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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十七章 享楽の世界・再び

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第75話 才とは、手札をいくつ揃えられるか

 床にへたり込んだおじさんは言葉を止めてしまった。

 動きもなく、それはまるで――――


「象の像みたいになってるね」


 不意に、看板が文字を浮かべ、店内の空気が一瞬だけ凍りついた。

 俺と一つ目バンダナの女性は、看板へひそめた眉をぶつける。



 看板はその眉へ……。


「あ、今のは『象』と『像』と掛けた駄洒落なんだよ。難しかったかなぁ?」

「そんなことはわかってるよ! お前の空気の読めなさに、俺もそちらの女性も眉をひそめたの!」


「はぁ~、夢破れたおじさんの愚痴を聞いても仕方ないでしょ。そんなの掃いて捨てるほどあるわけだし。むしろ、君は利用されていたことに怒るところだよ」

「お前って、相変わらず淡白と言うか……ごめんね、おじさん」


「……はは、ははは」

「おじさん?」

「いや、そいつの言うとおりだ。未練を坊主に押しつけて、愚痴までぶつけるたぁな。下らねぇ男になっちまったもんだ」


 おじさんは胡坐をかいた自分の太ももをパンと叩き、よっこいしょといった感じで立ち上がった。

「さて、おっさんの愚痴を若造に聞かせても仕方がねぇ。と言ってなんだが、最後に一つだけいいか? 包丁は?」


「あ、それなんだけど……命の恩人がいて、その子が欲しいって言ってたからお礼に挙げたんだ。ごめん」




「ほ~、そうか。そいつは料理人か?」

「ううん。でも、料理は好きっぽい」

「なら、包丁も喜んでるだろうよ。神なんか斬らずに、美味しい食材を切れることを……」



 おじさんは遠い目をして、小さく微笑んだ。 

 だけどそこから、ゆるんだ口元を引き締め、重い口調を見せる。



「……お前さんらは、何用でこの街に戻ってきたんだ?」


「それは――」


 事情を話す。

 管理者を殴るために、自分の次元へ引きずり下ろそうとしていること。

 そのために、最低でも善行ポイントが五千万必要であること。


 その目標まで、およそ百万足らないこと。

 だけど、神が俺たちに興味を失って、善行ポイントを集めることができなくなったこと。



 話を聞いたおじさんは、両腕を組み、そこに鼻を絡める。

 腕と鼻が絡み合って、なんだか知恵の輪みたいになってる。


「う~ん、百万なぁ。もしかして、ギャンブルで増やそうと思って戻ってきたのか?」

「いや、そういうわけじゃ――」

「リョウはそう考えたけど、勝率と、失うもののバランスが合わないからビビってやめた」

「うるさい、看板」


「がはは、そいつは賢明だ。ギャンブルに100%はない。99%勝つとなっても、残りの1%が夢を食らいつくすもんだからな」



 そう言って、おじさんは瞳を細め、薄く笑った。その笑いに背筋が凍る。


 瞳に宿っているのは、覗き見ることすら忌避感を覚える闇……この人はどれだけの人間を、どん底へ叩き落していったのだろうか。

 ギャンブルを知り尽くした男の1%の敗北に込められた言葉は、重い……。



 おじさんは悩む素振りを見せつつ、言葉を漏らす。

「まぁ、協力してやってもいいが、お前さんはすでにいかさまで稼いでるからなぁ。二度目となっちゃあ、さすがに見逃すわけにはなぁ」


「――あ! そっか、おじさんオーナーだったんだもんね。俺のやったことを知ってるんだもんなぁ」


「あれは坊主に近づき、包丁を押しつける口実だったしな。勝っても負けてもどうでもよかったってのがあるが……他の客の手前、八百長を組むわけには……」

「ですよねぇ……」


 俺は肩を落とす。おじさんは俺を見下ろしながら、鼻先で顎を撫でる。

「ま、足りない分を稼ぐってのは、労働やギャンブル以外にもあるけどな」


「本当、おじさん!?」

「ああ、欲しいものを得るってのは、いくらでも方法があるもんさ。坊主、頭を回してみな」



 淀んだおじさんの瞳が俺を見つめる。

 一つ目バンダナの女性は、こちらに一切の反応を見せない。

 看板も表示面に、お口にチャックの絵を描いている。



 つまり、これはおじさんからのちょっとしたお題ってわけだ。


 そのお題に、俺は即答した。

「盗む」


「ぷふ! がはははは、正解だ! なんて奴だ! 悩む素振りもなく答えるとはなぁ。お前もなかなかの悪党だ」

「その誉め言葉はうれしくないなぁ」

「悪い悪い、だが、この町じゃ最高の賛辞なんだぜ……で、他にはねぇのか」

「それは……」



 一度、受付へ視線を飛ばしてから、俺は答えを返した。

「借金をする」

「それも正解だ。いいか坊主、得るためにどれだけの手段を思いつくか、ってところが大切なんだ。合法非合法関係なくな。そして、得るために何を捨てられるか……」


「捨てる……」


 捨てるものの中身、それは……人間性? 善意? 正義? そして、信念。


 目的達成のために全てを犠牲に捧げる。

(その程度の覚悟は必要だけど、でもなぁ)


 

 俺自身が傷つくだけなら、その覚悟を示せる。だけど、他者から奪い犠牲を強いるのは性に合わない。

 俺は口元をもごもごと波打たせる。

 その様子におじさんは笑い声と共に、軽やかに鼻を動かした。

 

「ガハハ、こいつはぁ、悪党の哲学だからな。お前さんにアドバイスするなら、こう言い換えるか。リスクバランス……そのバランスをどう考える?」


「そうだなぁ、盗むも借金も不可能。盗む場所はこの悪徳の町しかない。だけど、おじさんはそれに対処できる。他のオーナーにも知らせる。これでは動けないし、そもそもあんまりやりたくない」


「借金は?」

「以前、俺の善を借金のカタにして、手に入れたポイントは1000ポイント。全然足らない」

「今の坊主は有名人。その善に箔がついてるぜ」


「百万借りれるくらいに?」

「それは無理だな。せいぜい十万ってところだ」

「……今のところ詰みか」



 俺は軽く頭を押さえる。そして、おじさんがくれたアドバイスを反芻する。

(得るために手段をどれだけ思いつくのか? 仮に発想を盗むに集約した場合、その盗み方次第で得られる? 借金も借金の仕方で得られる……のかな? いや、まずは他の方法を思いつくべきだ)



・資産・権利の売却=そんなものない。

・詐欺・搾取=盗み以上に抵抗があるので却下。


・給付金=あるわけない。

・情報=データのマネタイズ

 商材のノウハウ(持ってない)

 インサイダー情報の利用(非合法)

 企業の機密や個人情報の売買(非合法)



「う~ん、いくつか考えたけど、全体的にアイデアが非合法に偏っているような……」

「がはは、短期間で大きく得ようと考えるとそうなるもんさ。だがな、坊主――正攻法で合法で、大金を得られる方法が一つある……」

「それは本当?」



 俺は弾けるように体を前に押し出した。おじさんは不敵な笑みを見せる。

「俺は悪党だ。悪党は神が嫌いでな。こんな地獄を生み出した神が憎い」


 受付に行き、テーブルの奥に長い鼻を突っ込む。

「だから、神の生み出した檻をぶち壊してやりてぇ」



 その鼻でナニカを鷲掴みにし、俺の下へ戻ってきた。

「その檻を壊し、お前さんが大金を得る方法……」


 そして、それを叩きつけた。


「そいつは――融資だ!」


 叩きつけられた善行ポイントのコインが宙を舞う。

 キラキラと舞う黄金の輝きの隙間に、おじさんの邪悪な笑みが見えた。


「俺はお前にBETするぜ! 管理者を殴った先にある未来。その未来で俺をここから救い出し、自由をくれ!!」

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