第73話 SSRは出ないんだけどなぁ……
俺は穴ぽこが無くなったただの草原を前に、その場でしゃがみ、両手で顔を覆い、苛立ちを途切れ途切れに漏らす。
「……神も、管理者も、ムカつくぜ」
善行ポイントはもう手に入らない。
それはつまり、管理者を舞台へ引きずり落とす方法を失ったってことだ。
「はぁああああ、くそが!」
感情に任せて暴れ回りたい。
だけど……俺は指の隙間から、視線を通す。
先にあるのは、ただ一つ残った穴ぽこ。
「看板」
「あの穴のことだね」
「ああ、どこに繋がってる?」
「あの穴は、以前訪れたことのある場所に繋がってる」
「どこだ?」
「善が無く、悪のみがある、ギャンブルが栄える世界」
「象のおじさんがいる世界だな。なんでまた、その穴ぽこだけ残ってんだ?」
「あそこは神が不在の地だから。そのせいで、善がなく、善を別の世界の旅行者からかき集めるギャンブル場になってるわけだし」
「なるほど。ギャンブルの世界……ふむ、ギャンブルか」
「まさか、ギャンブルで残りの100万近くを稼ごうと考えてる?」
「うん」
「はぁ、まったく。以前のような、いかさまが通じるとか思ってないだろうね?」
「さすがに二度も通じるとは思ってねぇよ。でもさ、こっちの種銭は4900万もあるんだぞ」
「資金だけはあるよね。それをどうするつもり?」
「これを使ってオッズ二倍のギャンブルに、1万を賭けて2万にする。次は2万を賭けて4万。4万から8万。負けたら、負けた時の金額を賭ける。こうすれば、4900万が尽きるよりも先に、100万稼げるんじゃね?」
「高額ステージで失敗すると、一瞬にして数千万溶けるよ」
「そうなる前に100万稼げるだろ?」
「まぁ、各サイクルをほぼ独立な試行として、かなり雑に近似すると (0.999756)100≈0.9758...で、達成確率は97.6%に見えるけど」
「なんか、あっさり計算できてるけど、すごくない?」
「数学モジュールが組み込まれてるからね。君とは出来が違う」
「悪かったな、出来が悪くて! 話を戻すけど、勝率97.6%なら全然問題ないじゃん」
「2.4%で全財産ロストするよ」
「2.4%ならガチャと同じくらいだし。SSRなんて早々出ないから」
「そのガチャは引いたら、2.4%で死亡。引く?」
「うっ……そ、そう言われると」
「だいたい、君の計算は純粋に二分の一の確率のギャンブルだろ。一体なんのギャンブルを想定してるの?」
「……ルーレットの赤と黒」
「0と00の親の総取りがあるから(0.999541)100≈0.9551で、95.5%まで勝率が落ちるね。4.5%で全てを失うガチャ、引きたい?」
「……やめます」
(※0と00にも賭けられますが、ややこしくなるので総取り扱いにしてます)
くっ、ガチャゲーの時は低確率のくせに、心持ち次第で高確率に感じるなんて!
「あ~、もう! だけど、穴ぽこは一つしかないから行くしかねぇ!」
「行ってどうするの?」
「知らん! 行ってから考える!!」
そう言って、看板を肩に置き、穴ぽこへ向かう。
その看板にはこう表示されていた。
「君の雑な部分が出てるねぇ」
――余計なお世話だよ!!
ということで、悪徳栄えるギャンブルの世界へ……。
大勢の人々で賑わう世界。
種族も様々で、人間に似た姿の人もいれば、牙や角を生やした人や、形すら伴わない水のような不定形生命体もいる。
周囲からは悲鳴や怒号。
肌を露出した女性が男を誘い、イケメンの執事姿の男性が女を誘う。
幅広な道には屋台が所狭しと建ち並び、せっかくの大通りを窮屈なものに変えている。
でもこれこそが、この世界の活力だと言わんばかりに呼び込みの声や、胃袋を鷲掴みにする香りが広がっている。
俺は看板を抱えたまま、人波をかわしつつ歩き続ける。
看板が文字を刻む。
「どこに行くの?」
「とりあえず、象のおじさんがいたギャンブル会場。以前世話になったし、その挨拶。あと、包丁をミュールに譲ったから、そのことも伝えておこうと」
「ミュール? 君は錬金術師ミュールに会っていたの?」
「あ、そういえば、こっちの事情全然話してなかったな。草原を飛び出した後、地球に訪れて、そこで帰り道に途方に暮れてたら、ミュールと会って~~、猫の魔女王ミーニャだったかな? その子と出会って」
「待って! 空間の番人、その王に会ったの?」
「まぁ、会ったというか、二、三言、会話したくらいだけど」
「君はとんでもない大物に出会っていたんだね」
「ミーニャって、大物なんだ?」
「連邦のトップである、評議長並みの大物だよ」
「ミシャのオリジンだっけ?」
「そう、そのミーニャは宇宙最強の組織のトップに並ぶほどの存在」
「あの子がねぇ」
俺の見た魔女王は俺よりも背が低くて、猫耳の生えた女の子。地球でお弁当屋さんを経営しているらしいが……ほんとに大物なの?
看板の文字が揺らぎ、新たな言葉を綴る。
「それから戻ってきたの?」
「うんにゃ、一旦ミュールの世界を経由する必要があって……ああ、そこでアスカという神とヤマタノという神に――」
「太陽神アスカに会ったの!? 絶対関わってはいけないあの宇宙のトラブルメーカーに!!」
看板に猫の目が生まれて、その目を覆い隠すにゃんこの手まで表示された。
しかもその手が小刻みに震えるという演出付き。
これに加え、看板の色が青くなる……こいつ、色まで変化できるのか?
「もう、僕がいない間に、なんて連中に会っているんだよ……」
「そんな反応をするほどか? そこまでひどいというか、恐ろしい人たちじゃなかったぞ? パチンコ台には乗せられて、ぶっ飛ばされたけど」
「パチンコ?」
「いや、それはまた今度。話がずれるから。んで、最後にあの包丁で刺した女神が俺に恨みを晴らそうと現れて、それをミュールが……チェーンソーで……真っ二つにした」
女神の肉が切り刻まれるチェーンソー音を思い出して、今度は俺が顔を青ざめた。
看板の方はなんだか、達観したような文字を浮かべている。
「ああ、そう……神殺しは普通、その後の処理が大変なのに……まぁ、錬金術師ミュールだと免除かな」
神を殺すことに何か問題があるようだけど、それを尋ねていたら会話が広がって収拾がつかない。
だから俺は、こう締めて終えた。
「そのとき女神を撃退してくれたお礼に、包丁をあげたんだよ。でも、俺の持ち物とはいえ、もともとは貰いもんだしな。だから象のおじさんに挨拶と一緒に伝えておこうっと思ってな」
「……理解した。まずはおじさんに会う、だね?」
「そういうこと!」




