第80話 開戦!
「それ、そんなに気にしなくてもよいぞい」
「うわ、びっくりした!?」
さっきまで看板をからかっていたアスカが、突然下から覗き込んできた。
「な、なんだよ、急に?」
「いや~の、人死にを気にしてるようじゃったから、気にするなとアドバイスをじゃな」
「ぜんっぜん、アドバイスになってない! 五兆だぞ! 俺が管理者を殴ると決めただけで五兆人が死ぬんだぞ」
「死ぬが、死なんから大丈夫じゃ」
「はい?」
「皆、それがわかっておるから、ここに集結しとるわけじゃからな。のう、ミシャ」
「ええ、ノーリスクで神々の黄昏を引き起こし、種族もまたノーリスクで神へ挑戦できる機会など、まずありませんから」
「二人とも、何を言っているんだ?」
――始まりがなくなれば結末がなくなるというお話ですよ、リョウさん――
「この声はミュールか?」
「はい」
青いブラウスに白いエプロン。
栗色のツインテールを留める青と赤の相克の宝石の髪飾りを輝かせて、彼女はそこに立っていた。
幼さを残す黒の瞳に俺の姿を映して、話の輪郭を形作っていく。
「低次元存在が管理者を殴る……それはあってはならないこと。行えば、そこに修正が入ります。殴れなかったとしても、管理者はあなたという失敗の記録を消去するでしょう。つまり、初めからあなたがいなかったとして、世界が再構成されるということです」
ミュールから答えを聞いて、胸の奥で何かが音を立てて切れた。
俺は神と思われる靄や光の塊、そして宇宙船を睨みつける。
「どう転んでも、美味しい情報だけを手に入れられるから集まってるわけか――人をダシにしやがって!」
「それでもあなたと管理者が会い、さらに殴るとなれば不確定要素となります。ですから、不支持者はポーズではなく本気で反対してますよ」
「だけどさ、そいつらが俺の邪魔をしまくっても、結局は美味しい情報が手に入るんだろ! 余計腹立つわ!」
考え方の違いで、あいつらは本気の殺し合いを行う。
でも、どう転んでも問題なく、あいつらは手に入れにくい情報を手に入れられてホクホク。
邪魔された俺だけが大迷惑という構図。
「がぁああああ! あんな連中のために少しでも悩んだ俺がアホじゃん!!」
「じゃから言ったじゃろう、気にせんでいいと」
「わかりにくいアドバイスをありがとう、アスカ様!!」
「うむ、よきにはからえ」
「その言葉、ここで使うのは間違ってるだろ」
「よいのじゃ。なんか、大物感を出したかっただけじゃからの」
「ああああ~もう、疲れる……」
決戦前にどっと疲れを帯びる。
これ以上、相手にしてたらやる気がそがれてしまう。
俺は気合を入れなおすために頬をパン、パンと二度打つ。
「よし! 切り替えだ! 問題ないってなら、派手にやらせてもらうさ! 看板!」
「いつでも大丈夫だよ」
「それじゃあ……」
天を見る。神々と人々が戦争を前に、静かな疼きを見せている。
視線を天から人の場所、地へと降ろす。
メルは俺に向かって小さく頷いた。
ミシャは無言のまま佇む。
ミュールは布の敷物を敷き、その上にお弁当や飲み物を置く。
すでにアスカは敷物の上で足を投げ出して、たまごサンドを頬張っている――行楽気分かい!!
最後に看板を見つめ、短く言葉を渡した。
「頼む」
「了解! 会場生成、管理者への招待状発行。使用ポイント五千万!」
左右に分かたれた陣営の中央で、星々の光をも圧する黄金のコインたちが渦を巻く。
そこから感じられるのは、勇気と優しさ。これは――勇者と魔王の想い!
黄金のコインは静かに震え、まるで勇者と魔王の声がそこに宿っているかのようだった。
その震えはやがて、強大な黒い球体へと凝縮していく。
黒は光すら捕らえ、外へと逃がさぬ、完全にして絶対の闇――宇宙の胎動すら飲み込むかのような、深淵そのものの黒。
「会場生成完了! リョウが歩む道の構築開始。多重次元シールド生成。防御力を強化! 概念装備を配置! 迎撃能力を強化! 使用ポイントは――一兆千億三千万!! 道を通すよ!!」
白銀のコインが群れをなして現れる。
黄金よりも遥かに多く、宇宙を覆いつくし、鈍く輝く。
その輝きには、悲哀、裏切り、苦痛。そして、歪んだ願い。
穢れを帯びた白銀は、この地から真っ直ぐと漆黒の会場へと続く一本の道を描き出す。
コインは幾度も瞬き、やがて光の階段へと姿を変える。
階段の要所要所には、砲台と思しき防衛兵器が備え付けられていた。
それらが整うと、両陣営は同時に動き始める。
無数の光の線が飛び交い、一瞬にして宇宙艦の数十隻が轟沈した。
靄や光の塊の一部も、消失している。
爆発音が響き渡り、巨大な火の玉が暗い宇宙を輝かせ、鼓膜と瞳に痛みを与える。
「くっ! 戦争が始まりやがった。でも、なんで――?」
「どうしたの、リョウ?」
「いや、なんで宇宙空間なのに、爆発音が響いてるんだろうと思って」
――吾輩の宇宙では音が鳴るの~――
「この、間延びした声は――ヤマタノか!?」
振り返ると、思った通りヤマタノ。
真っ黒なゴスロリ服にマリンキャップを被って、サングラスをかけている。右手にはメガホン。
どこぞの巨匠監督といった姿で、のしのしと偉ぶりながら歩いてきた。
「吾輩がエフェクトをつけてるの~。迫力ある映像には迫力ある音響が不可欠なの~」
「そ、そうか。まぁそうだけど……わざわざどうも」
「えっへん、なの~。むむ、そこぉ! 今の爆発、情緒が足りないの~! もっと情熱的に散るの!!」
爆発霧散する宇宙艦に向かって、むごいダメ出しをしている。
いくら全てナシになると言っても、それはどうなの……?
宇宙の戦いは激しさを増し、船だけではなく神々も霧散していく。
視線を下ろすと、メガホンを投げ捨てたヤマタノがアスカとフルーツサンドの奪い合いをしている。
一方は、荘厳に戦う神。
一方は、食い意地に争う神。
「神って……何なんだ?」
「もぐもぐ、神が何か知りたいようじゃな。良かろう、語ってやるとするかの」
「いや、結構。戦争始まっちゃったし、問題ないと言え、犠牲があるのは嫌なんで」
と言ってるのに、アスカは指についたクリームを舐めとり、神を語り始める。




