる」
「あはは、そっか。じゃあな、王様!!」
王様と兵士たちが手を振る。
ナス畑に風が舞い、葉が囁きを生む。
彼らの姿は虚ろとなり、薄らぎ、やがては消えた。
森も、青空も……。
残ったのは、暗黒の空間。
そこに、木製の扉だけが現れる。
「今のは管理者の問いだったのか?」
「うん、そうだよ」
「で、次ってか?」
「だろうね」
扉のノブに手をかける。
「もし、訪れた世界の順番どおりに問いが行われるなら、次は…………行くしかないか」
胸の深いところに突き刺さった、鈍い痛みを伴う罪悪感。
――それでも俺は、扉のノブを回し、次の場所へと向かった。




