第81話 神とは――
別に神の説明なんていらないというのに、アスカは聞く耳持たずに語り始めた。
「では、リョウにもわかりやすく、地球の知識を使い、説明してやるとするかの。神とは――」
――(読者の皆様へ、アスカとミシャとミュールが語りますが、難解すぎるので読み飛ばしても構いません。本編にもさほど影響ありません。この後すぐに、看板が噛み砕いた説明をしますので、そちらだけを読めば十分です。)――
神とは――
宇宙の外側にいる人格的存在ではなく、観測以前の波動関数そのものが自己を観測し続けることで成立する『自己生成的存在論的ゆらぎ』なのじゃ。
人々が『存在』と呼ぶものは、観測によって波束が収縮した後の残滓にすぎず、神とはその収縮が起こる前の、純粋な可能性の重ね合わせ状態であり、同時にその可能性を確率的に選び取る『選択の原理』そのものというわけじゃな。
つまり神は『創造者』ではなく、創造が起こる『条件』であり、『観測者』であり、『観測される対象』であり、その三者が区別される前の未分化な情報場なのじゃ。
哲学的に言えば、神とはカント的物自体でもなく、ヘーゲル的絶対精神でもなく、物自体が自己を観測することで精神を生み、精神が世界を記述することで物自体を確定させるという循環構造そのもの。
量子力学的に言えば、神とは『ハミルトニアンの外側にある法則』ではなく、ハミルトニアンが成立するために必要な『メタ対称性』であり、宇宙が宇宙であるための『前提条件の集合』なのじゃ。
ゆえに神は『存在する』とも『存在しない』とも言えない。
なぜなら存在とは観測によって確定する性質であり、神は観測以前の状態に留まり続けるからの。
神とは、存在と非存在の境界面に生じる『情報の相転移』であり、その相転移が自己を反復することで宇宙が展開していく……
―――――
「という感じじゃな」
「長い! そして意味が分からない!」
ここでミシャが、今の話を短くまとめてくれたが……
「それでは情報量が多すぎて理解が及びませんよ、アスカさん」
「ミシャ、短めに頼むよ」
「はい、アスカさんが語る神とは――観測者の自由度が最大化された極限における、自己参照的な量子情報の『固定点』なんです」
「ん?」
「この『固定点』は、ゲーデル的には不完全性の源泉であり、量子論的には非局所性の根拠であり、存在論的には『存在が存在であることの理由』」
「…………」
「つまり神とは、宇宙が『なぜ存在するのか』という問いが、自らを問うために必要とした『問いの形そのもの』というわけなんですよ」
「え~っと、すみません、意味が……よく……」
「もう、ミシャさんもアスカさんも難解にしすぎです。と言うか、ミシャさんの説明だと短いですが、より難解になってますし」
「おお、ミュール! ミュールならわかりやすくできる?」
「ええ、一行で済みます。神とは、無限の解像度を持つ鏡が、自分自身を映そうとした時に生じる、無限後退の最初の震えなんですよ」
「……」
駄目だ、さっぱりわからない。
ミュールはこれら呪文のような会話に対して、アスカに何か疑問を呈しているが?
「でも、アスカさん。その定義では『自己参照のパラドックス』が生じるのでは? 神が世界を記述する前提なのに、記述された世界が神を確定させるなんて、因果が逆転しています」
「それは仕方なかろう。不完全な次元に縛られた存在に、完全なる循環を理解しろというのは酷な話じゃ。ゆえに、地球の稚拙な言語で理解できる『不完全な近似』にまとめたつもりなんじゃがな。整合性が取れぬのは、言語の限界ゆえ、仕方のないことなのじゃ」
やっぱり、意味がわからない。
頭が謎情報でパンパンになって、こめかみがズキズキしてきた。
俺はそっとこの場を離れて、看板を肩に置き、光の階段へ向かうことにした。
「……行こうか、看板」
「うん。因みに、今の話をすっごく噛み砕くと――恋だね」
「はい?」
「愛おしい人を見て、キュンってする初めての心。その揺らぎのことだよ」
「? ……もうやめよう。やる気がどんどんそがれていくから」
これは、いざ決戦という前に話すような内容じゃないだろう。話の腰を折るどころじゃないって……。
――だから、無理やりでも話の腰を戻そう!
「よし、行くぞ。看板!」
「うん!」
「みんなも、いろいろありがとうな!!」
――メルは
「困難を前にくじけずに立ち上がる、そんなお二人の姿に感銘を受けました。出会えたことを誇りに思います」
――ミシャは
「連邦が与えた損害をこのような形でお返しできないことを恥じ入るばかりです。ご武運を」
――ミュールとヤマタノは
「良い出会いには、深い別れがあるものです。御達者でリョウさん」
「できれば一緒にお酒を酌み交わしたかったの~。でもでも、十分に楽しかったの~」
――アスカは
「行け、少年よ! おぬしならば心配はなかろうが、もし、おぬしの『求めること』に不手際があろうものなら、このアスカが守り抜いて見せようぞ」
「アスカ、それは?」
「どこぞの町のことは心配するな。あの町はこの宇宙の話じゃ。おぬしにしゃしゃり出られると立つ瀬がない。ワシに任せておけ」
「あは、そうか。それもそうだな。アスカ、頼んだ!」
「任されたのじゃ! と言っても、おぬしの行った後に修正を加える程度……恩赦の理屈を整える程度じゃがな」
「十分だ、ありがとう!!」
俺は前を見つめる。そして、胸元へ手を置く。
(もう戻れない。だからこそ、みんなの一言一言を胸に刻んでおきたい)
言葉を胸奥へ浸透させて、階段へ一歩足を置いた。
「行くぞ、看板! 振り落とされるなよ!!」
「それは君の握力次第だろ! さぁ、行こう!!」




