第84話 問いと答えの始まり
「はぁ、はぁ、はぁ、疲れた~」
階段を上り切った俺は光の広場に看板を挿して、その場に寝転んだ。
息を整えつつ、宇宙を見る。
激しい戦いの音は嘘のように消えて、今は散発する爆発音が聞こえるだけ。
「はぁはぁ、収束しつつあるってところか。はぁはぁ、喉が渇くなぁ」
「水が欲しい?」
「うん、欲しいけど。持ってるのか?」
そう尋ねると、看板は満面の笑みの猫の顔を描いた。
「10リットルで1ポイントなりま~す」
「……1ポイント? あ、そうか。そういうことか。このための1Pだったんだな。あははは――っ! ごほんごほん」
「ほらほら、乾いた喉で笑ったら喉痛めるよ」
「ああ、そうだな。頼むよ、1P消費で水を」
「まいどあり~、1P消費で残りゼロポイントで~す」
生まれ出た十本のペットボトルの内、一本を手に取って、それを一気に飲み干した。
「んぐんぐんぐんぐ――くはぁ! 生き返る!」
「おかわりはいっぱいあるよ」
「さすがに10リットルも飲めないって。さて――」
飲み干したペットボトルをくしゃりと潰して、ポイッと捨てる。
「あ、不法投棄」
「細かいこと言うな。ここは宇宙だぜ」
「スペースデプリはこうやって生み出されるんだね」
「はいはいすみませんね。人類の罪ですよっと」
俺は軽く手を振ってから、じっと自分の手のひらを見た。
「ポイントはゼロ。もう何もない。あるのは、この拳と――心だけだ!!」
深淵の球体を見つめる。中には管理者がいるはずだ。
看板を持ち上げて、肩へ置く。
「さぁ、行くぞ」
「気をつけて。中に入ると同時に、管理者の問いが始まると思うから」
「問い?」
「君が経験したことの答えを管理者は知りたがっている。だから……」
「そっか、あいつはそのために俺を作ったんだからな。そうか、それが知りたくて俺の誘いを受けたってところもあるのかもな」
「リョウ……」
俺は左手を上げて、さっと振った。
「まぁ、いいさ。経緯はどうあれ、俺がここにいるのは管理者が俺を作ってくれたからだ。その礼に応えてやる。そうすれば、貸し借り無し。遠慮なく殴れるってもんだ!」
「そう……じゃあ、行くんだね!」
「もちろんだ!! とりゃあああ!!」
俺は看板を片手に、深淵へと飛び込んだ。
――――――――――――――――
球体に触れると、薄い膜のようなものが俺を包んだ。
皮膚の下の血流まで触れられているような、不気味な感触。
だが、張り付くことはなく、すぐに皮膚から剥がれ落ち、壁を突き抜け、内部へと到達した。
「ここは?」
青い空。周囲は森。目の前には畑……ナス畑?
豊饒な大地と太陽の光の恩恵を受けたナスが丸々と実っていた。
そのナスたちは、俺に話しかけてくる。
「怖い、痛い、殺さないで……」
「どうして、私たちを殺すの?」
「あなたと同じように、生きたいだけなのに」
言葉と共に、赤と紫色が混じり合う靄が俺の足元に絡みつく。
俺は靄を振り払うように足を動かし、一歩、後ろへと下がる。
そこには熟したナスが落ちていて、べちゃりという音と共に湿った音が響く。
「こいつらは……」
「最初の世界のナス畑だね。いや、想像が反映するこの球体の中で、君の罪悪感が生み出した幻影――いや、実像だ」
「実像?」
「ここにあるナス畑は本物だ! 君の想像……創造を受けて本物として存在している」
「創造? 俺が創ったっていうのか?」
「うん……ここに立つ君はもう、そういった存在に足を踏み入れつつある」
「俺が……?」
「管理者と会うために……君は確かに管理者をこの次元まで引きずり落とした。そして同時に、君自身も低次元領域から離れようとしている。互いに上り下りを行い、会談を行う最適な場所を生み出したってわけさ」
「それで真っ先に創造したのが、このナス畑?」
ナス畑へ顔を向ける。
畑からは俺に対する怨嗟の声が渦巻く。
怯え、苦しみ、死を恐れ、生を渇望する。
このナスたちはただ生きていたかっただけ。それを俺が刈り取った。
そう、俺が命を奪った!!
でも――
「……全てを受け入れて、ともに共存できる世界は楽園だろう。でも、そんな世界なんて存在しない。お前たちは病気だ。健康ななすびたちを脅かす病気。相容れない存在」
「わたしたちナスか、知性あるなすびかを選択したのはお前だ! お前がわたしたちをいらない命として判断した。そんな権利なんてないのに!!」
この嘆きは正論だ。返す言葉もない。
だけど、その正論を踏みにじる便利な言葉が存在する。そしてそれは、不変の価値観。
「弱肉強食……権利はなくとも、選ぶ力を持っていた。だから選んだ。なすびの王様たちを」
「わたしたちはただ殺されろというの!?」
「いや、そうは思わない。生きるためにお前たちも――」
――抵抗すればよいのだ――
「――誰だ!?」
森の奥――木々の影から、静かな声が響いた。
影へ視線を向けると、そこからなすびの王様と兵士たちが姿を現した。




