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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十七章 享楽の世界・再び

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第77話 悪が紡ぐ善行の剣

 おじさんは熱狂と絶望が渦巻く会場の客たちに向かって、大声を張り上げた。

 

 彼らは戸惑いを見せる。

 その中で真っ先に動いたのは――一つ目のバンダナをした女性だった。


「私もこの世界に飽きが来ていたところです。リョウ、あなたに融資……いえ、オールインしましょう」


 女性が手を伸ばし、さらりと下げると、まるで手品のように指先から大量のコインが零れ落ち始めた。

「私のすべて……二千万をあなたに捧げましょう」

「……ありがとう。必ず、君をここから救い出して見せます」


 

――待ってくれ!――


 会場から響く声。一人の男性が体を震わせながら、こちらへ近づいてくる。

「お前は俺たちをここから出せるのか? この牢獄から!?」

「ああ、俺が勝てばな」

「勝てば……いや、こんなチャンスはもうない! 俺もすべてをお前に託す。少ないけど、駄目か?」

「全然OKだ!」


 女性の声が会場を舞う。

「酒とギャンブルと官能。永遠の享楽という牢獄から出られる……私もすべてをあなたに捧げる。もう、快楽はいらない!!」


「俺もだ!」――「私もだ!」――「僕もだ!」――


 次から次に声が店内に響き渡り、俺の前にコインが積み上がっていく。

 看板は木目に、目まぐるしく変わる数字を表示している。


「す、すごい、どんどん善行ポイントが増えていく」


 その言葉に、象のおじさんは長い鼻先で自身の鼻下をこすった。

「へへ、甘いぜ、看板さんよ。外へ出てみな」

「そと?」


 俺は看板を肩において、店外へ向かう。

 そこには――



「俺も外へ出たい。ポイントを使ってくれ!!」

「ワシもじゃ! もう、こんな世界に飽き飽きなんじゃ!!」

「誰かを騙し、騙され、奪い、奪われる。それで得たポイントで悦楽に浸(ひた)る。そんなの、もう、嫌なんだ!!」


 店外には、数千、数万を超える様々な種族の人たちが集まっていた。

 声たちは絶望と希望が混ざり合った奇妙な熱気を帯びていく。



 縋るように集まった群衆をおじさんは見つめ、再び長い鼻で自分の鼻下を擦(こす)り、得意気な笑みを見せた。


「店外マイクをオンにして、外の連中にも聞かせたからな」


 外のいた人たちが大勢集まり、コイン化された善行ポイントが積みあがっていく。

 僅かなポイントの者もいれば、おじさんのように箱で置いていく人もいる。


 煌びやかな黄金の壁が聳え立つ。

 その煌びやかな輝きとは裏腹に、コインの一枚一枚に誰かの欲望や涙が刻まれていた。


 ここに詰まれる善行は善行じゃない。奪い合いによって得た善行。

 その輝きに含まれるのが、悲劇であって当然。


 地面に突き刺した看板は小刻みに震える。

「町全体のコインが集まってる。千億……二千……五千……一兆……これなら!」



 おじさんが俺の肩へ、重くて大きい手のひらを置く。


「悪党は神に縋らねぇ。代わりに自分の賭けに全てを突っ込むんだよ。ククク、悪党どもが集めたポイントが神に対抗するってのは、頓智が利いてていいじゃねぇか! クク、ガハハハハ」

 

 俺は壁を作るコインの前に、静かに、だけど力強く誓う。

(ここにいる人たちは悪党ばかりなんだろう。開放することはいけないことかもしれない。だけど俺は――)



――神が理不尽であることを知っている。

――必ずしも、俺たちの善が神にとっての善であり、悪が神にとっての悪であるとは限らない



 これは詭弁かもしれない。だけどもう、永遠の快楽という地獄は……店仕舞い。

 それに――


「得るためには手段を思いつき、そのリスクバランスを考えると……悪くない。俺にはデメリットはないんだからな」


 開放した先でこの人たちが何か悪さしたら、いや、させなければいいんだ!

 管理者を殴った先にいる俺は、それが可能なんだから。


「おじさん、俺は行くよ」

「そうか、期待してるぜ」

「ああ」



 99999……が延々と続くオールナインとDestiny Overdriveという表記を、交互に表示するバグった看板を肩に担ぐ。


「看板、草原へ帰ろう」

「……え? ああ、そうだね。いよいよ、管理者に会えるね、リョウ」

「そうだな……」


 俺はふと足を止めて、振り返った、

 腕を組んで、深く頷くおじさん。会釈する一つ目バンダナの女性。

 手を振る大勢の人々。


 下品なネオンが輝く街を見つめ、疑問がほろりと落ちる。

「この町は、なんで存在するんだ?」

「ここは地獄なんだ」

「地獄?」


「悪徳を享受する者たちを、永遠の快楽に縛る地獄。かつて、神の滅びから免れた生き残りの町。その名は――ツォアル」

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