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世界が滅びたので、看板を片手に旅に出ます~世界を救う相棒は、口の悪い一枚の看板でした~   作者: 雪野湯
第三章 享楽の世界

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第8話 心の傷 < 食欲で塗りつぶす

――草原


 俺はベッドの上で両膝を抱えたまま横たわっていた。

「……あ」

 小さな呟き。



 すかさずそれに看板が反応して、文字を表示する。

「動く気になった?」


 地面にぶっ刺した看板は俺の様子を見ながら、次の世界へ行け、行けと催促しかしない。

 こいつにとって、俺が穴ぽこへ入り、世界の救済とやらを行うことが大事なだけで、俺の状態などどうでもいいようだ。



 救済……あれは救済だったのだろうか?



 影たちは暗闇の世界にいた。意識は希薄であっても、彼らなりにあの世界に順応し、生きていたのではないか?


 だけど看板は、彼らのことを意識の残りかすでしかないという。

 

 そんなもの、俺には受け入れられない。

 罪悪感がひたすら心を満たし、それを直視すれば心が壊れてしまいそう。

 だから、できない。


 向き合うことを恐れ、何も考えず、ボーっとする。

 心を空白に、空白に、空白に……。

 それでも、時折押し寄せる罪悪感が叫び声となって表に飛び出る。


「わぁああああああ! はぁ、はぁ、はぁ」


 看板は描く。

「元気みたいだね」

 

 これは皮肉でも嫌味でもない。本当に元気だと思っている。

 たしかに体力が衰えているわけじゃない。ただ、心が擦り減っている。 

 看板はそれを認識できない存在。


 それがたまらなく怖い。苛立ちもする。

 俺は両膝を強く抱えた。

 すると、圧迫された腹が……。


 ぐ~。


 と鳴った。

(こんな状態でも腹は減るんだな。でも……)


 なすびの王様からもらった野菜はほとんど残っていない。

 水も同じ。

 だけど、もうどうでもいい。こんなこと続けられない。このままいっそ……


 ぐ~。

 腹が鳴く。さらに鳴く。

 

 ぐ~、ぐ~、ぐ~。



「なぁぁあああ!!」

 俺はベッドの上で立ち上がり、空に向かって吠えた。

「ちきしょう! なんで腹が空くんだよ! 俺はへこんでるんだぞ!!」


「健康な証拠だよ」


「体は健康でも心は傷ついてるはずなんだよ! だけど腹の虫がそんなの知らんと言いやがる! おい、看板!」

「なに?」


「ポイントあったよな!」

「うん、502P」

「食事を出せ。超豪華なやつを!」

「いいの? クリーニング代をケチるくらいだったのに……」

「やけ食いだよ。食って食って食いまくって――あとのことは、あとで考える!! 俺のことも、世界のことも!」



 俺の指示に、看板は素直に従った。

 草原には絨毯が広げられ、そこに豪華な食事が並ぶ。

 俺は絨毯の上に胡坐をかいて、手当たり次第に頬張り始めた。


「むしゃむしゃむしゃむしゃ、くそっ! 餃子うめーな! うぷっ」 

 不意に、影の存在を思い出して吐き気が生まれるが、それごと呑み込んでやる!


「ゴクン! よし、次!!」

 別の皿を手にする。見たことのない野菜で作られた、山盛りの野菜炒め。


 さぁ、食うぞ――考えると心が壊れそうになる。だから思考を止めて、食欲で埋め尽くしてしまえ!!


「この、むしゃむしゃむしゃ! ……おお、近所の弁当屋の野菜炒め弁当よりうまい。で、お次は?」



 次に手に取った皿……七色に光る不気味な食べ物。


「……なにこれ?」

「アミュックレイ。宇宙で一番美味しい食べ物として有名」


「宇宙で! では、さっそく。むしゃむしゃ…………あれ、味がしないんだけど――いや、味はあるのか? でも、ないよね? なに、この食べ物?」


「それは味を極めた象の一族が作り上げた、美味い不味いの二元論を超えた料理。味があるのにないという、全く新しい概念の料理なんだ」

「へ~……俺にはさっぱりわからん。餃子でいいや」



 ひたすら、料理を貪り食う。

 その様子を見ていた看板に、一瞬だけ文字が浮かんだような気がした……ちらりと見るが、「……」という無言を表す表示を出しているだけ。



 看板は俺を見ながら、何やら考え事をしている様子。

 看板の木目がわずかにちらつく。

(ふ~ん、倫理観よりも食欲か。原始的な欲求には逆らえないのかな? それも当然か。個性や理性の構築には、時間がかかるだろうし。いや、これもらしさかな? フフ、ちょっとだけ……)


 看板の木目に一瞬だけ猫の目が浮かび、すぐに消えた。

(うらやましいかも……って、僕は何を)



 俺は看板の様子が気になり声をかけようとした。

 しかし、言葉を出そうとしたところで、看板の表面にくっきりと猫の目が現れて、穴ぽこの方角を見つめる。


「だいぶ、参っているようだから、今回は救済とか無しでどう?」

「むしゃむしゃ、なに言ってんの?」

「世界を助けなくても、ポイントをゲットできる機会を上げようって話」

「――ッ!? できるのか、ごほんごほん。もやしが……喉に……」

「もう、慌てて食べるから。それでどうする?」



 俺はなすびの世界や、影の世界のことを思い起こす。

 叫び声……もう、あんなのは聞きたくない。


 でも、このままここにじっとしていても、腹が減るだけ。

 でもでも、看板は信用ならない。


「……そう言って、理不尽なことを押しつける気じゃ?」

「しないしない。今回は君次第で、ポイントが増減する感じだから」

「うん?」


「興味があるならともかく行ってみよう。嫌ならすぐに帰れるようにするからさ」

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