第70話 戦友との別れ
――展望台
音もなく、空を移動する船の影が落ちる度に、地面の模様が微かに変化する。
幾重もの影が重なり、地面の模様は絶えず姿を変えていた。
俺が展望台に戻ってくると、すでに勇者・魔王・メルが待っていた。
その中で、魔王の様子がおかしい。彼は空を見上げたまま、固まっている。
「浮遊の力を持った魔石を、ミスリルで強化増幅すれば浮かぶことはできる。推進力は、石炭と魔石の粉を混合したもので得られる。これで空を飛ぶには十分だろうが、宇宙となると……う~む、必要な軌道速度は空気抵抗と重力ロスを含め……」
魔王は俺が戻ってきたことに気づかず、なにやらぶつぶつと呪文のようなものを唱え続けていた。
「ねぇ、勇者。魔王はどったの?」
「こちらの宇宙艦とやらに触発されて、同じようなものが作れないかと考え中なんだよ……」
そう言って、彼は両手を上げて肩を竦めた。
自動ドアの時も油圧がどうのこうのと言ってたけど、魔王はこういう技術的なものが好きなのだろうか?
だけど――
「作れるの?」
と、勇者とメルに尋ねる。
勇者は自分に聞くなとばかりに片手を振り、メルは立場上答えられないと言ってきた。
勇者が魔王の肩を強く叩く。
「おい、リョウが戻ってきたぞ!」
「――っ!? ああ、そうか。リョウ、あれを見てみろ」
そう言って、魔王が飛行船のような形をした宇宙艦を指さす。
「あの推進機構……美しい。魔力を高密度の光粒子へと昇華し、多層展開された魔導陣の斥力によって超高速で射出している。なんと、素晴らしい船だ」
いつもの冷静さはどこに行ったのか?
魔王の瞳は、乗り物を見つめる少年の目そのもの。
勇者がパンッ、パンッと二度手を打ちながら魔王へ話しかける。
「戻ってこい、魔王!」
音にびっくりした魔王は、慌てた様子でこちらへ振り返り、取り繕う。
「あ、ああ、わかっている。ごほん……リョウ、そろそろ別れの時間だ」
魔王は勇者へ軽く視線を振った。勇者はこくりと重々しく頷く。
「私たちはこれからメルへ道を作ってもらい、私たちの神へ会いに行く」
「そこで、我々の存在継続を認めてもらうつもりだ。だが、交渉が決裂すれば……」
二人は静かな闘気を纏い、剣の柄に手を置き、魔導の杖をグッと握る。
「そっか、今から……上手くいくことを願ってる。決裂したとしても、二人なら切り抜けられるさ」
「ああ、ありがとう」
「こちらも、貴様の旅路を祈ろう」
別れを前に、勇者の手が微かに震える。だけど、剣の柄をぐっと握ることで自分の感情を封じた。
魔王もまた、杖を強く握ることで己を隠す。
短い間だったけど、俺たちは、別れを惜しむほどの仲間となっている。
メルは俺たちの様子を見つめ、柔らかな微笑みを浮かべると魔導杖を掲げた。
石製の台座の上に、黄金と紫が溶け合う渦が生まれる。
二人は共にそこへ向かうが、途中で振り返った。
「リョウ、短い時間だったけど、君との出会いは素晴らしいものだった」
「多くを学ぶことができた。それは少なからず――いや、大いに我らへ影響を与えた」
勇者と魔王は歩みを止めることなく、笑みを浮かべた。
「異界を巡り、様々な価値観に触れた」
「そしてこの旅を通して……互いを知る機会を得た」
勇者が軽く片手を上げる。その動きを受けて、魔王も自然と手を伸ばす。
二つの手のひらが空中でぴたりと向かい合い、そのまま勢いよく触れ合った瞬間、『パンッ』と軽快な音が弾けた。
別れの間際に二人は一度、看板へ目配せをした。
看板は何も語らず無言。
なのに、二人はなぜか笑みを見せて、視線を外し、渦へ向き合う。
そして、そのまま振り返ることなく、渦へと身を投じた。
渦は消え、風が舞う台座だけが残る。
メルは魔導杖を下ろすと、俺に向かって小さな会釈を行う。
「私は空間の整理のために、少しばかり連邦に残らなければなりません。ですので、ここでお別れの挨拶を……とても短く、あまり会話も行えませんでしたが、あなた方との出会いは、とても実りあるものでした」
「実りか……そう言ってくれると嬉しいな。俺もメルと、もっといっぱい話したかったよ」
「僕のために連邦への道案内をありがとう、メル」
「ふふふ……本当に寂しくなりますが、名残の時間は短い方がよろしいでしょう。それでは、失礼します」
メルが魔導杖を振るう。姿は虚ろとなり、やがては消えた。




