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世界が滅びたので看板を片手に旅に出ます  作者: 雪野湯
第十六章 始まりの世界

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第72話 生まれた場所

――草原



 戻ってきた。

 地平線の彼方まで短い草が広がり、彼らはそよ風に踊る。

 そんな草原にベッドがぽつんと置かれている。 


 俺は看板を地面に突き刺して、ベッドをぐっと押した。

 程よい強さで、スプリングが俺の手を押し返す。


「……このベッドが、俺の世界のすべてなんだな」

「リョウ……」


 俺に生まれた世界なんてない。偽りの記憶を与えられた道化。

 管理者がこの宇宙を観察するための人形。


 ベッドから手を放して、ゆっくりと顔を動かして、看板をまっすぐと見る。

「お前にとっても、この草原がすべてなんだよな」

「うん、そう。ここは僕の生まれた場所。僕に過去はない」

「でも、ここから今が生まれた。そして、その今は俺たちに過去をくれた。過去は……その積み重ねは、俺たちと言う存在を形作った」


「そして、今と過去は……僕たちの未来を生み出そうとしている」



「未来……管理者に会い、殴った先にあるのは…………フフ」

「リョウ?」


「それは途方もなく、途轍もない未来。だけど――だからこそ、挑戦し甲斐がある!」

「でもそれは、君と言う存在を――」

「否定しない! 変わりもしない! ただ少しだけ……」


 俺は寂しげな笑みを浮かべる。

「不便になるだけさ」

「君は何が起こるのか理解しているんだね。そして覚悟も……」


「ああ。まったく、貧乏くじもいいところだぜ」

「貧乏くじとも言い難いけどね」


「貧乏くじさ……どこにでもいる高校生で、ただ普通に生きたかった。それがオリジナルの願いだった。俺だって……それなのに俺は――っと、愚痴を言っていても仕方がない。もう、決めたんだからな」

「うん」



 看板は小さく身を震わせて角度を変え、どこか愛おしむように遥か先の世界をそっと見つめ、聞き覚えのある宣言を行う。

「己と愛する人を思い、明日を信じ、我らは歩む! いざ、未来へ!!」


「それってたしか……」


「オリジナルリョウが、異世界で体験した光景。王女が民に演説を行ったときの言葉だよ」


「ああ、俺もその言葉を思い出して、似非(えせ)宗教で現地人を騙していた宇宙人をねじ伏せる勇気をもらったんだ。言葉の強さを思い出させてくれたんだ」

<※第14話 自分の記憶?>



「そうだったんだ」


「フフ、お前もオリジナルリョウの心を媒体にしてるから、あいつの記憶があるんだな」

「僕の場合は情報として初めからある、って感じかな?」

「管理者が植え付けたのか?」

「そのはずなんだけど……あれ?」


 看板は表示面を少し斜めにした。

(この情報は管理者のものじゃない。以前、突如生まれた『無』に関する記憶領域にある情報……)


「看板、どうしたんだ?」

「ごめん、ちょっとだけ考え事を……」

(この情報はオリジナルリョウの旅の記録? なるほど、この記録を僕が取り込めば、僕はオリジナルリョウと近しい存在になれる。でも……)


 

 看板の表面には、くしゃくしゃに丸められた紙くずが、ポイっと投げられる映像が浮かぶ。

 そして……。

「いらないかな、僕は僕だし」

「なんか様子が変だけど、大丈夫か?」

「別に、何でもない。それよりもそろそろ、次の行動に移ろうよ」


「……ま、お前がそう言うならいいや。で、100万ポイントだっけ?」

「君がいなくなる前の96904Pが残ってるから、正確には90万3096Pだね」

「90万かぁ」


 サクッと稼ぐと言ったものの、自分で稼いだ最大値は似非(えせ)宗教の撃退で50万P。あれレベルの案件を二回こなす必要があるわけだが……。


「でも、あの時の結果は殺し合いの始まりだったからな――っ!?」



――貴様が秩序を乱した。私は貴様に殺された――



 不意に、神官の声が頭に響く。

「……開き直るのは簡単だけど、どうしたもんか。いや、神官に対してだけは、言えることはあるか」


「リョウ、どうしたの?」

「罪悪感が俺の背中を刺してきてる」

「ふ~ん」

「ふ~んって……」


「君は細かいことで悩みすぎなんだよ。自分を中心において、必要なことを行う。邪魔者は排除する。これでいいじゃないか」

「……それはそれで単純すぎないか? お前って、オリジナルよりも、妹の柚迩(ゆに)っぽい雑さあるよな」


「そういえば、連邦でも妹に普通に接していたけど、どこかで会ったの?」


「うん、俺がやけを起こして飛び出したとき、穴に飛び込んだら、そこが地球で、その時に……あと、オリジナルとも出会った」

「そうか、地球へ……どうだった?」

「どうだったって言われてもなぁ。懐かしいって感じはあったけど」



 でもそれは、あいつの記憶が元となった懐かしさで、俺の心が感じた懐かしさじゃない。

 俺は軽く両手を上げて、会話を元へ戻す。

「ま、そこで兄弟に会ったってことさ。で、妹の雑さも知った」

「ふ~ん、だけど君にもそういった雑な部分があるんじゃないかな? 兄弟なんだし。だから、困ったら雑になればいいんだよ」


「う~ん」


 それができたら楽なんだけど、できないからこそ悩んでるわけで……。

 看板へ視線を向ける。

 表示には「やれやれ」の文字。


(同じ存在を元にしているのに、こうまで違いがあるんだな)


 これはここまでの経験のせいか、役割の影響か?

 それともこいつにはリョウの雑な部分が、俺には繊細な部分が宿っているとか?

 しかし、どれだけ頭を捻っても答えは見つからない。


「はぁ、わからん。わからないことは考えない、だな」


 オリジナルリョウの基本思考「わからないことは考えない」を借りて、今はポイント集めのことだけを考えよう。


「よし、看板。穴ぽこへ向かうぞ」

「おっけ~」




――穴ぽこへ


 穴ぽこがある場所へ訪れた――だが……。



「穴ぽこが……ない?」



 そこにあったはずの無数の穴ぽこたちには、雑に埋められた盛り土が被さり、その上にスコップが突き刺さっていた。


 ただ一つの、穴ぽこだけを残して……。


「ど、どういうことなんだ、看板?」

「これは…………そうか、そういうことなんだ」

「看板?」


 看板は表示面に一瞬だけ砂嵐のようなものを生み、次には掠れる文字を浮かべる。

「管理者が……君と僕とのつながりを断った」

「え?」


「管理者と君や僕は、つながりがあった。そのつながりを通して、この宇宙の情報を得ていた」

「ああ、それはなんとなく理解できる。だけどなんで、それを切り離したら穴ぽこが消えるんだ?」

「そのことに、管理者は関係ない。穴ぽこは神の依頼の窓口。その神が……君に依頼をする意味を失ったんだ」


「意味を、失った?」


 

 看板は穴ぽこがあった場所へ、表示板を向ける。

「神は管理者の力を『知る』ために、君に依頼をしていた。だけど、つながりを断たれた君からでは、その力を『知る』ことができない。だから、君への依頼を取り下げたんだ」


「それって、俺が、俺たちがもう……」

「うん、神にとって、不要な存在になったってこと……」

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