第77話 悪が紡ぐ善行の剣
おじさんは熱狂と絶望が渦巻く会場の客たちに向かって、大声を張り上げた。
彼らは戸惑いを見せる。
その中で真っ先に動いたのは――一つ目のバンダナをした女性だった。
「私もこの世界に飽きが来ていたところです。リョウ、あなたに融資……いえ、オールインしましょう」
女性が手を伸ばし、さらりと下げると、まるで手品のように指先から大量のコインが零れ落ち始めた。
「私のすべて……二千万をあなたに捧げましょう」
「……ありがとう。必ず、君をここから救い出して見せます」
――待ってくれ!――
会場から響く声。一人の男性が体を震わせながら、こちらへ近づいてくる。
「お前は俺たちをここから出せるのか? この牢獄から!?」
「ああ、俺が勝てばな」
「勝てば……いや、こんなチャンスはもうない! 俺もすべてをお前に託す。少ないけど、駄目か?」
「全然OKだ!」
女性の声が会場を舞う。
「酒とギャンブルと官能。永遠の享楽という牢獄から出られる……私もすべてをあなたに捧げる。もう、快楽はいらない!!」
「俺もだ!」――「私もだ!」――「僕もだ!」――
次から次に声が店内に響き渡り、俺の前にコインが積み上がっていく。
看板は木目に、目まぐるしく変わる数字を表示している。
「す、すごい、どんどん善行ポイントが増えていく」
その言葉に、象のおじさんは長い鼻先で自身の鼻下をこすった。
「へへ、甘いぜ、看板さんよ。外へ出てみな」
「そと?」
俺は看板を肩において、店外へ向かう。
そこには――
「俺も外へ出たい。ポイントを使ってくれ!!」
「ワシもじゃ! もう、こんな世界に飽き飽きなんじゃ!!」
「誰かを騙し、騙され、奪い、奪われる。それで得たポイントで悦楽に浸る。そんなの、もう、嫌なんだ!!」
店外には、数千、数万を超える様々な種族の人たちが集まっていた。
声たちは絶望と希望が混ざり合った奇妙な熱気を帯びていく。
縋るように集まった群衆をおじさんは見つめ、再び長い鼻で自分の鼻下を擦り、得意気な笑みを見せた。
「店外マイクをオンにして、外の連中にも聞かせたからな」
外のいた人たちが大勢集まり、コイン化された善行ポイントが積みあがっていく。
僅かなポイントの者もいれば、おじさんのように箱で置いていく人もいる。
煌びやかな黄金の壁が聳え立つ。
その煌びやかな輝きとは裏腹に、コインの一枚一枚に誰かの欲望や涙が刻まれていた。
ここに詰まれる善行は善行じゃない。奪い合いによって得た善行。
その輝きに含まれるのが、悲劇であって当然。
地面に突き刺した看板は小刻みに震える。
「町全体のコインが集まってる。千億……二千……五千……一兆……これなら!」
おじさんが俺の肩へ、重くて大きい手のひらを置く。
「悪党は神に縋らねぇ。代わりに自分の賭けに全てを突っ込むんだよ。ククク、悪党どもが集めたポイントが神に対抗するってのは、頓智が利いてていいじゃねぇか! クク、ガハハハハ」
俺は壁を作るコインの前に、静かに、だけど力強く誓う。
(ここにいる人たちは悪党ばかりなんだろう。開放することはいけないことかもしれない。だけど俺は――)
――神が理不尽であることを知っている。
――必ずしも、俺たちの善が神にとっての善であり、悪が神にとっての悪であるとは限らない
これは詭弁かもしれない。だけどもう、永遠の快楽という地獄は……店仕舞い。
それに――
「得るためには手段を思いつき、そのリスクバランスを考えると……悪くない。俺にはデメリットはないんだからな」
開放した先でこの人たちが何か悪さしたら、いや、させなければいいんだ!
管理者を殴った先にいる俺は、それが可能なんだから。
「おじさん、俺は行くよ」
「そうか、期待してるぜ」
「ああ」
99999……が延々と続くオールナインとDestiny Overdriveという表記を、交互に表示するバグった看板を肩に担ぐ。
「看板、草原へ帰ろう」
「……え? ああ、そうだね。いよいよ、管理者に会えるね、リョウ」
「そうだな……」
俺はふと足を止めて、振り返った、
腕を組んで、深く頷くおじさん。会釈する一つ目バンダナの女性。
手を振る大勢の人々。
下品なネオンが輝く街を見つめ、疑問がほろりと落ちる。
「この町は、なんで存在するんだ?」
「ここは地獄なんだ」
「地獄?」
「悪徳を享受する者たちを、永遠の快楽に縛る地獄。かつて、神の滅びから免れた生き残りの町。その名は――ツォアル」




